第41話 古代樹の庭園に侵入、植物の魔物との戦い
馬の手綱を引きながら、村の門をくぐる。
「グラート。すぐ樹海に入るのか?」
「いや。まずは村で情報収集をしよう。村の者がウバルドを見かけているかもしれない」
「それもいいけどよ。腹ごしらえしようぜ。腹が減って死にそうだぜぇ」
都を出てから、わずかな食べものにしかありつけなかった。
「そうだな。ちゃんとしたものを食べて、力をつけよう」
フォレトの村は、丸太をつみかさねた家屋が軒をつらねる村だ。
樹海から伐採した木を加工し、家や家具に活用している。
都からはなれているが、古代樹の庭園は冒険者の中で有名な場所であるため、冒険者を対象にした商売でにぎわっている。
朝だというのに、冒険者たちをちらほら見かける。
「ひさしぶりだなぁ、ここ」
「ジルダは来たことがあるのか?」
「もちろん。冒険者だったら、だれでも一度は来たことあるだろ」
村のまんなかに建つ酒場のそばに、馬の手綱をむすびつける。
「ここも、よく行ってたっけ」
「俺もギルドにいた頃はよく行っていたな」
なんだか、冒険者にもどったみたいだ。
酒場の扉を開けると、丸いテーブルと椅子がごちゃごちゃ置かれた空間につながる。
夜は多くの冒険者が席をうめるが、今はほとんどの席が空いていた。
「まだ昼前だから、人はすくねぇな」
「そうだな」
酒場の奥にカウンターがある。
店主の男が、カウンターの奥で木のジョッキを手入れしている。
髪のない頭に、まるめた布巾をまきつけている。
背は低いが肩はばの広いあのシルエットは、今でも見おぼえがあった。
「まだ開店前だぜ」
「わかっている。ひさしぶりだ、店主」
背の低い店主が顔をあげる。
赤くてまるい鼻がめだつその顔が、おどろきで満たされた。
「おおっ、お前は、斧使いのグラートか!」
「おぼえていてくれたかっ」
店主としっかり握手する。
「ひさしぶりだなぁ。お前の顔を見るのは、何年ぶりだろう」
「二年は経っているかもしれない。ヴァールを倒してから、ずっと都にいたからな」
「そんなに経つのかぁ」
カウンターにジルダととなり合わせに座る。
「お前のうわさは、ここフォレトにもとどいてるぜ。都で、すげぇドラゴンを倒しちまったんだろ?」
「ああ。アルビオネのゾルデのことか」
「ゾルデ? ブラックなんとかっつうのは、そいつのことなのか?」
この前の都の騒動は、フォレトにまでとどいていないのか。
ジルダが真実を話すように目くばせをしたが、俺は首を横にふった。
「まぁ、いいや。今日は、白い魔道師のおじょうちゃんといっしょじゃないのかい?」
「アダルのことだな。アダルには家で留守をまかせている」
「家? ギルドハウスのことか? なんだぁ、お前はついにギルマスになったのか!? がっはっはっは」
認識の行き違いがいろいろあるが、田舎はそんなものだ。
「店主。すまないが、人をさがしている」
「人か? だれだ」
「勇者の館のギルマスだ」
都や宰輔の話をしても、店主にはわからない。
余計な事情ははなさない方がいいだろう。
「勇者の館は、お前たちのギルドだったな。なんだ、まだギルマスになってなかったのか」
「そうだな。ウバルドは来なかったか?」
「ウバルドか? ……うーん、そうだなぁ」
店主が首を何度かひねる。
「あいつは、お前とちがって存在感がねぇからなぁ。意識しないと、いるのかいねぇのか、わかんねぇんだよな」
ジルダが急にふきだした。
「どんなやつだったっけ?」
「おかっぱ頭の、ひょろっとした男だ」
「ああっ! あの目の細い、枝みたいなヤローかっ」
ジルダがゲラゲラと笑った。
「おおっ? どうした、おじょうちゃん」
「もうやめて! 店長おもしろすぎっ」
「笑わすつもりはなかったんだがなぁ。まぁ、いいや。あの目の細い、根暗ヤローだよな。見た気がするぜ」
なんと!
