第40話 裏切者ウバルドをさがせ、古代樹の庭園に出発
ウバルドは、どこに消えた?
翌朝。ジェズアルド殿の邸宅で、ジルダやジェズアルド殿とテーブルをかこむ。
「ドラスレ殿。きみが言う通り、そのギルマスが消えたタイミングが妙だが、偶然ということは考えられないのか?」
ジェズアルド殿が茶をテーブルに置いて言う。
「それも考えられますが、今の状況から考えれば、宰輔の手がまわったと推測するのが妥当でしょう」
「だがなぁ。あまりにもタイミングがよすぎないか? それではまるで、きみの行動を宰輔が熟知している、ようでは……」
ジェズアルド殿の顔色が変わった。
「間者か……」
「やはり、つけられていたようです」
村にいたときから……いや、サルンに入る前から、間者の存在は感じていた。
木陰から何ものかが見ている感覚は、じつにいやなものだ。
「宰輔の動きをここで議論しても意味はない。そのギルマスとやらの行き先はわからないのか?」
ジェズアルド殿の視線を受けて、ジルダが縮こまった。
「さ、さぁ」
「なんでもいいから、それらしい情報を仕入れてこなかったのかねっ」
「そんなこと、言われたって……」
このままだと、ジルダがつぶされてしまう。
「おやめください。ジルダはあのギルドと関係ありません。何も知らないはずです」
「しかしっ、そんな悠長なことを言っていていいのか! そのギルマスが亡くなっていたら、また手がかりをうしなうんだぞっ」
宰輔なら、ウバルドの命をねらうだろう。たとえ、かつての部下であったとしても……。
ジルダがわずかに顔をあげた。
「な、亡くなるって、殺すってこと?」
「もちろんだ。宰輔なら、自分の弱点となる者を見逃したりしない。絶対になっ」
「そ、それってやばいじゃん! じゃなくて、やばいです、よね……」
注いでいただいた茶で、気持ちを落ち着かせよう。
「ウバルドがまだ生きている前提で考えましょう。ジェズアルド様でしたら、追っ手から逃げる場合、どこに向かいますか?」
「ずいぶんと、不躾なことを聞くのだな」
「考えるためのヒントがほしいのです。ご協力ください」
「そうだな……」
ジェズアルド殿が腕組みする。
「わたしなら、とにかく遠くへ逃げるだろうな。夜に都を出て、ひとまず故郷に帰るとか」
「故郷ですか」
「うむ。逃げているときとはいえ、まったく知らない場所に向かうのは、とても心細い。自分のよく知る場所で気持ちを落ち着かせて、それから大計を思慮するだろうな」
ジェズアルド殿の意見は、もっともだ。
「ギルマスの故郷は、わかるのかね?」
「はい。たしか、リラという村だったはずです」
「なら、そこに行けばよいではないか!」
ウバルドの故郷に向かうのは、ありか。
しかし、ジルダの顔は険しいな。
「ジルダは、冒険者として、どう思う?」
「え……いや、ぼくはいいよ。べつに」
「気になることがあるのなら、遠慮なく言ってくれ。俺は少しでも多くの手がかりがほしいのだ」
「そ、そっか」
ジルダの顔色が、少しよくなった。
「ぼくだったら、前に行ったことのある洞窟とか、森とかに逃げるかなって。王国の人たちは、ダンジョンなんてくわしくないだろ? いや、くわしくないでしょう」
ダンジョンに逃げた方が、追っ手を確実にふり切れる。
「その可能性は、充分に考えられるな」
「勇者の館で、よく行ってた狩場とかないの?」
狩場は、冒険者が魔物を倒すために向かう場所だが……。
「そうだな。ウバルドが気に入っていた狩場は、『古代樹の庭園』だ」
「古代樹の……庭園?」
「知らないか? ヴァレダ・アレシアの南に広がる、フォレトの樹海だ」
「そこだっ!」
ジルダが、だんっと身を乗り出したが、ジェズアルド殿の視線を感じて、また縮こまった。
「す、すみません!」
「はは。きみはなかなか元気だな。さっきは強く言ってしまって、すまなかった」
「い、いえっ」
ジェズアルド殿が席を立った。
「都からろくに出たことがないわたしは、冒険者たちの常識なんてわからない。きみたちの勘にしたがった方がいいだろう」
「は」
「おじょうさんはともかく、ドラスレ殿、きみは目立つ。変装できる衣装を用意するから、ここで着替えていきなさい」
「は。お心配り、感謝いたします」
ジェズアルド殿は位のきわめて高いお方なのに、とても気くばりのできる方だ!
