70日目 ドワーフの王都へ
●70日目(グリウス歴863年7月12日)
「アルス、おはよう」
扉がバンっと勢いよく開け放たれる。
「まだ寝てたの?早く起きなさいよ。」
ヒュリアが突然部屋に入ってきた。
「あれっ?もう来たの?」
眠い目を擦りながら起き上がった。
「下の食堂で待ってるから早く来なさいよね。」
そう言って、部屋を出ていった。
仕方ないので、着替えを済ませてまだ半分寝ているリリーを
頭の上に乗せて下へ降りていく。
「さあ、早く食べて出発するわよ。」
ヒュリアは急かすように言った。
「ヒュリア。そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」
「駄目よ。王から1週間以内に戻るように言われているから時間が惜しいわ。大体ドワーフの王都まで歩いて2日もかかるのよ。行って戻ってくるだけで4日も使ってしまうわ。そしたら調査なんて3日しかないじゃない。」
パンを食べながら、ヒュリアは説明した。
そんな話の途中でリリーも起きて食事を食べ始める。
リリーにとってエルフの街は比較的住みやすいと言える。
特に食事面では、食べられない物が少ないのがいいらしい。
「へー、結構掛かるんだね。ランゴバルドとどっちが遠いの?」
「距離的にはランゴバルドの方が近いわね。ただ道の整備状況だったり考えると時間的にはドワーフの王都の方が早く着けると思うわ。」
「途中に村とかあるのか知ってる?」
「村なんてないわよ。人間の国でもないのに。」
「?」
言っている意味が良く分からなかったので首を傾げる。
「エルフやドワーフ等の妖精族全般に言える事だけど、人間ほど多くいるわけじゃないの。だから、わざわざ王都から遠くに住む必要はないのよ。たまに離れた場所で暮らす者もいるけれど、大抵は研究目的だったり、静かに暮らしたい者がいるくらいだわ。それに比べて人間は数はすごく多いから王都の周辺以外にも街をつくる必要があるんでしょ。」
なるほど、数の問題か。
「そうすると、エルフやドワーフは他の地域にはいないの?」
「そんな事もないけど。稀に旅をするエルフやドワーフもいるわよ。本当にごく少数だけどね。同族からしたら変わり者と見られているわ。」
「へー、そうなんだ。」
「そんな事より、食事も済んだし、準備は出来ているんでしょ。なら、出発しましょうよ。」
もしかして、本当はヒュリアも変わり者の内の一人なんじゃないのかな。
「今、変な事考えてたでしょ。」
ジロッとヒュリアはこっちを睨んだ。
「そんな事ないよ。さあ、それじゃあ出発しようか。」
ヒュリアは初めて会った時と同じような装備を身に着けていた。
腰に細身の剣を帯刀し、革製の胸当てを着ている。
ベルトには、小さいポーチを腰の後ろ側に2つ付けている。
そして、よく見ると前とは違う装備で肩当とマントを付けていた。
服は明るい緑色が主体で鎧は青っぽい色をしている。
胸当てと肩当は金属で模様のように補強されている。
「前と装備がちょっと違うんだね。」
ヒュリアに訊いてみる。
「前の時は肩当を修理していたのよ。巨人族との戦闘で少し傷んでしまったのよ。」
「ポーチも前は1つだったよね。」
「ええ、このマジックポーチは前回の褒賞で頂いたの。小さいから邪魔にならないし、2つ付ければ持ち運べるものも増えるから助かるわ。」
「そういうアルスは相変わらず防具は着けていないのね。」
「だって、これからも成長するのに、高い防具は買えないよ。1年くらいは着れると思うけど。なんか勿体なくって。既製品で安いのがあれば買いたいとは思うけど、売ってないんだよね。」
そもそも俺のような年齢の冒険者などは普通じゃない。
普通の者がこの年齢から冒険者などやっていたら、
武器防具を買い替えるだけで破産しかねない。
だから、冒険者は成長がある程度固まった年齢からなるのが普通なのだ。
つまり、既製品はほとんど存在しないし作り手側からしても
売れない物を作るような酔狂な者はいないだろう。
「でも命の値段だと思えば安い物よ。」
「でも防具を身に着けたら動きが鈍ってしまうんじゃないの?」
皮の胸当てと言えど、それなりの重量がある。
「アルスなら大丈夫じゃない?」
「なんで?」
「だって、アルスの魔力は普通じゃないじゃない。」
「いや、鎧とかって魔力関係ないでしょ。どちらかと言えば必要なのは筋力でしょ。」
「あれ?アルスは知らないのかしら。いい、アルスの体格で大人張りの旅が出来てるのは魔力のお陰なのよ。人間の魔力が低いから、筋力や体力なんかが重要になるけれど、体格的に華奢なエルフが普通に武器を扱えてるのは、筋力を魔力で補っているからなのよ。いくら細身の剣と言えども筋力だけでは私も剣を振るって戦い続けるのは厳しいわ。つまりね、体格だけで扱える重さが違うとは思わない方がいいわよ。」
剣については身長の問題で振り回せないので
ショートソードを使っているが、
重さ的には全く負担がないというよりは軽すぎて困っているくらいだ。
確かにステータス的に筋力も大人顔負けの能力値になっているが、
見た目は普通の子供と大差ない。
おれのステータスに合わせて筋肉が必要なら、
ドワーフ並みの体格になっていないと不自然だ。
なるほど、ゲーム的思考で能力値と見た目がマッチしていない事に
疑問を持っていなかったけど、言われてみれば不自然この上ない。
こんな細腕で筋肉マッチョな冒険者と力比べしても
勝てるのはそういう事なのか。
そうすると、今の能力値で力や体力、ひいては敏捷性などは
魔力あっての数値って事かな?
