第32話 サルン領の着任と、プルチアからの訪問者
ヴァレンツァ領の北の門であるクレモナの関所を越えた先が、サルン領だ。
クレモナの関所から、真北にのびる街道がサルンの関所を貫く。サルンの関所までが俺の管轄に入るらしい。
「魔物の死体とかは、なくなったけど……」
「なかなか、荒れてますね……」
アダルジーザとシルヴィオが息をのむ。
街道の土はでこぼこ。足もとの草の先は、魔物の血でよごれている。
街道の左右には森が広がっているが、多くの木が切り倒されたままだ。
「プルチアと、にたようなものだな」
「ここをなおしていくのは、大変だねぇ」
「いいではないか。すべてなくなったのだから、かえって再建しやすい」
西の森に入り、戦いの爪痕がのこる森の細道を抜ける。
かつて村があった廃墟で、作業者たちのにぎやかなかけ声が聞こえてきた。
「ああっ、あの白馬のお方はっ」
「ドラスレ様だ!」
村の再建を協力してくれている人たちだ。
「作業やめっ。ドラスレ様がお見えになられたぞ!」
この人たちは俺のうわさを聞きつけて、ヴァレンツァやよその村から駆けつけてくれた人たちだ。
前のギルドのギルメンたちの姿も、ちらほら見える。
「俺のためにあつまってくれて、感謝する! つらい作業ばかりさせて、すまないな」
「何を言ってるんですか! ドラスレ様のためにはたらけるんだ。夢のようですっ」
「そうだよなぁ。ドラスレ様は、国を何度も救ってくれた勇者だもんな!」
「みんなでここを、いい村にしていきましょう!」
みんな……。
「心配する必要はなさそうですね」
「ふふ。そうだねぇ」
俺とシルヴィオの馬を近くの者にあずける。
「よし。では、午前中の作業をさっさとおわらせてしまおう!」
「おおっ。ドラスレ様、みずから!」
「あたり前だ!」
道ばたに落ちている瓦礫をゴミ捨て場にあつめる。
倒壊している建物も、かまわずに撤去してしまおう。
「つかえそうな木材などがあれば、こちらにあつめてくれ。つかえないものは、後でまとめて焼却する」
「了解しましたぁ!」
村の奥には領主の館らしい建造物があった。
しかし外壁は破壊され、部屋の中も野盗らしき者たちによって荒らされていた。
「グラートさん。この屋敷は、どうします?」
「すべて破壊してしまおう。更地にしてから、ここにあたらしい家を建てよう」
「わかりました」
屋敷は都の邸宅ほどではないが、一室がとてもひろい。
瓦礫の中に、まだわれていない壺や絵画などが見つかった。
「グラート。この壺はぁ、どうするの?」
「そうだな。前の領主はもう帰ってこないだろうから、すべて売り払ってしまおう」
「うん。そうだねぇ」
シルヴィオが奥から剣や装飾品を見つけてきた。
「いろんなものが落ちてますね。これは、どうします?」
「それらも売却の対象だな。売って村の再建の費用にあてよう。ほしければ、アダルやシルヴィオにくれてやるぞ」
「い、いいですよっ」
シルヴィオはあいかわらず律儀だ。
「前の領主様はぁ、贅沢なくらしをしてたんだねぇ」
「そのようですね」
贅沢、か。俺には縁のないものだな。
* * *
お昼は炊き出しで昼食をとることにした。
鶏肉と野菜を煮つめたシチューをつくり、食事を皆で分け合う。
「シチューはたくさんつくってあるから、はらいっぱい食べてくれ!」
「おおっ、ありがてぇ!」
「はらへったぁ」
村の広場だった場所にあつまって、村の女性たちに配膳してもらう。
「ドラスレ様も、みなさんとおなじ食事で、よろしいのですか?」
「あたり前だ。俺は大飯食らいだから、いっぱいよそってくれ」
「わ、わかりましたっ」
村の者たちにまざりながらシチューをかき込む。
皆であつまって食べる食事は最高だな!
「今度の領主様は、庶民的でいいねぇ」
「ほんと。前の領主様とは、おおちがいさ!」
村の者たちの表情もおだやかだ。
「前の領主は、どんな方だったんだ?」
「どんな? そうだねぇ。とり立てて悪い人ではなかったけれど、いい人でもなかったかねぇ」
「そうだなぁ。贅沢してばっかで、村のことにはあんまり関心がなかったみたいだったからなぁ」
村の経営や政治には関心がなかったのか。
「それほど、いい領主ではなかったのだな」
「そうですねぇ。でも、今度の領主様はドラスレ様だから、期待できますぜ!」
「あんまり期待されると、やりにくくなるんだがなっ」
村の経営なんて初めてだが、皆の力を借りれば、どうにでもなりそうだ。
「ドラスレ様。ここにおられましたか」
都の兵士と思わしき者が、馬から降りて駆けつけてきた。
「お役目ごくろう。宮廷の使いか?」
「いえ。プルチアからあなた様へ、お手紙をあずかっておりますので、とどけにまいりました」
プルチアから手紙?
