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アルスの異世界日記  作者: 藤の樹


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108/276

104日目-その1 波乱の昼食会

●104日目(グリウス歴863年8月16日)


目を覚ますと両隣にはアンジェとマリアがまだ眠っていた。

アラームの魔法は発動していないようだったので、

不審者は現れていないようだった。

ベッドからいそいそと2人を起こさないように這い出した。

ベッドから出た所で後ろから声がかかった。

「おはよう、アーくん。もう起きたの?」

アンジェの声が聞こえた。

振り返るとアンジェとマリアが目を覚ましていた。

「2人ともおはよう。起こしちゃったかな。」

「これも冒険者をしている職業病かしら。」

マリアが欠伸(あくび)をしながら答えた。

「みんな起きたのなら、朝ごはんに行こうか」

俺は着替えるだけだが、アンジェとマリアは髪をとかしたり、

クリーンの魔法を使って体を洗浄したりと、

どの世界でも女性が身だしなみを整えるには

時間がかかるものだとベッドに腰かけながら考えていた。

ようやく準備が整い、部屋を出て、ロビーに向かった。

アラームの魔法はあと少しで勝手に解除されるのでそのまま放置する。


ロビーでは全員が揃っていて、食事をしている最中だった。

「皆さん、おはようございます。」

挨拶を交わし、席に座る。朝食はパンとサラダと果実水が出てきた。

サラダには、蒸し肉を割いたものが載せられていて、

それなりにボリューム感がある。

朝食をひとしきり食べ終わると、ホフマン伯爵が話しかけてきた。

「アルス殿、今日、予定を開けておいてくれ。先程、女王陛下から使いが来て、昼食会に参加するよう言付かった。参加者はここのリストにあるので見ておいて欲しい。」

そう言って参加者リストを渡してきた。

参加者はアメリア女王、モルガン公爵、シグルド侯爵、

アメリアの義兄であるファーン・フォルテス伯爵、あのカッツェ伯爵、

それとホフマン伯爵と俺、アンジェとマリアの名前もあった。

あと数人の貴族の名があったが、聞いた事のない名前だった。

オーバン秘書官の説明によると、アメリア派はフォルテス伯爵、

シグルド派からはカッツェ伯爵、モルガン公爵は王位継承権がなく、

政界からも身を引いてはいるが、影響力は絶大だという。

聞いた事が無い名前の貴族たちはどちらの派閥にも入っていない

よく言えば中立的な貴族たちのようだった。

「それにしても昼食会とは、どういうことでしょう?」

ホフマン伯爵に訊ねる。

親睦を深めるだけなら、晩餐会や夕餐会のほうがしっくりくるからだ。

「昼食会では、政治的な話が出ると考えていた方がいいな。大きな派閥から厳選して招いているのもその証拠だ。そして我々も呼ばれているという事は、ジュノー王国にも何かしらかかわりのある事だろうな。」

ふと、頭に過ぎったのは昨日のシグルドとの会話だった。

シグルドが女王に近づくなといった傍からこの会合だ。

しかも俺達も呼ばれているという事は、

俺達にも何かしら関係のある話なのだろう。

もし何も関係が無かったのなら、

シグルドが俺達を参加させる事に猛反対するはずであるからだ。

「俺達が参加を拒否するのは?」

「それは駄目だ。昨日お前達がジュノー王国の使節団の一員ではないと説明していても現にここにいるから、基本的にジュノー王国の管理下にあるともいえる。そこで招待されているにも拘らず、不参加であった場合、ジュノー王国の管理不足として、こちらの立場が悪くなる。何があっても必ず参加するようにして貰わないと困る。」

