72日目 追跡
●72日目(グリウス歴863年7月14日)
昨日、目撃したという兵士と共に北側の防壁の上に来ている。
「この辺りなんじゃな。」
ギームが兵士に問い詰める。
「はっ。夜間でありましたので、火の見えた位置は不明ですが、見た位置はここに間違いありません。監視塔の明かりで位置を確認しておりました。」
「うむ、良い答えじゃ。して、どうやって見たのか再現せよ。」
「はい。このように歩いて外側を見ておりました。そして、この辺りで明かりが一瞬見えた気がして、腰に下げていた望遠筒を取って、このように見ました。」
蝋石でその見ている方向を足元の石に矢印を書き込む。
「覗いた角度はそんな感じだった?」
「はい、多分。こんな感じだったと思います。」
「ふむ、ご苦労だった。休みの所、済まなかったな。この後はゆっくりと休養してくれたまえ。」
「はっ、これで失礼致します。」
そう言って兵士は立ち去った。
ヒュリアが先程兵士が覗いた方角と高さを吟味している。
「うーん、可能性があるのは、あの一際大きい木と少し黄色めの葉をつけた木の間くらいかしら。」
そう言ってヒュリアは指し示した。
「えーと、どれ?」
こういう時に背が低いのが悔しい。
「ほら、あそこよ。」
そう言っても、分からない。防壁の石枠の上に登り、もう一度見てみる。
「どれ?」
そう言って眺めていると、後ろからヒュリアが俺の腕を取り、
後ろからその方角と位置を指し示した。
「あそこの大きな木分かる?」
「うん。」
ヒュリアのサラサラな髪が俺の頬をかすめる。フワッといい香りがする。
「それで、あそこの黄色い葉を付けた木は分かる?」
そう言って違う木を指し示した。
「う、うん、わかる。」
なんか、ドキドキする。
「その間のこの辺りじゃないかと思うんだけど、どう思う?」
そう訊かれて不意にヒュリアの方に向く。
ヒュリアの顔がすぐ近くにあり、目と目があった。
お互い一瞬にして顔が赤くなり、ヒュリアはサッと離れた。
「アルス、場所は分かった?」
「うん、お陰様で。」
「・・・」
「・・・」
その様子を見ていたギームは、ぼそりと言った。
「2人とも若いのう。」
「私は貴方より若くはないわよ。」
ヒュリアは反論した。
俺は、この年でドキドキするとは思わなかった。
いや、今は12才だったな。
最近、精神年齢が12歳の方に引っ張られている気がするのは
気のせいではないようだ。
「ほれっ、どうせ、あそこに行くんじゃろ。今度は3人で行ってみるぞ。アルス、魔法で降ろしてくれ。」
「うん。分かった。」
「フォーリング・コントロール!」
ギームに魔法をかけると、ギームは分かったようにサッと防壁を飛び降りた。
ギームをゆっくりと降ろした後は、ヒュリアにも同様にして降ろす。
俺はフライの魔法で、飛び降りた。
「さて、この先は、少なからず魔物が出るから気をつけるんじゃぞ。」
「それでは進みましょう。」
索敵を展開しつつ進んでいくと、モンスターは多少はいるようだが、
ランゴバルド周辺に比べると少ないような気がする。
事実、川の向こう側と川のこちら側では生態系が全く違っていて、
種類も数も多くないらしい。
しかも、この辺りの木は全てドワーフが植林しているものらしい。
以前、伐採をしすぎたせいで、大地の力が弱ってしまい
木材などが取れなくなったらしい。
そこで時のドワーフの王はエルフの力を借りて森を復活させて
計画的な伐採をする事で安定した木材の供給が出来るようになった
という話だ。
その為、当時、伐採の影響で、魔物も妖魔の森へ逃げていき、
結果、魔物の数も種類も大きく減ったのだとか。
そんな話をしながら、進んでいく。
「だいたい、この辺りかしら。」
森に詳しいエルフのヒュリアの言う事だ。この辺りなのだろう。
慎重に周囲を観察しながら、そして索敵に注意しながら進んでいく。
「見て。」
ヒュリアが何かを見つけたらしい。
「何かあった?」
ヒュリアに近づく。
ヒュリアの指し示す方向はどうやら獣道のようだ。
わずかに踏み固まった地面が見える。
「あそこよ。」
よく見ると、下映えの低木に何かが引っ掛かっている。
どうやら布切れのようだ。
「服の切れ端?」
色合いや材質から見て一般的なシャツの破れた物のように見える。
「まだ、新しいわ。この引っ掛かり具合から見て、ここを通たものが引っ掛けたと考えるべきね。ドワーフは最近こっちへ来ることはあるの?」
「どうだろうな。巨人族の襲撃の後は森に行くのは危険なのは誰でも知っている。狩りに行く者も今は東方か南方にしか行かないはずじゃが、必ずしも誰もいかないとは言い切れんな。」