「テオフィロ殿か! 彼も元気なのか?」
「は。テオフィロ様は、以前と変わらずにすごされているとのことです」
テオフィロ殿もプルチアでいそがしい毎日をすごしているようだな。
兵から受けとった封を開ける。四つ折りにされている手紙は、上質な紙がつかわれているようだ。
× × ×
ドラゴンスレイヤー殿……いや、これからは騎士グラートと呼んだ方がよいのか。
お前の活躍は遠いプルチアにもとどいている。都を危機から救ってくれて、感謝の言葉もない。
お前はただものではないと思ってたが、まさか騎士になっちまうとはな!
叙任式でさっそく宰輔にかみついたようだし、お前の活躍にまだまだ楽しませてもらえそうだっ。
陛下がお前を騎士に叙任したのは、この国を変えてほしいからだ。
陛下はお前に全幅の信頼をよせておられる。宮廷の重圧はお前でも過酷に感じるだろうが、どうか、がんばってほしい。
プルチアは平和だ。お前がインプどもをけちらしてくれたおかげだ。
お前がサルンの領主になったと聞いたから、活きがいいやつらを数人、そっちに送り込んでおいた。金山の探索にでもつかってくれ。
むかしみたいに、みんなで酒を酌みかわしたいな! アダルさんにもよろしくなっ。
ヴァレダ・アレシア王国廷臣 テオフィロ・ピアラより。
× × ×
「グラート。お手紙ぃ?」
アダルジーザが手紙をのぞき込む。
「そうだ。プルチアのテオフィロ殿からだ」
「ああっ。テオフィロ様。元気にしてるのかなぁ」
「ああ。元気にくらしているようだぞ」
アダルジーザに手紙をわたす。シルヴィオも手紙をのぞき見た。
「テオフィロ様は、プルチアを管理してる方でしたね。特別な用件でも、書いてあるんですか?」
「いや。活きがいい者たちを、数人、ここによこしてくれたと書いてあるが」
「活きがいい者……?」
シルヴィオがアダルジーザと目を見合わせる。
「プルチアではたらく兵を数人、ここに派遣してくれたのだろうか。テオフィロ殿の一存で、そのようなことができるはずはないのだが」
「廷臣と書かれてますから、テオフィロ様はもともと、宮廷ではたらかれてた方ですよね。流刑地ではたらく兵を、勝手にうごかしたら罰せられそうですけどね」
「そうなんだぁ」
テオフィロ殿の意図が、はかりかねる。
「宮廷で一定の権力をもつのは、騎士階級の者たちだけであったはずだが……」
「陛下とか、宰輔様だけだってことぉ?」
「そうだ。宮廷ではたらく官吏たちをたばねる長官であれば、それなりの力をもっているのだろうが」
テオフィロ殿は慎重な方だ。みずから越権行為をおかすとは思えないが――。
「ドラスレさまっ、大変です!」
村の男が息を切らせながら走ってきた。
「どうしたっ」
「そ、それが……魔物が、あらわれましてっ」
「まかせろ!」
ヴァールアクスをとって、駆けつける。
「どんな魔物だっ」
「ドラゴンみたいな見た目の、巨大なトカゲです!」
そんな魔物が、このあたりにもいるのか。
「グラートっ」
「俺たちも行きます!」
「ああっ、たのむ!」
アダルジーザとシルヴィオをつれて、村の外へむかう。
魔物が出没したのは、農地がひろがっていた場所だ。農地は先の戦いで荒廃している。
村の者たち数人が農地で立ちつくしている。しかし、魔物の姿はどこにもない。
「魔物はどこだっ?」
「ドラスレ様っ!」
やわらかい土に、魔物の足あとがいくつもできている。
地面に焦げた跡? だれかが火をたいたのか?
炎が、まだ燃え残っている。こんなところで村民が火をたくはずはな――。
「おせぇぞグラート。何やってんだよ」
女性の少し高い声に、なまいきな口調?
「ったく、あんたがこねぇから、かわりに追いはらっちまったぜ」
俺の名と正体を知っている者だ。
ずいぶんと、なつかしい声だ。
プルチアでわかれてから、まだそれほど日がたっていないというのに。
「あっ、あ……」
農地の奥から、なつかしい顔ぶれがぞろぞろと姿をあらわす。
そのまんなかで立っていた女に、アダルジーザが絶句した。
「お前だったのか。ジルダ」
銀色のきれいな髪をゆらす女子は、ジルダでまちがいなかった。