食い気味にホフマン伯爵は答えた。

「ごもっとも。」

「それにマリア殿は女王陛下とは懇意にされている関係とか。いてもらった方がこちらとしても心強い。」

「こちらもご協力いただいている身ですし、協力はしますよ。」

「どんな話になるか分からんが、そうしてくれ。」

ホフマン伯爵は、ヤレヤレといった表情をしている所を見ると、

話の内容に心当たりがありそうだった。

「シンシア。」

ホフマン伯爵は、メイドのシンシアを呼んだ。

「はい。」

シンシアは立っていた所から一歩前に出て返事をした。

「あとで、アンジェ殿とマリア殿の着替えを手伝ってあげなさい。」

「畏まりました。」

シンシアは深くお辞儀をした。

「それでは、アンジェ様、マリア様、支度の準備に取り掛かりましょう。一度、湯あみをされた方がよろしいでしょうから準備が出来次第、お呼びいたしますので、こちらで少々お待ちください。」

そう言って、シンシアはロビーから出て行った。

「また私だけお留守番?」

ロザリーが少しふくれっ面をして、ジェスに言った。

「いや、俺達も居残りだ。呼ばれているのは4人だけだからな。4人以外はみんな居残りだぞ。」

やや、納得していないようであるが、「そうなの?」と返事をしていた。

それにしても、最近こういった御呼ばれが多くなっているし、

いつも同じ服というのもマズい気がしてきた。

今度、時間があったら、正装をもう一着

作っておく必要がありそうだとぼんやりと考えていた。

暫くすると、シンシアに呼ばれてアンジェとマリアは準備に行ってしまった。

トールとジェスは城の兵士達と訓練の約束をしていたようで、

訓練場に行くと言って出ていった。

ロザリーもてっきり付いて行くものと思っていたが、

男臭いとこはヤダと言って残っていた。

ドラン法務官とロバート軍務官とエマ魔法士官は

それぞれ報告書を作成するという事で、自室に戻っていった。

ホフマン伯爵も昼食会の準備をするという事で

トルネ執事を伴って自室に戻った。

すると、この広いロビーにはオーバン秘書官とロザリーと

俺だけが残る事になった。

共通点もなく、今まで話らしい話をしてこなかったオーバンと

何故か目の敵のような眼差しを見せるロザリー。

重い空気がロビーの中に漂う。

その空気に耐えられなくなったのか、オーバンは年長者であるにも係わらず、

思い出したように書類の整理をすると言って自室に引き下がってしまった。

ロザリーと2人きりになり、更に空気が重くなった気がした。

俺も何か理由を付けて自室に戻ろうかと思い始めた時に

ロザリーが話しかけてきた。

「ちょっと、あんた。なんで、あんたなんかがアンジェお姉さまの旦那なのよ。」

開口一番がそれですか。

「ロザリーには関係ないと思うけど。」

「だって、おかしいじゃない。お姉さまは元王族なんでしょ。それなのにあんたみたいな子供と結婚するなんてどう考えてもおかしいわよ。あんた、なんかお姉さまの弱みに付け込んだんじゃないでしょうね。」

