騎士マウリッツ 4α
私がお兄様の服を着たいと熱弁しているのに、お兄様は混乱と絶望が入り混じった表情で、しっかり立っているのにまるでフラフラしているようにみえた。
「こんな無垢なアディーを、俺は、俺は・・・」
なんだか自分を責め始めたお兄様。責めてほしすぎて自分で責めてしまっているのかも。
そうしたら、今度こそ殿下との化学反応が起きる可能性だってある。そのためには私が触媒にならないと。お兄様の自覚はあるみたいだし。
「お兄様、実は私、私、お兄様の本当の秘密、知っているの。服を作る以外の、あの秘密を。」
恐る恐るお兄様に話しかける。
「アディー・・・」
お兄様は悲しみと喜びが半分半分のような顔をして、崩れるように膝をついた。ちょっと痛そう。でも全力を出して負けた後のスポーツ選手みたい。
そっか、ついにゲームの性癖が発露しれいるのね。秘密をばらされて、私に追求されるのも必ずしも嫌ではないのかもしれない。そうなると、なんて言ってあげれば喜んでくれるんだろう。
「お兄様の服は大好きで、服を作っているお兄様はかっこいいと思う。でも本当の秘密はちょっとだけ・・・気持ち悪いとおもったよ。」
最後は小声になった。おそるおそる見ると、絶望と希望が入り混じった目で私を見るお兄様がいた。
「アディー・・・・ああ、俺は最低だ。知っていて黙っていてくれたとは、なんて心優しいんだ。それなのに俺は・・・こんな俺を責めてくれ、どうかこてんぱんにしてくれ!そうでないと、俺の気が済まない!」
台詞が劇画調になっているけど、そういえばゲームのっ台詞こんな感じだった。
兄妹だからか、覚悟をしていたからか、思ったほど怖くも気持ち悪くもなかった。迫力はすごいけど、熱演を見ている感じで、狂った人っていう感じではない。もちろんマウリッツルートのリピーターだっていたくらいだし、そんなに気味が悪い展開にはなるはずがなかった。
でも観察している場合じゃないよね。お兄様が私に罵倒されたくなってしまうと困る。お兄様は殿下とウィンウィンの関係を築くんだから。
「アディー、もっと言ってくれ!頼む!」
切腹したい武士みたいな感じになってきた。思ったよりかっこよくて、これはこれでありかもしれないけど、毎日兄を罵倒する令嬢として世間に知られたくはない。
「私は、いいの。実は前から全部分かっていたの。私はお兄様のすべてを受け入れるから。大丈夫。二度と悪く言ったりしない。今ので、もう気持ち悪いって気持ちもなくなったの・・・」
罵倒されて興奮してしまう変態なお兄様だけど、こうして受け入れてあげれば落ち着くはず。後は殿下にバトンを渡して・・・
「アディー・・・アディー!!!」
お兄様が大粒の涙を流しながら、私に飛びついてきた。
あれ?
「アディー!なんて心がきれいなんだ!なんて心が広いんだ!ああ、アディーがうまれてきたことに感謝する!俺は、アディーの生まれた世界に生きていて幸せだ!!アディーのいる世界は幸福な場所だ!!!」
なんだか耳元で壮大なスピーチが繰り広げられている。抱きしめ方がいつものハグよりも圧が強くて少し痛い。そこまで嫌でもないけど。
それにしても今の私の発言、ゲームの主人公がしたらマウリッツとの友達ルートが確定するテンプレートだったんだけど、なんでお兄様が感動しているんだろう。友達度がマックスになったとか?ゲームでのマウリッツは罵倒されるとき以外、いつも冷静なキャラクターだったのに。なぜ?
すっかり蚊帳の外に置かれた殿下が、またごほんと咳払いをした。
「状況はよく飲み込めないけど、マウリッツに対しては、ほんの少し気持ち悪い、と思わざるを得ないかな。」
若干イライラしているのを必死で抑えているような苦笑いの殿下。私の視界はお兄様の頭で遮られているから、珍しく不機嫌な殿下の顔をはっきり拝めない。
ゲームの正解の台詞よりもよっぽど控えめだけど、でもこれはお兄様の琴線に触れて関心は殿下に映るはず。作戦成功かしら?
「サロモン殿下の印象など知ったことか。俺はアディーさえいれば、アディーさえいればいい!ああ、アディー!」
冷静なお兄様にしては珍しく不敬罪に問われそうな発言。
そこは「もっと罵ってくれ!」じゃないの?なんで喜ばないの?私が気持ち悪いって言ったときは喜んでくれたのに、やっぱり女性じゃないと意味がないのかしら。
どうしよう、計画は大失敗で、殿下は苦笑がとまらないし、お兄様が予測不能な存在になってしまった。
せっかく誘導に成功した殿下のコメントが空回りしたのに唖然として、私は混乱したままお兄様が振り回されるがままになっていた。