そうすると魔力が封じられたり、
機能しなかったりした場合ってどうなるんだろう。
「ねえ、ヒュリア。もし魔力が封じられたり減らされたりしたら、力って減ってしまうものなの?」
「うーん、魔力が封じられたというのは聞いた事が無いわね。魔法が封じられるのはあるけれど。もし、そんな方法があったら、たぶん、魔力で補っている分は弱くなるんじゃないかしら。そんな方法があればの話だけどね。」
つまり、見た目通りの力しか発揮できないという事か。
方法は無いようだけど絶対でもなさそうだ。
今後の事を考えればいざという時の為に
対策だけでも用意しておいた方が良さそうだな。
そんな話をしながら街からだいぶ離れた場所まで来た。
この先の道は平坦で先の見通しも良い。
「ねえ、ヒュリア。これからの事はなるべく内緒にしておいて欲しいんだけど。いいかな?」
「? 何か分からないけど、いいわよ。」
「じゃあ、手を出して。リリー、行くよ。」
すると、リリーはいつも通りに服の中に潜り込んだ。
ヒュリアの手を握ると
「テレポート!」
一瞬にして別の場所に出るがすぐさま、テレポートの魔法を発動させる。
「テレポート!」
5連続テレポートで移動して、一旦、止める。
「な、なに?え?」
周囲の景色が一気に変わったのでヒュリアはいつの間にか
俺にしがみついている。
「ヒュリア、胸当てが当たって痛いよ。」
「あ、ごめん。」
そっとヒュリアは離れた。
「アルス、何したの?」
「魔法で瞬間移動したけど。」
「アルスはテレポートの魔法も使えるの?なら、早く言いなさいよね。」
そういいながら、ヒュリアはふらついて倒れそうになる。
咄嗟にヒュリアが倒れないように支える。とは言ってもこの身長差だ。
ヒュリアの腰に抱きつく感じになってしまった。
「あ、ありがとう。」
ヒュリアは少し顔を赤らめながら礼を言った。
「ごめん。大丈夫だった?ちゃんと言ってからすればよかったよね。」
「そうね。まあいいわ。ちょっと目が回っただけだから。それよりも何回か景色が変わったようだけど?」
「うん。5回移動したからね。大丈夫なら、もう一回テレポートしようか。」
「また、やるの?」
「だって、早く着きたいでしょ。」
そのまま、ヒュリアの手を取る。
「行くよ。テレポート!」
「ちょっ、心の準備が・・・」
ヒュリアが言う前に5連続でテレポートした。
何故かヒュリアはフラフラして疲れた様に見えたので、
一旦休憩をする事にした。
「大丈夫、ヒュリア。ちょっと休憩にしようか。」
そう言って、ヒュリアを木陰に連れて行って、座らせる。
「はーー。」
ヒュリアが大きな溜息をついた。
もしかして、テレポートって相手に消耗させてしまうのだろうか。
今までリリーはそんなことは無かったから、気づかなかった。
「はい、これ飲んで。」
水に果物の果汁を絞った物に氷を作って入れてから渡した。
それを受け取って、ヒュリアはコクコクと飲み始めた。
少し休めば大丈夫かな。
「ごめんね。そんなに消耗するとは思わなかったんだ。リリーの時はこんな事なかったから、知らなかったんだよ。本当にごめんなさい。」
「別に何も消耗してないわよ。そうね、強いて言えば心が疲れただけだから。さっき私、ちょっと待ってって言ったよね?」
「えっ?言った?」
「こっちが言う前に魔法を使ったでしょ。」
「じゃあ、言ってないじゃん。」
ジロッ。
あっ、ヤバい。
「今度はちゃんと訊いてからやるから。」
「そうしてちょうだい。」
「そうだ、少し昼には早いから、おやつでも食べようか。」
実は、宿屋で寝る前に以前取得したスキルのクラフトで
どういった事が出来るか色々と試していたのだ。
そのクラフトは異空間収納の中で色々と物を加工できるのだが、
調理もできるようなのだ。
そして昨日、ようやく完成させたのがクッキーもどきだ。
中々上手くいかなかったが、異空間収納の中では現実と違い、
頭の中で作業をするので慣れるまでに時間がかかってしまった。
材料も揃っていないので、代用に次ぐ代用で
何とかクッキーもどきには近づけたと思う。
味もそれほど悪くはないが改良は必要だろう。