何故、そう言う発想になるんだ。

「12歳になったら結婚できるんだろ。だったら何も問題ないだろ。それに弱みを握られて結婚しても逃げれば済む事じゃないか。何の強制力も持たないと思うんだが。」

「じゃあ何でお姉さまとマリアさんと両方と結婚してるのよ。この優柔不断男。」

(はた)から見たらそう思われるか。

「必要だから結婚したんだ。本人達も望んだ事だし、別にいいだろ。」

「必要だから?じゃあ、やっぱり愛し合っていないんじゃない。そんなんだったら別れなさいよ。」

「いや、3人でいつも一緒に寝てるくらい、ちゃんと愛し合っているぞ。それに好き合ってなければ結婚なんてしないぞ、普通は。貴族の政略結婚じゃあるまいし。」

そういうと、ロザリーは、急に顔を赤らめて、

不潔よと捨て台詞を言って自室に走っていった。

「あっ。」

自分で言った言葉が、微妙に違う回答になっている事に気が付いた。

事実だけど、そう言う意味で答えたんじゃないんだけどなあ。

まあ、いっか。

ロビーに一人取り残される形となった俺は、

もう冷めきったお茶を(すす)りながら、少し反省した。


全員の準備も整い、俺達は昼食会の会場に向かった。

本当はリリーは置いてくる予定だったが

悪戯をしないで姿をずっと隠しているという約束で連れてきていた。

会場に入ると女王以外は既に席に着いており、静かに待っていた。

大きな長テーブルの上座には女王が座るようで、

その片側には、パルーアの貴族が序列順に座っている。

序列は貴族の公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の序列のようだ。

反対側にはホフマン伯爵、俺、アンジェ、マリアと順に座った。

こちらも順番は予め決められている。

正面にはシグルドが座っている。

シグルドの表情は平静を装っていたが、

シグルドの目は鋭くこちらを見据えていた。

すると、別の扉からアメリア女王が入室してきた。

彼女の後ろには専属の護衛騎士だろうか、2名が付き添っている。

「本日はお集まりいただき、感謝します。まずは、食事を楽しみましょう。」

アメリア女王が一言挨拶をすると、初顔合わせの人が多い事もあり、

簡単な挨拶と自己紹介が始まった。

一通り挨拶が終わると、飲み物が出された。

「パルーアの発展とジュノー王国の今後益々の発展を祈って乾杯。」

全員が軽くグラスを掲げて口に運ぶ。

俺と女王のグラスだけ皆と違う飲み物のようだ。

たぶん、俺と女王の飲み物はアルコールではないのだろう。

全員が飲み干すと、食事が次々と運ばれ始めた。

会話は初めは女王とモルガン公爵だけ話していたが、

その後、女王はホフマン伯爵とも話始め、

その後、その3人が話に花を咲かせていた。

それ以外の者は、皆押し黙ったまま、食事を食べているだけだった。

特にカッツェ伯爵は、執拗にマリアの方をジロジロ見ているのが

誰の目から見ても分かった。

当のマリアは、そんなものは気にする体もなく、

一切、カッツェ伯爵には見向きもしなかった。

そして、楽しい食事とまでは言えない微妙な食事も終わりになり、

食後のお茶を飲んでいると

アメリア女王が全員に向かって話し始めた。

「今日、皆に集まっていただいたのは、つまらない噂を払拭(ふっしょく)して、私の意思をお伝えする為です。今、宮廷では私の結婚についてあらぬ噂や願望が飛び交っていると聞いてます。ここで、一度はっきりと皆に伝え、今後、この国に蔓延っている不破の種を取り除きたいと思います。まず、第一にシグルド侯爵とは結婚いたしません。王位継承者が激減している今、たった一人しかいない王位継承者と私が結婚する事は王家の系譜が途絶える可能性が大きいと判断しました。シグルド侯爵には良きパートナーを見つけてもらい、王家の血脈が途絶えぬよう最善を尽くして欲しいと願っています。また、王位継承者が10人を超えるまで、いかなる理由があっても継承者同士が結婚する事は認めない事も付け加えます。次に私の結婚についてですが、王配となられる方は、今後モルガン公爵の意見を重用するものである事を宣言します。また、王家の血筋が途絶えないよう、結婚後3年以内に子を授かれなかった場合、その者の王配としての権利を剥奪(はくだつ)し、貢献度に応じて爵位を授ける事とします。その後、1年後に王配となるものを指名する事とします。」

「お待ちください。陛下。」

言葉を(さえぎ)ったのはシグルドだった。

「以前より申し上げておりますが、今は王家の人間の数を増やすよりも1つとなりえる王家を作る事の方が最適と判断します。数を増やせば、再び昔のように王族同士の足の引っ張り合いで貴族や国民に対する信用度が落ちる一方となります。王は別としても、王位継承者はこの国の中にさえいれば、証が守護してくれます。どうか、ご再考をお願いします。」

