第29話 国王陛下と面会、ドラゴンスレイヤーが騎士になる!?
ゾルデとの激戦を終えて、俺はすぐに宮殿の医務室へとはこばれた。
ゾルデの攻撃によって全身を負傷していただけでなく、アンプリファイの反動が大きかったためだ。
アルビオネのヴァール残党軍はまだ撤退していないというのに、こんなところで休んでいられるか……!
宮殿の高級ベッドに拘束されて、俺はゆびをくわえていることしかできなかったが、三日後に戦いの終結をアダルジーザから聞かされた。
「アルビオネの全軍が、撤退したのか?」
「うんっ。そうだって、シルヴィが言ってた」
アダルジーザは看護のため、三日三晩、俺に付き添ってくれている。
「シルヴィオは最近、姿を見せていないが、まだ外で戦っているのか?」
「うん。グラートが、ドラゴンを倒したから、負けていられないって」
「はは。シルヴィオらしいな」
シルヴィオはまじめで負けん気が強い男だ。うかうかしていたら、すぐにつきはなされてしまうな。
「アルビオネの残党軍はヴァレンツァから完全に撤退したのか?」
「うん。もう、お外は平和だよぅ」
すんでのところで、都をまもることができたのか。
全身をはりつめていた力が、急に抜けてしまった。
「だからぁ、グラートは治療に専念して」
「ああ。わかったよ」
「もう。いつも、むちゃするんだから……」
アダルジーザに看護されているあいだ、この言葉を何度聞かされたか……。
「すまないが、これが俺の役目だ。理解してほしい」
「そうだけど、心配だよぅ」
俺の身を案じ、かなしんでくれる者がいる。俺はしあわせ者だな。
医務室の扉がとんとんとノックされる。
扉を開けてうやうやしく礼をしたのは王国の召使いか。
「グラート様。おけがは回復されたのでしょうか」
「大丈夫です。全身はまだ痛むが、三日前にくらべれば大したことはありません」
絹でできたローブのようなものを着た召使いが、あたりをちらちらと見まわす。
「グラート様。人ばらいをおねがいします。陛下がお見えです」
陛下だと!?
アダルジーザもおどろいて、「ど、どうしよっ」とうろたえていた。
アダルジーザの細い手首をつかんだ。
「この者は俺の身内みたいな者です。どうか、ここにいさせてください」
「で、ですが……」
「陛下は俺の身を案じてくださっているだけでしょう? それならば、他の者がいても問題はないはずです」
女の召使いは返答に窮したのか、そそくさと医務室から退室していった。
すぐに扉が開いて、金糸に身をつつんだ方が姿をあらわした。
年の頃は俺と同じくらい。アダルジーザと変わらない背たけに、小枝のような身体。
色白で、頬や指先は珠のようにかがやいている。碧い瞳も宝石のようだ。
女性のようにうつくしいお方――ジェレミア国王陛下だ。
「ドラゴンスレイヤーよ。ひさしぶりだ。わたしの顔をおぼえているか?」
「はい。ブラックドラゴンのヴァールを倒した後に、一度だけ拝謁させていただきました」
両手を合わせて礼をする。
陛下のかたい表情が、やわらかくなった。
「それはよかった。わたしの顔など知らぬと言われたら、なんと説明すればよいか、なやんでいたところだ」
「ご冗談を。陛下のお顔をわすれることなど、できますまい」
陛下はやはり、おやさしい方だ。
「ジェレミア国王陛下。いやしいわたしなどの身を案じていただき、まことに光栄でございます。しかし、戦いの傷がまだ癒えていないゆえ、病床からの礼であることをご承知いただきたい」
「もちろんだ。あのような戦いをした後なのだ。そなたのおこないを責める者はひとりもいないであろう」
陛下が黄金の杖をとなりの者にあずける。
うつくしい手をのばして、俺の手をとってくださった。
「ドラゴンスレイヤーよ。そなたは二度にわたり、わが国を救ってくれた。わが国のすべての国民を代表して、礼を言いたい」
「そんな……もったいないお言葉です」
「謙遜するな。そなたはわが身をかえりみず、邪悪なドラゴンをしりぞけてくれた。その多大なる功績と勇気はヴァレダ・アレシアの礎となった者たちにおとらぬ、すばらしいものだ。わたしがどのように感謝の言葉をならべても、そなたの功績にむくいることはできないであろう」
陛下から、そのようにほめたたえていただけるとは……。
「わたしのような冒険者のはしくれに、陛下みずからお声をかけていただけるだけで、しあわせでございます」
「ふふ。二度もドラゴンを倒したというのに、ずいぶんと謙虚なのだな」
陛下が皇女のように優しくほほえんだ。
「臣下から聞いたのだが、そなたは長いあいだ、無実の罪で遠い流刑地に流されていたそうだな。知らなかったこととはいえ、無礼なことをしてしまった」
陛下は俺がプルチアに流されていたことを知らなかったのか?
