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第51話 白い靄のかかる沼にひそむ村

51話と52話はほんの少しだけホラー入ってます。

大して怖くないですがゾンビとかが最後に登場します。

苦手な方はご注意ください……。

 どこかもわからない森で夜をすごして、陽が見えた頃に移動をはじめた。


 オドアケルの追っ手がまたあらわれる気がして、ほとんど寝られなかった。


 それにくわえ、人里はなれた森では魔物が出没する。


 魔物におそわれるたびにヴァールアクスをふるわなければならなかった。


「左肩の傷は、平気なのか?」


 沼地のそばで大量に発生したグリーンスライムを倒して、ウバルドがふりかえった。


「平気だな。しかし、左腕が思うように上がらん」


 オドアケルにおそわれたとき、左肩に一本の矢を受けてしまった。


 薬草で応急処置をしたが、チクチクとした痛みがずっと残っている。


「それは、平気とは言わんだろう」

「そうか。だが、アダルのようなヒーラがいないのだ。なげいても、どうにもならないだろう」

「そうだな。俺のけがも手当てしてほしいものだが」


 長旅でウバルドもかなり負傷している。


 手足の切り傷や打撲はいずれもひどいものではないが、こまかいけががかなり蓄積されているだろう。


 疲労も限界にかなり近づいている。このままだと、サルンに到着する前に共倒れだ。


「グラート。あそこに民家が見えないか?」


 ウバルドが錆びついた剣でむこうをさした。


 白いもやがかかった沼の先。民家のような影がうっすらと見える。


「民家があるな」

「寄っていくか? あそこに」


 この前、ラグサに寄って大きな事故にまき込まれたばかりだ。


「行ってもいいが、俺たちが行ったら、あの村の者たちに迷惑がかかるのではないか?」

「そうかもしれんが、やすむ場所が必要だろう」


 ウバルドの言う通りだ。朝からとくに食事すらとれていない。


「オドアケルにまたおそわれなければいいが」

「警戒はつねに怠らないようにするのだな」


 ヴァールアクスを肩にかけて、名の知らない沼のほとりを歩く。


 この沼は白い霧におおわれていて、視界がほとんど利かない。


 魔物はおとなしいスライムしか出現しないが、どことなく気味が悪い。


「ウバルド。ここはどこだか、お前は知っているか?」

「知らん。俺が聞きたいくらいだ」


 プルチアで見かけた沼よりもかなり広い。これだけ広いのだから、だれかが名前をつけていてもよさそうだが……。


白霧はくむの沼、といったところか」

「そのまんまだな」


 ウバルドが「くく」と笑った。


「グラート。お前は、あいかわらずネーミングセンスがないな」

「ふ。そうだろう。名前なんて、何も思いつかん」


 もっとよい名前があればいいが。


「それなら、ウバルドが名前をつけてくれ」

「ことわる。こんな薄気味悪い場所に、興味はないっ」


 ウバルドのネーミングセンスが気にはなるが。


「この静けさと気味悪さは、まるで墓場だな」

「墓場、か」

「そう思わないか? 光が満足にあたらず、沼の周辺が負の力で満たされている。この陰湿な雰囲気は、墓場のそれと酷似している」

「それは同感だな。それほど寒くはないのに、腕や背中に悪寒が走るのは、墓場や心霊に関する場所だけだ」


 白い霧のむこうにあったのは、やはり民家だった。


 むかしながらの、かやぶきの大きな屋根が目を引く。


 数軒の家屋が輪をえがくように建ち、その中央には井戸があるようだ。


 かやぶき屋根の家の隙間から、青々としげる木々が見える。


 静かな沼のむこうで、野鳥がせわしなく飛んでいるが……いや待て。


 白い霧が、いつのまにか消えている?