「侯爵が言わんとする事は理解できます。ですが、私と侯爵が結婚して必ず子を授かるという保証もないでしょう。また、子を授かれなかった場合、王家の血筋は途切れてしまう事など火を見るよりも明らかです。女王としてそのようなリスクを伴う事など考える余地もありません。」

アメリア女王は凛とした声で言い切った。

「それでは、ご質問させていただきます。女王陛下は誰とご婚約を考えておられるのですか。」

シグルドはアメリア女王が意見を変える事が難しいと判断して

質問を切り替えた。

「まずは私よりも侯爵ご自身のご婚約を急ぐ必要があると思っています。私の方はモルガン公爵の方で色々と考えて頂けるものと信じていますから。もし、侯爵にお気になさっている姫がおりましたら、おっしゃっていただけるかしら。」

「残念ながらおりませんな。」

「では王家の血を絶やさないよう、しっかりと探して下さい。それが侯爵としての一番の義務と心得て下さい。」

シグルドは軽く頭を下げるだけで、否応もなく黙ったままだった。

「陛下、ぶしつけながら私にもご質問する事をお許しください。」

突然割り込んできたのはカッツェ伯爵だった。

「許します。」

「では、申し上げます。先日より宮廷内では良からぬ噂が出ております。それが女王陛下がどこの馬の骨とも分からない平民上がりの成り上がり者と婚約されるのではないか、貴族としての矜持をお忘れではないのかと不安になっております。それに対するお答えをお聞きしたく存じます。」

それは、明らかに俺の事を言っているのだろう。

それにしてもかなりの選民思想の持ち主だなと誰もが感じる事だろう。

「それは、私の耳にも届いていますよ。カッツェ伯爵。私がアルス様と結婚を考えているかもしれないという話ですね。違いますか?」

「ご明察痛み入ります。」

やや大げさに恭しく貴族の礼をした。

「この間の舞踏会で私がアルス様と2度もダンスをしたのが、きっかけなのでしょう。ですが、アルス様はジュノー王国の方。パルーアの古いしきたりなど存じ上げなかったと思います。アルス様はあの時、つまらなさそうにしていた私を気遣ってくれての行動だと知っています。アルス様からしたら、自国の女王が暇そうにしているのに誰も相手をしない、もしくは相手にしようとしない事への我が国貴族たちへの問題提唱だと認識しています。どうですか、アルス様?」

いきなり振られて、一瞬どうするか迷ったが、はっきりと答えることにした。

「そうですね。あの場には若い貴族の方もたくさんおられましたが、誰一人女王様へダンスの申し込みをしませんでした。女王陛下が明らかに退屈されているのが分かっていてもです。それで大変失礼な言い方になりますが、この国の貴族達は自分達の女王を女王とも思っていないのではないかと愚考いたしました。女王陛下にお楽しみ頂く事は臣下の務め、私は臣下ではないですが、女王に楽しんで頂く事は私でも可能なのではとダンスをお誘いしたまでです。私の後に不甲斐ない若手貴族達が私に続いてくれるものと信じておりましたが、結局は誰もそのように続く者もなく、徒労感が否めませんでした。これは少々言い過ぎましたね。失礼いたしました。」

「平民が頭に乗りおって。」

貴族を馬鹿にされたと感じたカッツェ伯爵は目を見開いて、

こちらを睨みつけていた。

「平民だの貴族だのではないのですよ。他人の気持ちが分かるか分からないか、そして行動に出られるか出られないかの違いでしかないとまだ分からないのですかね。しかもこの国で一番の目上になる方への気遣いもできないとは文句を言われる筋合いもないですね。」