「は……」
「なんでも、そなたがわたしに反逆しようと、たくらんでいたというではないか! わが国を二度も救ってくれたそなたがっ、そのような卑劣きわまりないことをするものか!」
「陛下はわたしが流罪になったことをご存じなかったのですか?」
「知らぬ。その話を聞かされたのは、そなたがここにはこび込まれてからだ。そなたにそのような罪が着せられていると知っていれば、すぐに刑の執行を撤回させていたものを……」
それはおかしい。俺を反逆罪でさばかれたのは他でもない、陛下だったからだ。
プルチアに流された俺に恩赦を出されたのも、陛下ご自身だというのに……。
しかし、陛下ご自身のお言葉で反逆罪と流刑を言いわたされたわけではないし、恩赦を陛下ご自身が出されたところを、俺は見ていない。
陛下みずから、こうしておいでになって、一介の冒険者にすぎない俺をねぎらってくれる。
この方が俺に堂々とうそをついているとは思えない。
陛下がアダルジーザに目を向ける。アダルジーザは委縮しているか。
「さて。そなたはドラゴンスレイヤーのお仲間か」
「は、はいっ」
「ドラゴンスレイヤーと大事な話があるゆえ、少しのあいだだけ、席をはずしてくれぬか」
陛下が召使いに指示して、アダルジーザが医務室からはなれる。
陛下の表情が不安げになり、人のいない医務室をしきりに見まわしていた。
そして、少し臆するような様子だったが、その白い顔を俺に近づけた。
「そなたもすでに気づいているであろうが、悪は宮廷の中にもはびこっている。わが国の敵は国外の魔物だけではないのだ」
「は……」
「何者かがわたしの名をかたり、そなたにあらぬ罪を着せた。はずかしいが、宮廷にわたしの居場所はないのだ」
なんと! おいたわしや……。
「わたしは力がないゆえ、国内にはびこる悪を一掃することができぬ。身勝手を承知のうえで、そなたにたのみたい。どうか、わたしに力を貸してほしい」
陛下の真剣な――いや、余裕のないお姿は真実を語っているように思えた。
「ご安心ください。わたしは陛下の陪臣です。永劫に陛下へ忠誠をつくします」
「本当か! うそではないのだなっ」
「本当ですとも。どうして、うそなどつきましょう」
「ああっ、ドラゴンスレイヤーがいれば、わたしは何もおそれることがない。わが国はきっと、良い方向へと向かっていくであろう」
陛下が指示して、アダルジーザと召使いたちを呼びもどす。
――最近の王国の考えは俺にもわからない。
陛下に直訴するなら、今だ。
「そなたが回復したら、そなたに騎士の称号を授与しようと思っている」
「騎士、ですと!?」
「そうだ。そなたの圧倒的な強さと功績ならば、騎士の称号をあたえるにふさわしい。お付きの者にも報酬を用意しているから、またわたしに顔を見せてほしい」
「す、すごい……っ」
騎士になれる者は裕福な家柄の者たちか、王国に多大な功績を残した者だけだ。
「ふふ。さすがのドラゴンスレイヤーでも、おどろくようだな」
「は……」
「そなたのはたらきに期待している。お付きの者たちもな」
陛下がアダルジーザにほほえむと、アダルジーザがまた委縮してしまった。
「後日、わたしが王の間にまいればよろしいのですね」
「そうだ。騎士の叙任式とパレードを行うつもりだ。予定日はそなたの体調に合わせろと厳命してある」
「承知しました。騎士の叙任式とパレード、たのしみにしております。わたしも身勝手を承知のうえで、そのときに陛下にお伝えしたいことがございます」
「そなたから……?」
陛下の後ろで見守っていた者たちが、うろたえはじめた。
「ここでは話せぬというのか?」
「はい。叙任式で多くの騎士や官吏が参列しているときに奏上したく思います」
「承知した。そなたのたってのねがいとなれば、わたしはことわる言葉が思いつかぬ。玉座でそなたの申し出を聞くことにしよう」
「は。ありがたきしあわせにございます」
王国の実権をにぎっているのは残念ながら陛下ではない。
ならば、実権をにぎっている者に直訴するまで。