このご配慮に、ぜひともあまえさせていただこう。
* * *
「――で、衣装を借りたのはいいけどよぉ」
都の通行人が、ふりかえる。
大人も子どもも老人も、俺たちふたりが通るたびに、ふりかえる。
一度、何げなく見て、その後にかならず二度見をするのだ。二度目は目を大きく見開いて。
俺たちは赤と黄色のど派手なチュニックを着込み、同じ配色の帽子を髪がかくれるまでかぶらされていた。
帽子の頭はツインテールの髪型みたいに長く、白くてまるい綿が左右にひとつずつ括りつけられていた。
顔面も白の顔料で塗りたくり、目もとだけ黄色い星や、赤いハートで奇抜に……いや優雅に装飾しているなんて。
「なんで、道化師の格好をさせられてるんだよっ」
「知らんっ」
通行人がふりかえるたび、イヤな汗が背中からしたたり落ちる。
「ジェズアルド殿は、祭司長だ。祭司長は、いわば宮廷の芸術を管理する者だっ」
王族の感覚は民とかけはなれていると、義父が生前に言っていたが、その通りだな……。
「これが、芸術かよぉ……」
「しかたないだろう。あんなに笑顔で提案されたら、下の者はことわれないのだっ」
都を出るまでの辛抱だ……。
通行人の奇特な目が気になるが……大いに気になるが、俺の正体は気づかれていない!
「でも、すごいぞジルダっ。皆がドラゴンスレイヤーとさわがない!」
「いや、すごくないだろ……」
ばかでかいヴァールアクスも赤い布でぐるぐる巻きにしているから、これはもう完璧な変装であると認めざるをえない。
ジェズアルド殿の作戦は一見、奇抜であるが効果は覿面だ――。
「おい、お前ら。なんか一芸やってみろよ」
俺たちの前に立ちはだかったのは、四人組の不良たち!
「お前らだよ。聞いてんのかっ?」
「とりあえず、ここで球の上に立ってみろよ。そしたら小遣いくれてやるよっ」
むむ、厄介だ。この手の者たちは、しつこくからんでくるぞ……。
「おい、バカども! お前らだよっ」
「びびってんだったら、この鞭でたたいちまうぜぇ」
「うわ、ひでぇ」
彼らを満足させる芸を披露すればいいのだが、斧しかふりまわせない俺にとって、こういう手合いは一番の難題だっ。
どうする。どうするっ、ドラゴンスレイヤー!
「え、ええ……では、今から、巨大な炎を、出したいと思います」
ジルダ! たのむっ。
「ええ、炎かよっ」
「いいから球に乗れよぉ」
ジルダの小さい背中から、「このガキども、ぶっ殺してやる」と聞こえてきたが……。
「さぁ、とくとごらんあれ! これが極大火柱でございまさぁ!」
「うわぁ!」
ジルダが両手をのばした先――わるガキ四人衆の前に、地獄の炎が立ちのぼった!
「さいならー!」
「あっ、まて!」
ジルダに手を引かれて大通りを駆ける。
さわぎを聞きつけて、警備兵が集まっていた。
「さっきの、だいじょうぶかっ? あの子どもたちは――」
「だいじょうぶ! 一応殺さないように、火加減は調節したからっ」
いや、さっき、ぶっ殺すと言っていたぞ……。
「馬は厩にあずけてあるのか!?」
「おうっ。二匹とも、しっかりあずけてあるぜ!」
ジルダ、恩に着る!
馬に飛び乗り、都を飛び出す。
向かうのは、古代樹の庭園だ。
「グラート、どこに向かうんだ?」
「古代樹の庭園にしようと思っている。リラよりウバルドがいる可能性は高いとみた!」
「だよな! 冒険者だったら、やっぱり狩場に向かうっしょ」
目的地は決まった。
通りがかった小川で顔の化粧を落とし、道化師の衣装も手ばやく着がえる。
「ジェズアルド殿からいただいた衣装を替えるのは、心苦しいが……」
「心苦しくなんてねぇよ! あんたは律儀すぎるんだよっ」
馬を二日ほど走らせて、フォレト村に到着した。
この村は古代樹の庭園の入り口にある、冒険者の拠点だ。
古代樹の庭園は、都ヴァレンツァがすっぽりと入ってしまうような森だ。
フォレト村から入ってすぐに原生林がひろがり、草木の魔物が行手をはばむ。
冒険者が入れるのは、入り口付近のわずかに拓かれた場所だけだ。
「ここの魔物は倒しやすいんだけど、道がな。まよいやすいんだよな……」
「そうだ。熟練冒険者でも、一度足をふみはずしたら、生きて帰れない。あなどらない方がいいだろう」
「おう。わかってらい」
ジルダが馬から勢いよくおりた。