2杯目。ヒラメの握り。
「ななななんで! なんで血色のわりぃくそたこ野郎が、イケメン!? てか、俺よりイケメンなんですけど――!! ってなんでだよ!」
主任をくびり殺しそうな勢いで、元勇者ヤスオは勇者らしからぬ発言をした。
主任は緑茶に映った自分の「ニセモノの顔」をぼんやりと眺めながら答える。
「俺。こっちの昼間は姿で仕事してるからな。この方がなぜか知らんが、仕事も順調にいくし、人間に優しくされるし」
その発言に、ヤスオは鼻水と唾を飛ばして怒鳴った。
汚い勇者(元)である。
「あ、あったりまえだろうがこの液体鼻水野郎が!! お前、自分の最終形態知ってるか!? 鼻水だぞ鼻水! しかも特大サイズの紫色の異臭放つ鼻水! 最近の勇者でさえ裸足で逃げ出すお前をやっとの思いで打ち倒したのはコノ俺なんだぞっ」
ずびし、と自分を親指で指すもののなぜだかヤスオは途端にむなしくなった。
「・・・・だからさ、お前と闘った後、自分の姿を見直して考えたんだ」
主任はヤスオの暴言に屈することも反応することもなく、ふ、とどこか遠くを見るような達観した表情でゆっくりと口を開いた。
「俺はさ。魔王だからとりあえず魔界の支配と、ついでもってあっちの人間界の支配をもくろんで小さなときから一生懸命あらゆる悪に手を染めてきたんだ」
「そ、そぉだよなぁ? お前、人間の世界を蹂躙しつくして世界を魔物の息づく世界に創り直す、ってほざいてたもんなぁ?」
やや焦りながら、ヤスオは言質を取るように顎をしゃくって声を裏返らせながら挑むように言い放った。
しかし主任は表情を崩すこともなく、人の形をした手で湯呑を包み込んだ。
「そうだなぁ。そういう設定だったから、間違っていることに気づかなかったんだ」
「気づかなかった!? 気づかなかったですって!? 大将聞きました!? この変態なまはげ海洋深海生物のトンデモ発言っ。この世の魔王様悪魔様がビックリですよ! 目ん玉飛び出ますよこのヤロウっ」
カウンターで存在していながら存在しているのかどうかすら怪しい白い割烹着姿の男に、ヤスオは話を振った。
「おらぁ、わかりますけどね」
はいお待ち。
はげ頭の大将から差し出されたのは朱色に輝く下駄型なにか。
漆の寿司皿にヒラメの握りが乗せられていた。
主任はありがたく両手で受け取ると、自分の目の前に置いてゆっくりと手を拭き直し、箸で丁寧に摘み上げてむらさきをつけた。
ネタが乾かないうちにと、早速それを口の中に放り込む。
こりっとした少し弾力のあるネタと甘めのシャリを味わい、心行くまで満喫すると唖然としているヤスオを放置して「うまいね、大将」と主任は感想を述べた。
「どうも」
「へぁ? いや、そうじゃなくて。わかるって、なぁ大将~」
「・・・」
大将に同意を得られず、ヤスオは肩透かしを食らい再び攻撃を開始しようと口を開きかけた時だった。
湯呑に口をつけ、ほっと一息ついた主任はヤスオに向きなおった。
「ありがとう。俺は、お前のおかげで目が覚めたんだヤスオ。お前という存在のおかげで、俺がどんなに醜い容貌をして、どんなくだらない幻想を抱いていたのかを――――」
急に真面目に感謝をされ、ヤスオは正直言って面食らった。
と言うのも、少なくともこの8年間この手の「感謝」とは非常に縁遠くなっていたからだった。
「な、なん」
ヤスオはらしくなく動揺し、女将が持ってきた湯呑を震える両手でがしっと掴んだ。
「ヤス。本当にお前のおかげなんだ。お前が人間としてのお前の在り方というものを再会してからの8年間ずっと俺に見せてくれたからこそ、俺は―――」
ヤスオは生唾を飲み込んだ。
ぶるぶる震える手を悟られまいと湯呑に口を付ける。
「俺は、お前のようなダメ人間を手本にせずに済んだんだ。ありがとう、ヤスオ」
「ぶふ―――――」
ヤスオは盛大に水飛沫を口から噴出した。
「なんっ」
あ、ちなみにお前の容貌で仕事を探したら面接落ちまくった。
との告白は、この後すぐに聞かされることとなる。