第34話 陛下の密命、宰輔サルヴァオーネの正体
サルンの地で復興作業をはじめて、ひと月くらいが経った頃に、陛下が都からお見えになられた。
表向きはサルンの慰労だが、宰輔に関する命令が下されるのは明らかだった。
「グラートさん。本当に、陛下がお見えになるんですかっ」
「ああ。騒ぎになるから、村の者に真実をしゃべってはいけないぞ」
陛下がお見えになられる昼すぎ。アダルジーザやシルヴィオと陛下を出迎える。
真実を知らない村人には、都から貴人がお見えになる、としかつたえていない。
「陛下って、どんな人なんだ?」
「そうだな。男性だが、とてもおきれいな方だぞ」
ジルダがアダルジーザのとなりで首をかしげる。
「女みてぇってこと?」
「そうだが……あまり、はっきり言ってはいけない」
「グラートっ、あそこ!」
アダルジーザが街道の向こうを指した。
クレモナの関所へとつながる街道の向こうから、荘厳な一隊がゆっくりと近づいてくる。
「おい、みんな、あれ!」
「都から来た馬車だっ!」
後ろの村人たちが声をあげる。
陛下を乗せた金の馬車と物々しい警備隊が近づくにつれて、村人たちの不安と好奇に満ちた表情が強くなっていった。
「シルヴィオとジルダは村人たちを落ちつかせるように。アダルは俺のそばに来てくれ」
「は」
「うん。わかったぁ」
金の馬車が俺たちの前で停止する。
隊の先頭で指揮している男は、白馬にまたがっていた。
金の兜に、派手なシュルコー。中に着込んでいる鎧も、金色だ。
アダルジーザが後ろから俺の腕をつかんだ。
「グラートっ」
「アダルは俺の後ろにいればいい。受け答えは俺がする」
騎士団長と思わしき男が白馬からおりて、こちらへ近づいてきた。
「騎士グラート。出迎えごくろう。わたしは陛下をおまもりするヴァレダ宮廷騎士団のチェザリノである」
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。わたしがサルン領主のグラートであります。こちらは妻のアダルジーザです」
「よ、よろしく、おねがいしますっ」
騎士団長のチェザリノがアダルジーザを見て、なぜか言葉をうしなう。
「この方が、そなたの夫人かっ」
「え、ええ……」
「おうつくしい……」
チェザリノ殿……?
アダルジーザが後ろから、俺の手を強くつかんだ。
「チェザリノ殿。妻はまだ騎士のくらしになれておりません。ごあいさつは手短にお願いします」
「はっ。そ、そうだったな。わたしとしたことが、われを忘れていた」
チェザリノ殿が、こほんと咳払いをした。
「陛下をおつれする。お二方は、そこで待機しているように」
チェザリノ殿が陛下の馬車の扉を開ける。
馬車からほそい手を引かれた陛下があらわれて、村人たちからかすかに声が上がった。
今日の陛下は、純白の絹でできたローブに身をつつんでおられる。
あたまには金の冠をつけて、やはり花のようにおきれいだ。
「グラート。ひさしぶりだ。あれから変わりないか?」
「は。魔物はたまに出没しますが、村の再建は順調にすすんでおります」
「それはよかった」
陛下が口に手をあてて笑った。
「少し、つかれているのではないか? 顔がやつれているが」
「そうでしょうか。魔物たちが攻めてこないため、戦いに飢えているからでございましょう」
「はは! さすがはドラゴンスレイヤーだ。宰輔がそなたをここに遣わしたから、アルビオネの魔物たちは今ごろ、さぞ悔しがっているであろうな」
陛下を俺の屋敷へと案内する。
「わたしの屋敷はまだ建設中です。村の再建も途上にありますので、このようなあばら家しか、陛下をご案内する場所がありません」
「かまわぬ。豪奢な邸宅をのぞむのであれば、はじめからそなたを都へ呼びつけている。目立たない場所の方が、かえって都合がよい」
陛下がチェザリノ殿に指示し、屋敷の中へと入る。
チェザリノ殿は剣を腰にさしたまま、扉の前で待機するようだ。
「わたしがそなたの下へ来たかったのは、他でもない。サルヴァオーネのことだ」
「宰輔が、また宮廷で不穏なうごきを見せているのですか?」
「うむ。そなたがプルチアで金を発見してくれたのは、まだ記憶にあたらしいが、その金の一部を盗み出しているようなのだ」
なんと! それは由々しき事態だ。
「宰輔が金を盗み出したという、たしかな証拠はおありですか」
「ない。配下にさぐらせているところだが、まだやつの尻尾をつかめておらぬ」
