26幕間
現在、ピッコマ様にて『公爵さまは女がお嫌い!』のWEBTOONが始まっております!
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世の中の女性というものは本当に大変だな、と思う。
カロルは待ち合わせ場所である街の時計台の下で待っていた。少し先にあるショーウィンドウには、今まであまり見たことがない浮かれている自分の姿が映っている。ティアナにやってもらった髪の毛は丁寧に編み込まれていて、ドレスも自分が持っているものの中で年に一度ほどしか袖を通さない一番気に入っているものだ。靴はちょうど買ったばかりの新品の靴があったので、それをおろした。ショーウィンドウに移る気合の入った自分。それを見ていると、なんだかどうしようもなく気恥ずかしくなってくる。
同じ場所で寝泊まりしているのにもかかわらず、レオポールと一緒にここまで来なかったのは彼から総提案されたからだった。曰く、「そちらのほうがデートらしいでしょう?」とのことだ。それを告げたときのレオポールの表情からは何の感情も読み取れなくて、なんだか本当に彼にデートに誘われたのか怪しくなってくる。
(まさかすっぽかされたりして……)
そう思ってしまう自分がひねくれていることはわかっている。けれど、今まで男性に対してそういう期待を全くしていなかった自分自身の正気を保つにはそれは必要な考え方で、また、予防線でもあった。もし本当に、すっぽかされてもこう思っているのといないのとでは、全くダメージが違うからだ。
「やっぱりティアナ様のように……とはいきませんね」
ショーウィンドウに映った自分の前髪を指先でいじりながらそう零す。ティアナが今の自分の立場ならばなにも疑うことなくウキウキとした気分で相手を待っていただろう。
でも今の自分にそれはできない。もしかすると、本当に物心付く前の幼子だったらそう思えていたのかもしれないが、誰かに期待を向けるには、年齢と人生経験を積みすぎた感じがした。
広場の隅にある教会の鐘が鳴る。待ち合わせ時刻だ。
レオポールはまだ現れてはいない。
……五分。
……十分。
カロルは街の片隅で小さくなりながら、そこで待ち続ける。先程まで考えていた『すっぽかし』が現実味を帯びてきて、ため息が口から漏れた。
(なにか仕事が入ったのかもしれませんし、あと五分待ったら帰りましょうか)
どこか冷めきったような目で時計を見上げた時だった。
「すみません。おまたせしました」
カロルは声のした方を見た。眼の前には息を切らしたレオポールがいる。
私服姿の彼はちょっといつもより新鮮な感じがした。
「遅かったですね」
「ちょっと仕事が押してしまいまして、遅れました。すみません。おまたせして」
「いえ、別に。たいして遅れてもいませんし、私も少し前に来ただけなのでさほど待っていません。だから、大丈夫です」
本当は待ち合わせ時刻の三十分も前から待っていたけれど、それは悔しいから言わなかった。
別に楽しみにしていたわけではなくて、ティアナからは休みをもらっているし、またせたら悪いと思って早く来ただけなのだから、それを言って変な勘違いをされても困ると思ったのだ。
レオポールは呼吸を落ち着かせると「それじゃ、行きましょうか」と微笑んだ。そして、前を歩き出す。その少し先を行く背中を見て、なんだかいつも通りだな、と思ってしまった。いつも通りもいつも通り。ただ仕事の買い物に二人で出た、という感じである。まったく色っぽい雰囲気がない。それどころかせっかく着飾ったカロルを褒めるどころか、きちんと見ることもなかった。別に褒められることを期待した訳ではないが、なんだか肩透かしを食らったような気になってしまう。
(もしかして、デートと思っていたのは私だけだったのかしら)