そう訊きながらヒュリアは地面を慎重に調べている。
「ここを数人が通ったのは間違いないようね。進んでいるのは東の方向ね。西へ向かう足跡はない。いくつか動物の足跡もあるけれど、ドワーフの足跡ではないわね。人間かエルフかに近い種族よ。」
念入りに調べた結果、ヒュリアはそう結論付けた。
「すると目撃した灯りはここを通ったもので間違いは無さそうね。」
「ちょっと待って。あそこ。」
獣道を進んだ先に少し荒らされた場所がある。
素人目でも分かるくらいにはっきりとしている。
そちらへ慎重に進んでいくと、ここで戦闘があったようだ。
水で洗い流されているが、地面に血の跡が残されている。
「どうやら、ここで、狼に襲われたようね。」
ヒュリアは狼と見られる毛の束を見せた。
よく見れば、地面にたくさんの毛が落ちている。
普通なら風で飛ばされるのであろうが血を洗い流す為に
魔法で大量の水を召喚し血を洗い流したのだろう。
その結果、狼の毛も一緒に地面に残されたと考えられる。
「兵士の見た灯りはここで戦闘があって、その時に魔法で攻撃したのか、目くらましで使ったのかは分からないけど、間違いはないわね。」
「この足跡を追跡できる?」
「出来なくは無いでしょうけど、隠密に長けた者がいるなら、追跡は無駄ね。途中で必ず追跡できないように何かしらしてあるはずよ。しかも1日以上経ってしまっているわ。追いつくのは不可能よ。でも、証拠らしい証拠もこれしかないみたいだから、追跡してみてもいいかもね。変に期待しないでですけど。それと追跡には2つの道があるわよ。1つはこのまま行き先を追跡する。もう一つは、この足跡がどこから来たのか辿ることのどちらかね。辿るのは時間が経てば経つほど難易度が上がるわ。仮に荒野まで続いていたらその先は追跡不能よ。足跡を追う方も夜間進んだ跡はそのまま追跡できるけど、さっき言ったように心得があれば明るくなった後は、追跡されないように何かしらしている可能性が大きいわ。隠密の行動ならば尚更ね。どうするアルス。」
もし、この足跡の者達が自分達が探している者達ならば
この足跡は荒野から来ているのだろう。
ヒュリアもそう言う事を踏まえて言っている。
そして、この先に行っても細工がされて追跡できないような事になっている
確率は大きい。
だけど、この先、何か企んでいるのならば足跡を追って
どこに向かったか調べた方が良いのではないかという考えと
荒野に行って、拠点を暴いた方が完全な証拠が残されている事も
あり得るという考えで悩んだ。
いや、隠密である以上、拠点が1つとは限らないし、
辿り着ける可能性は低い。ならば・・・。
「追跡して行き先を調べよう。」
「分かったわ。」
ヒュリアが追跡に専念する間、周囲の警戒は俺の索敵で行う。
ギームには仮に戦闘になった際の陽動に動いてもらう。
足跡を消さないように離れた場所で対処するためだ。
2時間ほど追跡をしたところで、一度休憩を取る事にした。
ヒュリアの集中力が持たない為である。
ヒュリアに頑張ってもらうために、果物や花の蜜パンを出した。
ギームは甘い物より食いでのある物ということで魚の串焼きを渡した。
リリーも花の蜜パンを食べている。
俺は、それほど甘くない果物を一つかじった。
「!」
索敵に掛かった魔物が近づいてくる。
数は12体、種類はフォレストウルフ。
進行方向からするとこちらに気付く可能性は高い。
「ヒュリアとギームはここで少し休んでいて。」
「敵か?」
ギームが訊いてきた。
「はい。フォレストウルフです。大した事ないのでギームはこのままここでヒュリアの護衛をしていて下さい。近くには他にいないと思いますので、よろしく。」
「分かった。」
ギームが短く答えるのを聞いて、魔法を発動させる。
周辺の地形を荒らすわけにはいかないので、速やかに片付けたい。
「フライ!」
「ミサイルプロテクション!」
空を飛ぶときは、油断せずに必ず飛び道具対策をするよう心掛けている。
そして、そのまま、フォレストウルフの方へ向かう。
狼相手にまともにやり合う必要もないので、無力化してしまうつもりだ。
木々の合間を縫うように飛行し、近づいていく。
フォレストウルフの動きが止まった。こちらの気配を察知したのだろうか。
目視できたのは、30m程に近づいてからだ。
茂みに身を隠して、こちらを窺っている。
フォレストウルフは魔物というよりもただの動物に分類される。
倒しても毛皮くらいにしかならないので
冒険者にとってそれほど旨味のある獲物ではない。
「スリープ!」
眠りの魔法を発動する。
