第39話 ドラゴンスレイヤー、陛下の側近と面会する
案内されたのは、ジェズアルド殿の別宅だった。
宮殿の邸宅のような空間に、数十名もいる召使いたち。
壺などの骨董品や、野ばらをえがかれた絵画に目をうばわれる。
「好きなようにくつろいでくれ。ワインとデザートを召使いにはこばせる」
「は」
ロビーの奥にある一室へととおされる。
一室と言っても、サルンの仮住まいより広い。
「いやぁ。会えてうれしいよ。きみとこうして、ゆっくりと話をしてみたかったのだ」
「ありがとうございます。ジェズアルド様に招待していただいて、とても光栄です」
「ふふ、かたいな。まだ、わたしを警戒していると見える」
ジェズアルド殿が、グラスにそそがれたワインに目をむける。
ぶどうの芳醇なかおりが、部屋の隅々へと満たされていく。
「では、ジェズアルド様にお聞きしたく思います。祭司長とは、どのようなことを担当される長官なのですか」
「祭司だから祭礼と、あとは宮廷音楽などを担当しているな。きみの叙任式も、わたしが大々的に指揮したのだよ」
「そうでございましたか」
ジェズアルド殿がワインを優雅に飲む。
このワインは、プルチアで飲んだものとはくらべものにならないほど上等だ。
「なんてな。えらそうに言えたものではない。祭司など、あってもなくても民衆はこまらない。大した実権をもたない閑職さ」
名ばかりの官職ということか。
「わたしがえらいのは、祭司長という肩書きのせいではない。わたしが王の一族だからだ」
王族……陛下の近親者か。
「わたしの先祖は陛下と同じなのだ。わたしは庶子の系譜であるから、嫡出の陛下とは比較できないがな」
「王位継承順位が陛下よりも低いということですね」
「そうだ。だが、かんちがいしないでほしい。わたしは陛下を出しぬいて王位に継ごうなどと、考えていない。陛下の治世には満足している」
ジェズアルド殿の真剣な表情から、先ほどのおだやかさが消えうせていた。
「ドラゴンスレイヤー。きみは陛下の寵愛を受けているようだが、きみは今の宮廷をどう見る?」
「と、申されますと?」
「陛下の下につくのがよいか、宰輔の下につくのがよいかと聞いているのだ」
ジェズアルド殿は、俺の腹のうちをさぐりたいのか。
「それならば、逡巡する必要はありません。わたしは陛下の下ではたらきます」
「その言葉、二言はないな?」
「はい」
ジェズアルド殿が、目をわずかに細める。
まばたきをせず、口も止めて、俺をまっすぐに見定めていた――。
「いやぁ。きみはうわさに違わぬ忠臣だっ。感動した!」
ジェズアルド殿が、がっはっはと大きな口を開けた。
「すまないな。今の宮廷は宰輔の力が大きい。信頼できる者をひとりでも多く確保しておきたいのだ」
「存じています。わたしが都に来たのも、宰輔の身辺をさぐるためです」
「ほう。そうなのか?」
「はい。わたしはかつて、無実の罪で遠い流刑地まで流されましたが、わたしに罪を着せたのが宰輔ではないかとにらんでいます」
ジェズアルド殿が、テーブルに肘をついた。
「そのようなことを、叙任式でも申しておったな」
「はい。アルビオネの魔物たちは、わたしの不在を突いてきました。ヴァレンツァやサルンが被害にあったのは、宰輔の政治的な判断の誤りであったと言い切れます」
「きみは二度にもわたってヴァレンツァを救った。チェザリノのような頭のかたい者は、きみの主張に反発するだろうが、国民は諸手をあげて、きみを支持するだろうな」
宮廷と国民が対立すれば、やはり都に危機がおとずれる。
「きみに罪を着せたのが宰輔だというのは、まさにその通りだろうな」
「はい。しかし、わたしと宰輔をつなげるものはありません。宰輔がなぜ、わたしを陥れたのか。その一点だけがわからないのです」
「ふ。その程度のこともわからないとはな」
ジェズアルド殿が、はこばれたリンゴに手をのばした。
「ジェズアルド様は、わかるのですか」
「わかるとも。宰輔は、きみが怖いのだろう」
俺が、怖い?