せめて砂糖くらいは欲しかった。
そして、これを作るために色々と材料も無駄にした。
「はい、どうぞ。」
ヒュリアにクッキーもどきを1つ渡した。
リリーと俺の分は皿の上に何枚か出した。
リリーも初めて食べるものになるので、最初は匂いを嗅いだり、
ツンツンと触ってみたりしたが俺がサクッと食べるとリリーも食べ始めた。
「美味しいよ。アルスー。」
リリーは喜んでくれたようだ。
ヒュリアは、怪しむ様に手に持ったモノを見つめて、
リリーがパクパクと食べているのを見て意を決した様に一口食べる。
一口食べてすぐに、あっという間に残りを口に頬張った。
コップにリリーと俺とヒュリアの分の果実水を入れて出す。
リリーは既に2つ目のクッキーに手を出していた。
「美味しいわ。これは何て言うの?」
「これはクッキーって言って俺の故郷にあった食べ物だよ。材料が無いからちょっと味が違うけどね。」
そう説明しながらお皿に乗っているクッキーをヒュリアの前に出す。
ヒュリアはもう一枚取って、今度はゆっくりと食べ始めた。
俺ももう一つ取って食べる。
こっちに来てから甘いものと言えば蜂蜜や花の蜜くらいだったから、
こういったお菓子は気軽に食べられて嬉しいものだ。
残りのクッキーはヒュリアとリリーに食べてもらった。
ヒュリアの機嫌もどうやら直ったようだ。
今度はちゃんとヒュリアに了解を貰ってから、テレポートで移動する。
連続テレポートはまだ、5回連続で止めている。
それというのも、瞬間的に景色が変わってすぐに目標地点を
見ないといけないので慣れていない内はどうしても距離が
だんだん短くなってしまうのだ。
それとヒュリアも何度か目を回してしまう状態になったので、
休憩を挟みながら移動する事にした。
目を瞑るという選択肢もあったが、
ヒュリアがどうしても目を瞑る事を是としなかったのだ。
理由は何かあった時に目を瞑っていると対応できないからと言っていた。
そうこうしている内に、夕方前の早い時間に
ドワーフの王都に到着する。
ヒュリアが門番に何か言った後、案内役を一人付けられて、
そのまま王城に向かう。
王城に入り応接間に通されて、暫く待つ。
すると、やってきたのはギームだった。
「久しぶりじゃの。」
ギームは元気そうだった。
「久しぶりですね、ギーム。」
「久しぶりだね。」
それぞれが挨拶を交わす。
そして、ここにやってきた経緯を話した。
ヒュリアは何かの書状を持っていたようで、ギームに渡した。
ギームはそれを受け取り読まずに懐にしまい込む。
あれ?読まないのかな?
「話は分かった。この後どうするつもりじゃ。」
「今日は予定より早く着いたので、宿屋に宿泊するつもりです。」
ヒュリアが答える。
「ならば、例の宿屋じゃな。まあ、アルスがいるが問題なかろうて。それではまたな。」
そう言って、ギームはあっさりと出ていった。
俺達はその後、城を出て宿屋に向かった。
さっきの話で変な会話だったのをヒュリアに訊ねた。
「ドワーフの国の宿屋は人間とエルフで場所を分けているのよ。昔、問題があったそうで、詳しくは分からないけど、それ以来この国では異種族が一緒に泊まらないように別々の宿屋に泊まる風習があるの。でも、アルスは妖精族の友という称号もあるし問題はないと思うわよ。もちろん、今日泊まるのはエルフ専用の宿屋よ。」
そう説明してくれた。
変わった風習だな。一体どんな問題だったのだろう。
宿に着き、部屋を2つ取る。
たまたま2つ空いていたが最近は両国からの出入りが多いせいか
空きが少ないそうだ。
なので、部屋は離れた場所になった。
夕食の時間までそれぞれの部屋で旅装を解いて寛ぐことにした。
夕食時は一緒に食事をとった。
その時に訊きそびれていた遠話について訊いてみた。
遠話はエルフ特有の魔法の1つで精霊を媒介にした魔法の一種らしい。
そのため、人間が使ったとか他種族が使ったという記録はないようだ。
ということは、俺には使えないという事が判明した。
食事のあと、ヒュリアはほとんど動かなかったけど
精神的に疲れたわと言って早々に部屋に引き上げてしまった。
申し訳ないね、ヒュリア。