5体のフォレストウルフがバタバタと倒れた。
それを見たリーダー格のフォレストウルフが一声鳴いた後、
残りの7体は反対方向へ走り去っていく。
さて、残った5体をどうするか。
このまま眠らせておけば1、2時間ほどで勝手に目が覚めるだろう。
無駄な殺生をする必要もないので、戻る事にする。
「ただいま。」
「どうじゃった。」
「半分は追い払って、半分は眠ったまま放置してきた。」
「そうか。なら、さっさとこちらも動こうか。」
そう言って、追跡を再開する。
時間も結構経ち、日がだいぶ傾いてきたのだろうか。
森の中は薄暗くなり始めていた。
日が落ちるには、まだ時間は結構あると思うが、
このままだと追跡を中断する必要が出てくる。
そんな風に考えていると、川辺に出てしまった。
「残念ですが、ここまでですね。」
川辺は小石が多く、足跡の追跡がここで止まってしまったようだ。
念の為、周辺を探索してもらったが足跡を見つけることは出来なかった。
「この後、日もすぐに暮れますし、野営の準備をした方が良いでしょうね。」
ヒュリアはここで野営する事を提案する。
「そうじゃの。わしはテントを張るから他を頼む。」
「では、私は焚き木を探してきましょう。アルスは石を組んでキャンプファイヤーの準備をして下さい。」
そういってヒュリアも動き出した。
俺は手頃な大きさの石を集めて、円状に囲っていく。
川辺に落ちている枯れ木を少し集めて、燃えやすいように組んでいく。
鍋を置けるように石の高さを調節して、鍋も設置する。
クリエイトウォーターの魔法で鍋に水を入れる。
川から汲んできても良いのだけど面倒なので魔法で水を出す。
クリエイトファイヤーで薪に着火する。
今世界のキャンプは魔法のおかげで随分と簡単である。
前世でも専用の道具さえあれば楽ではあったが、
わざわざ揃えなくてもいいのが有難い。
火が付いたので、更に周辺の枯れ木を集める。
そうこうしている間に、ギームもテントを張り終えたようだ。
ヒュリアも木を大量に抱えて戻ってきた。
ここで皆で一息ついたのだが、先程から川の中から索敵反応が
ずっと出ているのが気になった。
キャンプの準備をしている間、ずっと動いていないので魚かと思ったが、
狂った精霊となっていた。
「ねえ、川の中に狂った精霊がいるみたいなんだけど。大丈夫かな?」
「狂った精霊ですか。ウンディーネですかね。それでしたら、川に近づかなければ何も問題はないでしょう。」
とヒュリアが答えてくれた。
「狂った精霊って何?」
「そうですわね。簡単に言えば、精神汚染されてしまった精霊といった感じでしょうか。例えば、ここで、強い思念を持った生物が溺れて死んでしまった時に偶々そこにウンディーネ等の精霊がいた場合、その残滓に影響されてしまった精霊といえばいいでしょうか。大抵、死んだ者の影響が多いので、生への執着がその近くにいる者を襲って生を得ようとする代償行為になってしまうのです。」
「良く分からないけど、ここで死んだ者がいるという事ですか。」
「こことは限りませんが、この辺りから上流にかけてになるんじゃないでしょうか。」
「狂った精霊ってずっと狂ったままなの?」
「いいえ、時間が経てば徐々に元に戻るはずですよ。」
「なるほど、1週間くらい?」
「いえいえ、100年くらいは掛かるんじゃないですか。」
「100年!」
うわー、そんなに掛かるんだ。
「襲われた場合はどうするの?」
「ウンディーネの場合は、溺れた者の影響か、口の中に入って溺れさせようとしますから、その前にウォーターブリージングの魔法で予め対策するか、ディポートエレメンタルで精霊界に送還させるかでしょうね。」
「ふーん、ありがとう。勉強になったよ。」
「どういたしまして。」
「少し早いですが、食事にしようよ。俺が持って来ているから、それでいいよね。」
そう言って異空間収納からパスタを取り出す。
ギームにはミートソース、ヒュリアにはカルボナーラ、俺はペペロンチーノにした。それと魚の串焼きを1本ずつ。
リリーは、今日は果物がいいと言ったので、いくつか果物を見繕って出した。
沸かしたお湯は、盥のような鍋に移し替えて、
少し水を足して触れるくらいの温度にする。
2人から布を借りてお湯に濡らして絞って渡す。
「これで、顔や首を拭くと気持ちいいですよ。」
勿論、自分用も用意した。
「ほぉ、これは中々じゃな。」
「確かに気持ちいいですね。」
「それじゃあ、不寝番は私、ギーム、アルスの順番でいいですか。」
「構わんぞ。」
「俺もそれでいいよ。」
テントの中で眠る事にした。