ひねくれ、偏っているている自分の考えの中でも、それは十分に有り得そうな気がした。『デート』という言葉を恋人、もしくはそれ未満のもどかしい関係の男女がおこなうものと理解するものもいれば、単に二人だけで出かけることを『デート』という人間もいる。ティアナだってよくカロルと二人で出かけることを『デート』と呼称するし、もしかすると、レオポールもそういう意味でカロルとのお出かけを『デート』と呼んでいた可能性もある。これもそのたぐいだったのではないのだろうか。もしかすると、レオポールの中でこれは単に二人で仕事道具を買いに出るぐらいの意味しかないのかもしれない。
よく見たらレオポールはおしゃれだってしていない。私服姿は新鮮で、似合ってもいるのだが、別段気合を入れているふうではないし、デートに行く服装にしてはやや簡素かもしれない。
カロルはじわりと頬が熱くなったような気がした。
だとしたら、相当に恥ずかしい。デートだと思いこんで一生懸命準備したのは自分だけで、彼にはそんな気はないのだとしたら。街に誘ったのは、単に買い物に付き合ってくれという意味だとしたら……
(着飾っている私を見てどう思ったかしら……)
レオポールのことだからあざ笑うなんてことなないだろうが、もしかすると『失敗した』ぐらいは思ったかもしれない。
(……帰りたい)
ネガティブな性格が極まって、泣きそうだ。なんでもうちょっとちゃんと確認しなかったのだろうと本当に自分を殴りたくなる。先程までは、自分は決して浮かれてないと思っていたが、そんな確認事項を怠るぐらいには浮かれてしまっていたようだった。
前を歩くレオポールにバレないようにそっとため息ををつく。すると、その直後、彼が振り返ってきた。まさかため息の音が聞こえたのではないかと、カロルは身を固くする。
「……手でも」
「はい?」
「手でもつなぎますか? もしくは腕でもいいんですが。……一応デートですし」
視線をそらされながら放たれた一言に、カロルはしばらく呆然として、「これって、デートだったんですね」と心の声を漏らしてしまう。瞬間、レオポールの顔がぎょっとした。
「いや、最初からそうだって言ってたじゃないですか。というかそういうつもりでそんな綺麗な格好をしてきてくれたのではないんですか?」
「綺麗、ですか?」
「綺麗ですよ。いつも以上に」
何気ない褒め言葉に頬がじわじわと熱くなる。自分でも簡単な女だと思ってしまった。
「私のほうはすみません。一応、それなりの格好は準備はしていたんですが、直前で厨房の方で水が出なくなったと相談を受けて、結果色々している間に濡れ鼠になってしまって……」
「はい!? 大丈夫だったんですか?」
「厨房の方は問題なく。業者の方もすぐに来ていただけたので。ただ、服だけが――」
「そうじゃなくて! 水を被ったんでしょう? ちゃんと乾かしてきましたか? 厨房が止まるより、貴方が風邪で寝込む方が色々回らなくなるでしょう?」
その言葉にレオポールは虚を突かれたように固まった。そして、何故か分からないが笑い出す。彼の笑みの理由が分からずに、カロルは眉を寄せつつも話を続けた。
「そういう事なら、今日の約束ぐらいすっぽかしても良かったですのに」
「そういうわけにも行きませんよ。せっかく取り付けたデートの約束ですからね。お互いに次に休みがいつ取れるかわかりませんし、そのときになって貴女の気が変わっていても困りますし」
「……気が変わっていたら、困るんですか?」
「困りますよ。せっかくOKがもらえたんですから」
さらりとそう言ってのけるレオポールの顔をカロルはじっと見つめた。
その視線に気がついたのだろうう、彼はわずかに片眉を上げる。
「……どうかしましたか?」
「いえ、その顔で言われても説得力ないな、と」
レオポールの表情はどこまでいってもいつも通りだ。先程の言葉だって、いつもの業務連絡とさほど変わらない表情と声のトーンで放たれた。
「私、ポーカーフェイスは得意なんですよ」
「知ってますわよ」
「まあ、それでもさすがに昨晩はあまり眠れませんでしたけれどね」
顔を背けながらそう言われ、カロルは一瞬固まった後、頬を赤く染め上げた。
「ということなので、貴方とのデートが楽しみすぎた、私を哀れんでくださいますか?」
レオポールはそう言いながら腕を差し出してくる。
カロルはそんな彼に負けたような心地になりながらも、その腕に手を絡めた。