「ふん、これだから下民(げみん)は。貴族には貴族のルールがある。下民風情にとやかく言われる筋合いはない。」

「そうですか。だったら、とやかく言われないよう行動すればいいでしょう。そのルールとやらがどの程度のものかは知りませんがね。」

この国に来て一番ムカついていたカッツェ伯爵だったせいか、

言い過ぎた感が否めない。

カッツェ伯爵は顔を真っ赤にして怒りに身を震わせていた。

「ガハハハッ、アルス殿もその辺にしておいてくれんかのう。話を聞く限り、若いもんが不甲斐ないというのは同意せざるを得ないが、舞踏会ではそれなりのルールもある。郷に入っては郷に従えとも言うじゃろう。それにカッツェ伯爵よ。アルスの言う事にも一理ある。我らは国の為、国民の為、王の為に最善の努力をする事が貴族としての役目。今一度、自省する必要があるのではないかな。」

「これは大変失礼いたしました。モルガン公爵のおっしゃるとおりでございます。私の不勉強をお許しいただければ幸いです。」

モルガン公の仲介に乗る形で俺は謝罪の言葉を述べた。

それに反して、カッツェ伯爵は顔を真っ赤にしてこちらを睨んだままだった。

「何はともあれ、女王陛下の方針も伺った事だし、家臣として今後何をすべきかは見えたのではないかな。」

モルガン公爵は一先ず場を収めるために言った。

「皆もやる事が沢山あろう。陛下、そろそろお開きにしては如何でしょう。」

「そうですね。では昼食会はこれで終了とします。」

終了の宣言をすると、女王は退室していった。

それに続いて来賓である我々も退室した。


「もう、ハラハラさせないでよ。」

部屋に戻ると、アンジェが腕を引っ張りながら言った。

「大人しくしてるつもりだったけど、喧嘩を売られたからさあ。」

「儂もハラハラしたぞ。」

ホフマン伯爵もアンジェに同意した。

「あんな(くず)、もっと言ってやればいいのよ。」

マリアは意外にも煽るような事を言う。

「ところで、今日皆さんはどんな予定なんですか?」

すると全員が今日の予定は何もないと返ってきた。

ここに来て休みらしい休みが無かったからか、皆、午後は休養するようだ。

「じゃあ、俺達も休養・・・・」

ズーーーン。

大きな地響きが鳴り、揺れた様に感じた。

「何?」

「なんだ?」

突然の事で一同騒ぎ出した。

トールが部屋の出口にいる兵士に訊ねに行った。流石は冒険者である。

「衛兵の話だともしかしたら、外で戦闘が起きているかもしれないらしいぞ。」

トールが皆に言う。

「ホフマン伯爵、念の為、いつでも逃げられる準備をして下さい。」

ジェスがホフマンに言った。

「わかった。皆、すぐに準備にかかってくれ。」

アンジェとマリアも着替えに一度部屋に戻った。

俺も戦闘できるように着替えに戻る。

ロビーに戻ると全員が準備を済ませて集まっていた。

状況を知りたいが、ここで索敵を使っても城の外の様子は分からない。

扉の外ではバタバタと人が走り回っている音や

何かを叫んでいる人の声が聞こえてくる。

すると、扉を強くノックする音が聞こえたかと思うとガチャっと扉が開いた。

「失礼します。皆様方には念の為、退避の間まで避難して頂くことになりましたので、急ぎご案内しますので付いて来てください。」

先程までいた衛兵の姿はなく、

使用人たちが時折廊下を走っていく姿が見えた。

「状況が分かりませんが、ここは指示に従いましょう。」

ロバート軍務官が避難する事に同意した。

廊下を進んでいくと、階下に降りていく階段に差し掛かった。

どうやら、地下の部屋に逃げ込むようだった。

「帝国軍の魔物たちは上空からも攻めてきています。地下の避難の間まで付いて来てください。」

階段を降りながら、案内人が再度説明した。

「避難の間からはいくつか脱出できる道がございますので、ご安心ください。」

いくつかの曲がり角を曲がり進んでいくと、扉のある場所まで来た。

「道に迷いそうだな。」

トールがぼそりと呟いた。

「こちらの部屋です。どうぞ、お入りください。」

扉を開くと中にはある程度くつろげる様なソファーやら