宰輔は、そう簡単に化けの皮をはがさないだろうな。
「やつの尻尾をつかむことができれば、それを契機としてやつの力を弱めることができる。そこで、そなたの力を借りたいのだ」
宰輔が金を盗み出した証拠をさがし出せばいいのか。
隠密行動なら、シルヴィオが適任だ。
「わかりました。隠密行動を得意とする者が、臣下にいます」
「そうか! さすがはドラゴンスレイヤーだ」
「宰輔の尻尾をつかむのはむずかしいでしょうが、陛下のご期待にそえるように努力します」
「うむ。たのんだぞ」
宰輔サルヴァオーネは宮廷で辣腕をふるう人物だ。
ネグリ殿の話によると、宰輔の政治能力は高いという。
しかし、尊大な態度がめだち、ときには陛下すらだまらせてしまうほどの力を持っているというから、宰輔を嫌う者はかなりいるようだ。
「陛下。宰輔は王位の簒奪をたくらんでいるといううわさですが、それは本当なのでしょうか?」
扉の前で立ちつくしていたチェザリノ殿が、急に動きだした。
「グラート! 陛下に向かって何を言うかっ」
「だまれっ、チェザリノ! そなたは口をはさむでない」
陛下の壮烈な声に、チェザリノ殿が恐懼する。
「は……」
「グラート。そなたは怖いもの知らずだな。わたしに真正面からそのようなことを申したのは、そなたがはじめてだ」
俺としたことが、出すぎたマネをしてしまった。
「申しわけございません。陛下」
「よい。宮廷の者すべてが気にかけていることだ。皆、わたしの顔色をうかがって、本心を表に出さないようにしているが、宮廷のだれもが宰輔の動向をおそれているのだ」
宰輔は王位の簒奪をたくらんでいるという事実も、ネグリ殿から教えていただいた。
宰輔が辣腕家であり、宮廷の権力を牛耳っているのはわかるが……。
「宰輔が宮廷で絶大な権力をもっているのはわかりますが、それだけで陛下から王位をうばうことはできないでしょう」
「グラート。そなたは何が言いたいのだ」
「王位は神から授かるものです。王位を継がれる方は、陛下のように王の血を引かれる方でなければなりません。
しかし、宰輔は王の一族ではありません。ですので、たとえ宰輔が宮廷を占拠しても、国民は宰輔の王位継承をゆるさないでしょう」
王位を不当にうばえば、多くの国民が反発する。
そして、国が荒れていくことは、宰輔ならわかるはずだが……。
「グラートは、宰輔の素性がわからぬとみえるな」
陛下がすっくと立ち上がった。
「宰輔の素性、ですか?」
「そうだ。宰輔は純然たる王の一族ではないが、王位をねらえる立場にあるのだ」
陛下の言おうとしている真実が、わからない。
「宰輔サルヴァオーネは、わたしの亡き母……つまり前の王妃の兄だ」
「前の王妃の、兄?」
「そうだ。外戚であるから、王族の出身ではないが、わたしを排斥すれば王になることはできるのだ」
外戚……か。そのような仕組みがあったのか。
「宰輔の最終目標は、そなたの言う通り王位の簒奪だ。だが、宮廷でやつに反対する者が多いゆえ、宰輔もわたしに手を出せないのが現状だ」
「は」
「今はぎりぎりのところで宮廷の均衡がたもたれている。しかし、この均衡がいつくずれるか、わからぬ。均衡がくずれれば、どうなるか。利口なそなたならわかるであろう」
宮廷がまっぷたつにわかれ、王国全土を巻き込んだ争いがおきてしまうのか……。
「陛下が危惧するわけが、やっと理解できました……」
「ブラックドラゴン・ヴァールの襲来と同等……いや、ヴァール襲来以上の危機が、王国にせまるかもしれぬ。わたしは王の座を引きずりおろされることよりも、擾乱による王国の被害を危惧している」
宰輔の横暴を、止めなければ。
「ヴァレダ・アレシアに内乱が起きれば、アルビオネの魔族もまた動きだすでしょう」
「そうだ! いくら、そなたがここでアルビオネをにらみつけていても、背後から宰輔に攻撃されれば、ひとたまりもないだろう」
「そう、ですね。前の攻撃はヴァールアクスでふせげますが、後ろから飛んでくる矢まではふせげません」
「そうであろう。やはり、早く手を打たねばならぬか……」
陛下が、白くてうつくしいお顔をこわばらせてしまった。
「グラート。このことは、くれぐれも他言せぬように」
「は。村の者にもはなさないように、注意します」
「うむ。グラートの奥方殿も、たのんだぞ」
「あっ、は……はいっ!」
アダルジーザがキッチンから出てきて、すぐに返事した。