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第45話 ウバルドが抱えていた思い

 ジルダが寝る病院にもどり、ヴァールアクスを手にとる。


「あれ。どうしたの?」


 ジルダが目をさまして、小さい顔を向けた。


「すまない。俺たちは追われている。ジルダはここに残るのだ」

「えっ、追われてる……?」

「ほとぼりが冷めたら迎えにいく! だから、ここで養生しているのだっ」

「えっ、ちょっとっ」


 ジルダ。すまないが、ゆっくりと話している時間がないっ。


「グラートっ。何をしている。はやく逃げるぞ!」


 ウバルドは病院の外であたりを警戒している。


「すまない。もう、だいじょうぶだ」

「だから、嫌だったんだ! お前なんかに接触した俺がバカだった」


 大急ぎでサルンにもどるか。


「ウバルド、馬はもっているか」

「もちろんだ。どこへ逃げるんだ」

「ヴァレンツァの北のサルンだ。あそこは、俺の土地だ」


 厩から引っぱってきた馬に飛び乗る。


「そういえば、お前は騎士になったのか。は! えらそうに」

「文句を言うな。やつらに殺されたいのか」


 手綱をたたいて馬を走らせる。


 追っ手は、後ろからきていないな。


「グラート。お前が俺を保護してくれると思って、いいんだな?」

「そうだ。お前に死なれては困るっ」

「く。自分を罠にはめた者をたすけるのか。つくづくバカな男だ、お前はっ」


 俺に無実の罪を着せた男と、こうして同行しているなんて……。


 われながら、まぬけな男だと思う。


「俺は、こういう性格なのだ。いいかげんにわかってくれ」

「気にいらんが、今はそんなことを議論してる場合じゃないな」


 ウバルドがはきすてるように言った。



  * * *



 サルンまでの道は遠い。


 北に向けて馬をひたすら走らせても、到着までに五日以上はかかる。


 夜に街や村が見つかれば宿を借りられるが、そうでなければ森の中で寝泊まりするしかない。


「フォレトにいた、あの全身黒ずくめの連中は何者だ」


 小川が近くにながれる森の中で、火を灯す。


 焚き火は煌々と光をはなつが、全身黒ずくめの追跡者の姿は見えない。


「あいつらは、宰輔の私兵なのか?」

「まさか。そんなわけがないだろう。お前は、ヴァレンツァの闇をひとつも知らんのだな」


 火をはさんだ向かいで、ウバルドが焚き火の灰をかきまわしている。


「あいつらは、おそらく『オドアケル』の連中だ」


 オドアケル?


「ヴァレンツァの闇の中に生きる地下ギルドだ。ようするに、ごろつきの集団だ。武器の密売や要人暗殺など、王国の汚い仕事を一手に引き受ける、とんでもない連中だ」


 そんなギルドが都の裏で活動していたのか。


「くわしいことは俺も知らんが、宰輔はオドアケルのような、どんな仕事も引き受ける連中と裏でつながってるんだよ。あいつらは、俺とおなじだ。宰輔の手足となる、非常に都合のいい存在さ」


 ウバルドが自嘲した。


「ウバルド。お前はやはり宰輔と裏でつながっていたのだな」

「ふん。やつらから仕事をもらうためには、危険を承知でちかづいていくしかないのさ。もっとも、宰輔と直接のやりとりをしたのなんて、お前に反逆罪を着せた、あのときしかなかったがな」