テーブル、食器やグラスが入った戸棚が置かれていて、

避難の間というには豪華な気がした。

そしてこの部屋は珍しく円形の形をした部屋だった。

「奥の扉から先は行かないようにお願いします。迷ってしまいますのでお気を付けください。では、私は一度報告に戻りますので失礼いたします。」

そう言って部屋から出て行った。

ホフマン伯爵はソファーに座って休みだした。

「さて、どうしたものかな。」

ジェスが話しかけてきた。

「この国が地形的に簡単に落ちるとは思えないですけど、様子くらいは見に行った方がいいかもしれないですね。」

「たしかに、何の情報もないというのは不安だな。」

「俺が様子を見に行ってきますよ。ここまでの道も憶えましたから迷う事はないと思います。ジェス達はホフマン伯爵の護衛をお願いしますね。最悪の場合、この先の道から逃げる事もあり得ますので。アンジェとマリアもここに残って。リリーも置いていくから何かあったらリリーに伝えてくれる?」

「うん。わかった。」

マリアが返事をした。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。」

扉を開けようとしたのだが、扉が開かない。

鍵がかかってるような感じではないが、

何かに引っかかって扉が開かない感じだった。

「どうした?」

トールが怪訝な様子の俺に声を掛けてきた。

「扉が開かないんです。」

「鍵がかかってるのか?」

「いえ、鍵が掛かっているようには思えないんですが、何かに引っかかっているのかも。」

そう言って、扉を強く押す。

しかし、扉はピクリとも動かない。

扉のノブが動くという事は鍵が掛かっていないはずだが、

仕方ないので魔法で開けることにした。

「ノック!」

しかし、扉が開くことはなかった。

「もしかして、一方通行の扉か?」

ジェスが訊ねてきた。

「いや、魔法で開けようとしたから一方通行なら開いているはず。」

「俺が調べる。」

そう言ってジェスが扉を調べ始めた。

ジェスが扉を調べている間に反対側の扉を開けてみた。

こちらの扉は簡単に開いた。

念のため、扉を調べたが普通の扉のようだった。

扉の周りも調べたが特に目立ったモノは見つからなかった。

一旦扉を閉めて、ジェスが調べている扉に鑑定をかけてみる。

しかし、鑑定上、普通の扉であることしか分からなかった。

強いて言えばかなり頑丈な扉であるくらいだ。

その間、ジェスは扉のあちこちを念入りに調べて、

バックから何やら道具を取り出し、調べ始めていた。

「そういえば、この部屋から案内人が出て行ったすぐ後に、地響きが無かった?」

ロザリーが何気なしに訊いてきた。

「そうか?地響きならここに来る途中にも何度か起きてたと思うぞ。」

トールが軽く答える。

この会話を聞いていたジェスが何かに気付いたのか、念入りに調べ始めた。

「ナイスだ。ロザリー。ようやくこの扉の状態が分かった。」

「私何か言った?」

「ああ、さっき案内人が部屋を出た後、音がしたと言っていただろう。それで分かったんだ。」

「どういうこと?」

「この扉自体に何も仕掛けはない。鍵も掛かっていないし、(わず)かだが開く気配もある。では何故開かないのか?それは、外側に別の扉というか壁のようなものがあって、開かない状態になっているんだ。」

「つまり、2重の扉って事かな?」

ロザリーは確認するように訊ねた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれい。この部屋を見てみろ。この部屋は珍しく円形の部屋になっている。ロザリー、この意味分かるか?」

「もしかして、回転部屋?」

「正解だ。つまり、状況を説明すると今、2つの状況が考えられる。1つは単に扉が2重になっている事。但し、それが扉なのか壁なのかは不明だ。もう一つは、部屋ごと回転して元来た通路は、この先にはないという状況、この2択になる。そしてこの部屋の形状が円形である事からこの部屋が回転する部屋になっている可能性が高いという事だ。」