「ほんとうかっ」
「ああ。いつだったかな。夜にウバルドみたいな冒険者が歩いてるのを見たぜ」
「ウバルドは、古代樹の庭園に入っていったのか?」
「たしか、そうだったな。真っ暗なのに、明かりもつけないでな。止めようとしたんだが、なんか、やたら人目を気にしてるふうだったからなぁ」
俺とジルダの推測は、当たった。
「ありがとう。おかげでたすかった!」
「夜にまた店に来てくれよ。お前がいると、店が盛り上がるんだよっ」
「わかった。かならず行く!」
店主に感謝して、酒場を後にする。
「すげぇ。なんか、鳥肌たってきた!」
「ジルダの冒険者の勘があたったな」
「あたぼうよ。これがハイブリッド冒険者の力よ!」
近くの屋台で食事を簡単にすませて、古代樹の庭園に出発だ。
この森はその名の通り、古代樹と呼ばれる巨大な木が生える森だ。
はるかむかしから成長を続けているという木は、塔のように高く、幹も巨木のふたまわりくらいは太い。
頭上に広がる枝葉も、屋根のように陽をさえぎっていた。
「ここの地面は、あいかわらずぬかるんでるよなぁ」
「陽が地面までとどかないからな。足をとられないように気をつけろ」
「オーケー」
あたりの茂みが、がさがさと動き出す。
ぞろぞろと姿をあらわしたのは、二枚の葉っぱを立てた、カニ――古代ガニか。
古代ガニはネコのように大きいカニだ。左右非対称のハサミは、右のハサミだけ異様に発達している。
「さっそく出たなっ」
ジルダが魔法をとなえ、右手を地面に押しあてる。
ぬかるんだ地面はガラスのようにかたまった後、パリンとくずれ去った。
「やったか!?」
古代ガニたちは足場をうしない、突然にあらわれた穴に落ちていった。
「ふむ。さすがだ」
「へへん、どんなもんだいっ!」
落とし穴の両脇から、後続の古代ガニたちがわらわらと近よってくる。
「まだいんのかよっ」
「まかせろ!」
ヴァールアクスを力まかせにふりおろす。
地面にふれた瞬間、ヴァールアクスは地面を粉砕し、古代ガニを乱雑に吹き飛ばした。
「ひゅぅっ、あいかわらずの怪力でっ」
「ふ。感謝の言葉と受けとっておこう」
長い葉を何本ものばした雑草が、わさわさと近づいてくる。
雑草たちが急に飛びはねて、俺とジルダに突撃してきた。
「ち。今度は雑草バッタかっ」
ジルダが炎の魔法で応戦する。
「こいつら、血を吸うから厄介なんだよな」
「そうだな」
ヴァールアクスで雑草バッタを追いはらう。
「こいつらは、小さい上に動きもすばやい。俺はどうも苦手だ」
「へっ。あんたは、どっちかっていうと、でかい魔物専門だもんな!」
ジルダが両手から火の玉をはなつ。
炎は雑草バッタが背負う草に引火して、「ごう!」と音を発した。
「こういうやつらは、ぼくの方が得意だな。あんたは隅っこで見学でもしてなっ」
「そうはいくか!」
腕や足に吸いつく雑草バッタを、強引に引きはなす。
後ろで油断していた雑草バッタの集団に、ヴァールアクスの重たい一撃をお見舞いしてやった。
古代樹の庭園は、その名の通り植物たちの庭園だ。
数多くの植物たちは巨大な古代樹にまもられて、独自の成長をとげている。
古代ガニや雑草バッタは、長い年月を経て植物たちにとり込まれたというが、本当だろうか。
地面が急にゆれて、地中から白い蔦が上空へとのびた。
「今度はシロヘビキノコか!」
地面からのびた無数のシロヘビキノコたちが、俺たちに襲いかかってくる。
長い蔦を蛇のように動かして、俺の身体に腕ごと巻きついてきた。
「ふんっ」
シロヘビキノコは一体の獲物に何本も巻きついて、身体の自由をうばった末に捕食する。
巻きつきを完全に防ぐことはできないが、すぐにふりほどけば難なく処理できる。
「うわっ、こいつら早ぇ!」
ジルダがシロヘビキノコの巻きつき攻撃をさばききれずにいた。
「だいじょうぶか!?」
「やべっ、油断したかも」
炎の魔法をつかえば、ジルダ自身が焼き焦がれてしまう。
「俺が断ち切る。目をつむってろ!」
「えっ、あ……」
ヴァールアクスでシロヘビキノコを根元から切断する。
ジルダに巻きついた蔦は、素手で引きちぎった。