 王国の宝が、勇者の館のギルドハウスにはこび込まれた件か。


「国の宝がもち込まれたあの一件は、ずっと気になっていたのだ。勇者の館がいかに王国に近しいギルドだったとしても、国の宝をやすやすと盗みだせるはずはないのだからな」

「脳筋のくせに、妙なところで勘がはたらくんだな」


 ウバルドが「ち」と舌打ちした。


「そうだ。俺は宰輔の指示に従って、ギルドハウスのお前の部屋に国の宝を置いただけだ。国の宝を宮殿からもちだしたのは宰輔だ」

「正確には、宰輔に指示された宮廷の召使いだな」

「ふん。そういうことだ」


 火に当てていたシカの肉が、そろそろ焼けた頃か。


 串に刺したシカの肉をかじってみる。


 表面は焼けているが、中はまだほとんど赤いままだった。


「俺を陥れるように指示をしたのは、やはり宰輔だったのだな」


 ウバルドが火の向こうで顔をあげる。


 俺を恨むように見つめているが、どこか気まずそうでもあった。


「お前はもう、何を言っても俺を怒るまい。グラート、お前を陥れようと思ったのは、宰輔だけじゃない。俺だっておなじだ」

「そうか」

「俺のことは、もう話す必要はあるまい。宰輔も、お前が嫌いだったんだろうな。人気者のお前は、欲にまみれた宰輔とは似ても似つかんからな」


 宰輔の考えは、ジェズアルド殿が言った通りだったか。


「俺がどうやって、お前をギルドから追い出すか。それを考えていたときに、宰輔からちょうど、あの国宝の一件が打診されたんだ。あんな悪事に手を染めれば、俺はもう後戻りができなくなると思ったんだがな。だが、わたりに船だと思ったよ」

「そんなに、俺を恨んでいたのか」

「そうだ……いや、恨むというより、お前を何がなんでもギルドから追放しなければという思いに駆られていたな。

 あのときは、お前さえいなくなれば、万事がうまくいくと思っていた。ギルドは俺をトップに統一され、ギルメンたちは俺の手足となってはたらいてくれる。

 宰輔は国政を実質的に取り仕切ってる方だ。ちかづくのは危険だが、あの方に取り入れば、勇者の館はいずれ王国お抱えのギルドになって、俺もいずれ高い身分に取り立てられる。そう、思っていたんだ」


 ウバルドが小枝を投げすてた。


「それなのに……どうして、こんなに落ちぶれちまうんだよ。ギルドの連中は、お前の後を追うように、ギルドから去っていくし、残ったのは、つかえない三下どもしかいない。そいつらだって、他に敵がいないとわかったとたんに増長していった。

 お前は騎士になって、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。どうしてだっ、どうして、こんなに差がひらいちまったんだ!」

「ウバルド、やめろ!」


 ウバルドの目から涙がながれていた。


「俺は、くやしい。お前に負けることじゃない。このまま、だれもいないところで、野たれ死ぬのがっ!」

「犬死になどさせない。だから、落ちつくのだっ」


 俺に無実の罪を着せたこの男は、人の心をもたない、冷酷非道な男なのだと思っていた。


 だが、そんなことはなかったのだ。


 ウバルドの慟哭が、夜の闇にとけていく。


「お前の冤罪を国がみとめたから、宰輔が俺を消しにかかるのは目に見えていた」

「だから、勇者の館から去ったのか」

「そうだ。死んだら、なんにもならんからな」


 あのギルドからはなれるのは、断腸の思いだったのだろうな。


「宰輔は、俺たち冒険者を駒や労働者としか見ていない。だから、都合がわるくなればすぐに消す。絹をまとった虎狼なんだよ、あいつはっ」

「ああ、そうだ。お前の言う通りだ」

「俺は死なんぞ! こんなところで、犬死になんて絶対にしないからなっ」


 ウバルドが串をとって、シカの肉にかぶりついた。


 涙と鼻水で顔がよごれていることにすら、気づかない。


「グラート。お前はなぜ、俺をたすけるんだ。宰輔に恨みをはらすためか」

「ちがう。国のためだ」

「国のためだとっ」

「そうだ。俺は陛下から叙任されて騎士になった。だから、国と陛下をまどわす宰輔の悪事を止めなければならない」


 ウバルドの表情が、またけわしくなった。


「この……優等生がっ」

「なんども言わすな。俺は、こういう性格なのだ」

「く……っ。だから、国民やギルドの連中がついてくるというのかっ」


 やはり、ウバルドと和解するのはむずかしそうだ。


「宰輔の悪事をつかむために、ウバルド、お前の証言がどうしても必要なのだ。だから、俺に従っていれば、陛下がお前を保護してくれるはずだ」

「お前に、従うのか……」


 上下関係が逆転するのは、ウバルドにとって屈辱だろう。


「つらいだろうが、耐えてくれ。宰輔の悪事を止めるまでの辛抱だ」

「わかっている。死ぬよりマシだ」

「そうだ。すべてが終わったら、俺の下から去ればいい。そのくらいの辛抱なら、できるだろう」

「俺をだれだと思ってる。お前の指図など受けん」


 ウバルドはシカの肉にかぶりついて、俺をにらみつけた。


本作は復讐など後ろ向きなものはなるべく書かない方針にしています。

ですので、ウバルドに対してもグラートは復讐せずに共闘する路線で物語を進めていきます。

ウバルドにも後でしっかりと謝罪をさせますので、安心して読み進めてください。

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