騎士マウリッツ 3μ
秘密の部屋に急いだ俺をあざ笑うかのように、まさに秘密の部屋の方向から話し声が聞こえる。
速歩きが駆け足になり、やがて全力疾走になった。
たどりついた扉の前にいたのは、アディーとその婚約者のサロモン王子。さっき到着したばかりのはずだ。門からこの秘密の部屋に直行したに違いない。
「アデレード、なぜサロモン・・・殿下がここに・・・アデレード、なぜ・・・」
困惑したアディーの顔に訴えかける。二人だけの秘密の部屋が、なぜ観光地になっているのか。なぜ二人だけの世界に、部外者を連れ込んできたのか。なぜ俺の恥を、もっとも知られたくない人間に教えてしまったのか。
「お兄様、お兄様のためだと思ったの。それで・・・」
アデレードの言っている意味がわからなかった。アデレードが知っているのは、私が服作りを趣味としていること。それをサロモン王子が知ったところで、女々しいとあげつらうか、夜会の笑い話にするかといったところだろう。一番イヤなのは気の毒なものを見る目で王子が俺を見下すことだ。
アディー、なぜ。
これは妹を欺いてきた俺への天罰だろうか。俺の世界はこうして崩壊する運命だったのだろうか。
「私、私、この後もお兄様の服を着ていきたい。ずっと。そうしたら、殿下に秘密にし続けるわけには行かないでしょう。」
俺の絶望を遮るように、アディーが可愛い声で、思ってもいなかったことを口にした。
「アディ・・・」
ああ可愛い妹よ。兄がどんなに汚い人間か知らないまま、この天使は「兄の趣味」を公に続けられるよう、懸命に取り計らってくれているのだ。
それなのに俺は、俺という人間は妹に肝心なことは何もしらせることもなく・・・この天使を騙して・・・
王子の咳払いがまた俺を遮った。
「アデレード、気持ちはわかる。だが兄上に頼りすぎるのも、周りから見てあまり好ましくないだろう。私としては秘密にしておいても構わないし、王室御用達の仕立屋から選んでくれれば問題は露見しないかもしれないけどね。しかしずっとというわけには・・・」
この王子は何を言っているのか。
嫁の兄が仕立てた服を新婚の嫁が着ているというのは、あまり気乗りのする展開ではないと思うが、可愛すぎる俺の妹で目がくらんでしまっているのかもしれない。無理もないことだ。
妹もこの無理な願いを聞き入れてくれるよう、必死で嘆願したに違いない。
全ては裏切り者のこの兄のために・・・こんな男のために・・・
「分かったわ、でも特に部屋着と下着はお兄様のがいいの。いや、えっと、いいのです。」
そこは曖昧にしておけばよかったのではないか、アディー。さすがにそれを許容する輩はいないと思うが。
でも俺の偽りの趣味で、こんなに喜んでくれていた妹に、思わず涙がでそうになった。俺の趣味を守ろうとしてくれているのかもしれない。いずれにせよ、俺のしてきたことに不釣り合いな優しさだ。
七割は喜び、三割は悔恨の涙が出てくる。
案の定王子は渋い顔をしている。
「かしこまらなくていいんだ、アデレード。それに凝ったドレスなどは分からないが、部屋着くらいなら、私が見るのだし、私が・・・」
いきなり何を言い出すのかこの男は。
アディーの崇高な体を素人王子が割いた布切れで覆うなどというのか。許されない。別に俺の服でなくてもいいが、一流の仕立屋がつくりあげた、最高の作品でなければダメだ。
「ダメなの、特に部屋着はお兄様のものがいいの。」
アディーも同感のようだ。
「アディー・・・」
「アデレード・・・」
アディー、そんなにもして、俺の趣味を守ろうというのか。アディーが俺の服を喜んでくれたのは事実だが、婚約者にここまで踏み込んだ会話をするというのは、服が気に入っている以上の狙いがあるんだろう。俺の趣味を続けていけるように頼み込んでいるのだ。
俺はアディーに対して誠実でなかったのに。
俺が可愛いアディーを美しく着飾らせることに、誇りを感じていたのは間違いない。でも本質はそれではなかった。アディーが知らないままでいた、俺という悪漢の本質は。
アディーは何か思いつめた顔をして俺を見つめていたが、うつむいた俺は注意を払えなかった。
言うべきか、真実を言って、懺悔すべきか。許しを請うべきか。
心のどこかで、妹が真実に気づいていて、かつ俺を許してくれる、というありえない妄想に頼る、弱い自分がいた。