「宰輔は国民から嫌われている。無実の罪の国民を、何人も流罪にする者だからな。当然、宰輔は関与していないと言っているが、国民はわかっている。
そんな中、きみのような人気者が都で台頭したら、都はどうなる?」
「国民がわたしを担ぎ上げて、宮廷と対立するのでしょうか」
「そういうことだ。ドラゴンスレイヤーの名は、今や幼子でも知っている。きみは自身がもつ影響力を感じていないようだが、きみは王国を動かすカリスマになりつつある、ということだ」
思い返されるのは、都でなでた幼児のあたまの感触。
まだ物心がついたばかりだというのに、幼児は俺にあたまをなでられて、よろこんでいた。
その後の国民の混乱も。ああ……。
「いやぁ。宰輔はあたまがいいな! いっしょにメシを食べたくないやつであるが、やつの先を見通す力だけは本物だ。血筋だけで宮廷に居座っていられる、わたしたち王族では敵わない」
ウバルドと、宰輔の利害が一致した。
「わたしたち王族は、はっきり言って無能だ。だから、ドラゴンスレイヤーの力が必要なのだ」
ジェズアルド殿がワイングラスを手にしたまま、うつむいた。
「きみがいれば、わたしたちは宰輔に勝てる。どうか、陛下の寵愛にこたえてほしい」
「ご安心ください。わたしは陛下の陪臣です。宰輔の下にはつきません」
「うむ。信じているぞ」
ジェズアルド殿がワイングラスの先をむける。
俺もワイングラスをとって、静かに乾杯した。
* * *
ジルダの行方がわからなくなってしまったが、おいそれと都に出られない。
ジェズアルド殿が従者に命令し、ジルダをさがし出してもらった。
「あっ、グラート!」
ジルダがジェズアルド殿の邸宅につれられてきた頃には、陽が西の山にかくれてしまった。
「グラートがどこにもいないから、さがしてたんだぜ。なんで、こんなとこにいるんだよっ」
「すまない。あれから、いろいろあったのだ」
ジルダは俺に飛びついて、俺の後ろにかくれた。
ジェズアルド殿が声を立てて笑った。
「安心しな。おじょうさん。きみをとって食べたりしないから」
「お、おう……」
「きみはドラスレ殿の妹かな。なかなか見どころがありそうだ」
都の門は日没とともに閉じてしまう。しかし、都の宿はつかえない。
「ジェズアルド様。お願いがあります。この邸宅に一晩だけ、泊めていただきたいのです」
「もちろん、かまわんよ。一晩なんて言わないで、ここを活動の拠点にしてもらってもいい」
「ありがとうございます。わたしが都に出れば、またさわぎになります。陛下の心の負担を増やしたくないのです」
「ふ。人気者はつらいな」
ジェズアルド殿の召使いに案内されて、奥の部屋へと移動する。
椅子に腰を落ちつかせると、ジルダがまたとびかかってきた。
「グラート! こんなところでのんびりしてる場合じゃないんだ。大変なんだよっ」
「大変? 何があったんだ」
「あんたがいた前のギルドあったろ。そのギルドがなくなっちまったんだよ!」
なんだって!?
「どういうことだっ」
「あんたがいたギルドは、勇者の館だろ。そのギルドのギルマスが、行方不明になっちまったんだってよ」
ウバルドがどこかへ消えてしまった。
「なぜだ」
「なぜって、そんなの知らねぇよ。なんか、夜逃げしたみたいにいなくなっちまったんだってよ」
ウバルドは俺に無実の罪を着せるほど、ギルマスの座にこだわっていた。
そんな男が、何も言わずにギルドを去っていくとは思えない。
「ギルドがイヤになったのかね」
「いや。勇者の館が崩壊寸前だという話は、シルヴィオから聞いたが」
「ギルメンのみんなに嫌われて、ギルマスの座をおろされた感じ?」
「そうとも考えられるが……」
それにしても、タイミングがよすぎる。
まるで、俺が都に来るのを予見しているようではないか。
――宰輔の先を見通す力だけは本物だ。
「まずい。先を越されたかっ」
「先を、越された?」
いやな予感がする。ウバルドを一刻もはやくさがし出さなければ。