「うん。何となく分かったよ。それでどうすれば出られるの?」

「この部屋のどこかに隠しスイッチがあると思うんだが、探すしかないな。」

ジェスとロザリーがスイッチの場所を探し出した。

鑑定で探せないだろうか?一応鑑定をかけてみる。

うーん、駄目だな。スイッチが剥き出しであれば鑑定でも

見つけられるだろうが、隠されたのもを探すのは無理そうだ。

ここは、大人しく見つけてくれるのを待とう。

どうやら巧妙に隠されているらしく中々見つけられないでいる。

それから1時間程が経っただろうか。

「駄目だ。見つからない。」

ジェスもロザリーも石の地べたに座り込んだ。

「見つからないとなると、反対から出て行ってみるしかないかな。」

俺が独り言のように呟くとジェスが止めに入った。

「止めた方がいい。この部屋の仕組みから考えると、通路にもそれなりの仕掛けがあるはずだ。不用意に進めばトラップ地獄に陥る可能性もある。」

「じゃあ、壁を壊してみる?」

「それこそ、止めてくれ。生き埋めになる未来しか見えねえ。」

「だよね。」

うーん、しまったなあ。ゲートの設定をしておくんだった。

といってもまさか客室にゲートの設定をするわけにもいかなかったし、

せめてモルガン公爵にでも頼んでおけばよかったかなあ。

「そう言えばこの部屋って意外と綺麗ですよね。」

マリアが興味深げに言った。

「そうか?」

「だって、この部屋は避難の間なんでしょ。滅多に人が来ないのにソファーや戸棚には埃一つないんですもの。」

「たしかに言われてみればそうだな。そうしたら誰か掃除でもしてるんじゃないのか。」

見回しても壁にもシミ一つ残っていないほど手入れされている。

地下室なんかは基本的に空気の流れが悪いので

カビなどが生えるのも珍しくない。

それが天井以外は綺麗なものだった。天井だけは黒いシミが・・・。

「おやっ?」

「どうかしたの?アーくん?」

俺が首を傾げて天井を見ているのを見てアンジェが訊いてきた。

「あれはシミじゃなくて、穴じゃないか?」

この部屋の明かりは壁に掛けられた魔石を使ったランプなのだが、

天井の部分は他の壁と違って平らではなく

少し凹凸のある壁になっている。

てっきりその凹凸の影やら、シミかと思っていたのだが、

一か所だけよく見ると違うように見えた。

「そこの棚の脇に長柄の(ほうき)があったよな。ちょっと取って来てくれないか。」

そういうと、シンシアが箒を取って来てくれた。

箒を逆さまに持ち、魔法を発動させる。

「ライト!」

箒の柄の先端にライトの魔法が掛かり、周りを明るく照らす。

その箒の柄を影のようなシミのような箇所に近づける。

するとそこには小さな穴が開いているのが分かった。

「アルス、よく見つけたな。」

ジェスが感心するように言った。

「ジェス、頼んでいいか。」

この穴に箒の柄であれば差し込めそうなのだが、俺の身長では届かないのだ。

「俺がやろう。」

この中で一番身長の高いトールが申し出たので、トールに箒を渡す。

トールが箒の柄を穴に差し込んでいくと、

微かにカチッと音がしてグォンという低い音が聞こえた。

「ジェス、扉を見てくれ。」

「了解。」

言われるまでもなく、ジェスは扉に向かい、

扉に手をかけると、扉が静かに開いて行った。

そして、ジェスが扉の周辺を調べる。

「間違いない。俺達が入ってきた通路だ。それに外側にスイッチのある場所も見つけた。」

「これでようやく外の状況を確認できるな。一応、みんなは警戒していてくれ。リリーは残していく。頼んだよ。」

「うん。アーくんも気をつけてね。」

俺は索敵のマップを出して来た道を戻って行った。


          ・・・続く

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