「ウバルド」

「どうした、グラート」

「霧が、消えていないか?」

「霧が?」


 ウバルドもまわりを見わたして、言葉をうしなった。


「どうなっている、これは……」


 さっきまで、前すらろくに見えなかったんだぞ。


 それなのに、今は沼のむこうにある森まで見わたせる。


 そんな、ばかな……。


「あらぁ。こんなところにお客さん!?」


 突然のかけ声に肩がふるえる。


 ふりかえると、二十代くらいの若い女性がそこに立っていた。


「その身なり、もしかして冒険者かい? つかれてるんだろう。うちでゆっくりしていきなよ!」


 女は、白い手ぬぐいを頭に巻いている。


 着ているのも白いチュニックで、裾がひざまでとどく、ワンピースのような服だ。


「なんだぁ? こんなところに、だれか来たんかぁ?」


 後ろからあらわれたのは、くわをもった男だ。


 男はツバの広い帽子を浅くかぶり、白髪のまざった無精ヒゲをたくわえている。


「その恰好、あんたらもしかして冒険者か? だったら、うちでゆっくりしていきな」


 この男も妙な雰囲気は感じない。オドアケルの者ではないだろう。


 ウバルドにちらりと目くばせをする。


 ウバルドはほそい目を少しだけむけるが、良いとも悪いとも示さない。


 俺の判断にまかせるということか。


「俺はこのあたりを旅しているグレコという。となりの者は同志のウルバという。一晩だけでいいから、宿を貸していただけないか」

「おお、もちろんだとも!」

「一晩なんて言わず、二晩でも三晩でも泊まっていきなよ!」


 人あたりのよい人たちだ。


「ありがたい。では、そのご厚意にあまえさせていただくことにする」


 両手を合わせて、深い礼をした。


 鍬をもった男性に案内されて、家の中へと入る。


 中はわりと広い。ひと部屋しかない簡素なつくりだが、農家の二部屋分くらいの広さはありそうだ。


「あら。どうしたんだい? その人たち」


 男性の妻とおもわしき女性が、奥のロッキングチェアでくつろいでいる。


 四十代くらいの、顔のシワが目立つ方だ。


「よそから来られた客人だ。宿をさがしているみたいなので、うちにつれてきた」

「まぁ。宿って、うちに人様を泊めるスペースなんて、あったかい?」

「だいじょうぶだ。それなら、外の草を刈って敷布団にすればいい!」


 この男性は、わりと豪快な方だなっ。


 がっはっはと笑う主人に、奥さんはあきれはてている。


「すみませんねぇ。能天気な主人で」

「気にしないでくれ。丁重にあつかわれたら、かえって対応に窮してしまう」

「そうかい。それなら、わたしも気がねなくもてなせるよ」


 椅子に腰を落ちつかせて、奥さんから水をわたされた。


「この水は、そこの沼から採ったものか?」

「そうだよ。そのままじゃ飲めないが、大釜でゆでれば毒がなくなるんだよ」


 奥さんが指した部屋の奥に釜がたたずんでいる。中に人が入りそうだ。


「他の村だって、そうやって飲み水を用意してるだろう?」

「ああ、そうだ」


 川や沼の水を煮沸するのは、ヴァレダ・アレシアでは常識だ。サルンやプルチアだって、そうだ。


「ところで、ここはなんという村だ?」

「村? ここは身寄りのない人間たちがあつまった、ただの集落さ。村なんて、そんなたいそうなもんじゃないさ」


 主人がのどをうるおしながら言う。


「そうか。大きな沼だったから、さぞ名のある村だと思ったのだが」

「そいつぁうれしいねぇ! あの沼は魚が採れるし、水草も豊富だ。そのくせ、厄介な魔物もいないから、俺たちの生活基盤になっとるよ」


 そうだろうな。人が生活していくうえで、第一に確保しなければならないのが、水だ。


「大切な沼なのだな」

「ああ。ところで、あんたらはどこから来たんだ? 冒険者だというのは、さっき聞いたが」


 オドアケルにねらわれている手前、素性をありのまま明かしてはいけない。


 しかし、一晩の宿をもとめておいて、素性を何も明かさないのも失礼だ。


「俺たちは、サルンからやってきた」

「サルン?」

「サルンは、ヴァレンツァの北にある。ヴァレンツァとアルビオネの中間に位置していると言えば、だいたいの場所はつかめるだろう」


 主人は口を開けたまま、まばたきを何度かしているだけだ。


「今の説明では、わかりにくいか?」

「えっ、あ……」


 主人が、奥のロッキングチェアでくつろぐ奥さんに目くばせする。


 奥さんもなぜか首をかしげていた。


「いや、はは。ヴァレ? というのは、よくわからないが、とにかく遠いところからやってきたんだな!」

「あ、ああ。そうだ」

「あんたらは、いろいろとむずかしい事情をかかえてるようだが、ここは沼しかない場所だ。たまには、いやなことを全部忘れて、ゆっくりしていけばいいさ!」


 主人がまた大きな口を開けて、「がっはっは」と笑う。


 ウバルドは俺のとなりで、ずっとむずかしい顔で主人と奥さんを見つめていた。


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