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空の子  作者: そうじ
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決断

 「行くのか」

 「ああ。世話になった」

 「だって、おまえ、まだからだが」

 「おかげで動けるようになった」

 ユウキはぐっとこぶしを握り締め、ぼそっといった。

 「・・・行くな」

 「からだは大丈夫だ」

 ユウキはコウを睨みつけた。

 「もう、やめろよ!」

 ユウキがあまりに大きな声で叫んだので、コウは驚いた。ユウキは顔を真っ赤にしていた。

 「なにを怒っている」

 「なんでそこまでやるんだよ」

 「私は巫女だ」

 「その巫女をやめろっていってるんだ」

 「え」

 コウは呆気にとられたが、少しして笑い出した。

 「なにをいい出すかと思えば」

 「おまえがいなくても、ゲンがいるじゃないか。ゲンがやみを浄化してくれる。ガクウがいってた。おまえのからだにはもう、光はほとんどないんだって」

 「余計なことを」

 「だったら、もう巫女の仕事はできないだろ」

 「知っているんだろ。私のなかには」

 「いうな。おまえはただの子どもだ。おまえは、意地っ張りで、負けず嫌いで、泣き虫のただの子供じゃないか」

 「そうだな。確かに、意地っ張りで、負けず嫌いで、泣き虫のただの子供の巫女だ」

 「違う生き方があるだろっていってんだ! もっと、もっとふつうの・・・」

 「ユウキ。ふつうとはなんだ」

 「ふつうはふつうだ。巫女とか特別の存在じゃなくて」

 「では、生まれながらの巫女である、私のふつうとはなんだ」

 「それは・・・」

 「ユウキのふつうと私のふつうは違う、ということだ」

 「違わない。おまえは巫女である前にふつうの子供だ。だから、だから、行くな! ここにいろよ!」

 「ここにいてどうする」

 「ここで暮らせばいいだろ。ガクウと俺と、三人で」

 「はは。行き場のない三人が、互いを慰め合いながら暮らすのか」

 「いけないか」

 「いけないな。きっと誰かがここを探し当てる。そのときは」

 「俺が守ってやる!」

 コウは動きをとめた。しばらく珍しいものを見るように、ユウキを見ていた。

 「おまえが私を、・・・守る?」

 「ああ、そうだ。一生守ってやる!」

 「ははは」

 「笑いごとじゃねえ。本気でいってるんだ」

 「そうだな。笑って悪かった」

 「だからっ」

 「ありがとう。守ってくれる人がいて嬉しい」

 コウはユウキの手を握りしめた。

 ユウキは思わず「あっ」と声を上げた。コウの手。熱い。そう、コウの手はいつも熱かった。懐かしい。小さい時はよく手をつないで走り回った。コウと、サイナと、俺。三人いつも一緒に遊んだ。

 「なあ、ユウキ。おまえも私も同じふつうの子供だとしよう。しかし、命は違う」

 ユウキは、はっと息を吸った。

 「ユウキ。おまえの命は私を守ることではない。おまえはわかっているはずだ。サイナのように」

 「サイナ・・・」

 「あいつは、モトン族の長になった」

 「そうか」

 「それがサイナの命なんだ。知ってたろ?」

 「ああ」

 「同じように、おまえにもおまえの命がある。おまえにしかできない命だ。いままで、いろんなひとがおまえに助けられてきた。たとえばガクウだ。ガクウは変わった。それはおまえだからできた。これからも多数のひとが、おまえに助けられるんだ。そんなおまえが、私は好きだ」

 ユウキは心臓がどくんっと鳴った音を聞いた。顔が熱くなる。コウはユウキの手をぐっと握りしめたまま話を続けている。

 「ああ、そうか。おまえなのか」

 「な、なにが」

 「おまえが若き灯なんだ」

 「なんだ、それ」

 「つまりな、おまえが持っている力は、おまえが空の神から賜った大切な命なんだ。だからできるんだ。おまえにしかできないことなんだ。おまえはおまえのまま、まっすぐに生きてほしい。空の神がそう願っているのだ。そして私も、空の神から賜った命がある。私にしかできないことがあるんだ」

 ユウキは黙って目を閉じた。コウの手のぬくもりだけがユウキの頭を支配した。

 「だから、行かせてほしい。・・・終わったらここに帰ってくるよ」

 (嘘つきめ。おまえはいつもそうだ)

 「わかった。もういい」

 ユウキはコウの手を振り払い、部屋から出ようとして立ち止まった。

 「俺がふてくされているうちに出ていけ」

 そういい捨てて、部屋から出た。

 「了解した」

 といって、コウは立ちあがった。

 コウが外に出ると、ゲンがガクウに光を当てていた。光を当てて、ガクウの怪我を治しているふりをしていた、とコウは見た。ふたりして、コウとユウキの会話は聞いてなかったよ、というていを作っていたことが見え見えで、コウは苦笑した。

 ゲンが声をかけた。

 「もう、いいのか」

 「ああ、いい」

 「行くか」

 コウはガクウに向き直り、頭を垂れた。

 「ガクウ、世話になった」

 「コウさま、そんな、とんでもないことで・・・あ」

 ガクウは慌てて膝をつこうとして結局できずに、おたおたとしただけだった。

 コウは少し笑った。

 「ユウキを頼む」

 「はい」

 ガクウは深く頭を下げた。

 (ご無事で)

 といおうとして辞めた。「無事で帰る」ことは、まずなかろう。代わりにガクウはゲンに向きなおり、

 「ゲンさま、どうか、コウさまを」

 といって、深く深く頭を垂れた。

 ガクウのことばはゲンにとっては重かった。任せとけ、とか、そんな簡単に応じられる頼みではなかった。

 ガクウとてゲンの立場はわかっていた。これからふたりがなにをしに行くのかも。しかし、ガクウは頭を下げてゲンにお願いするしかなかった。

 もしもできることなら、コウさまを助けてほしい。巫女として、ではない。だいいち、巫女としての役割はもうないに等しい。このままゲンさまと一緒にどこか遠くへ逃げてほしいと思うぐらいだ。まだ十二歳のいたいけな少女。ユウキが望むように別の生き方があるかもしれないのだ。ただひとりの少女として、そのはかない命を救ってほしい。

 ガクウはただ、その一念で頭を下げた。

 ゲンは、ガクウがなにもかもわかって頭を下げていることを痛感した。しかし、うなずくことさえできず、

 「・・・では、行く」

 と言うにとどまった。

 ふたりは飛び立ち、空に消えた。


 ガクウはその姿をいつまでも眺めていたが、とうとう軌跡さえ見えなくなったので、よいしょっといいながら、不器用にからだを横たえた。

 空が青かった。

 (コウさまの目の色のようだ)

 透き通った空の青さが目にしみた。しっかりと目を閉じるとまぶたの上から太陽の光が当たって心地よかった。ガクウはひどく懐かしい感覚を思い出した。

 (・・・アキ? そこにいるのか)

 アキが死んでからいままでのことは本当は夢なのではないか。目を開けたら、アキが笑って俺を見ているのではないか。そう思うと目を開けることができなかった。その幻想にいつまでも身をゆだねておきたかった。

 アキ。子どもたちはまっすぐに生きている。おまえはもう見ただろ? 俺はその姿をまだ見てないがね。でも見る資格なんて俺にはないんだ。俺はあの子たちになんにもしてやれなかった。なんにも。でも、あの子たちは強く生きている。そりゃそうだよな。おまえの子だからな。

 まぶたの中で乾いていた眼球がじんわりと濡れた。気持ち良かった。

 ユウキが来て、ガクウの隣にすとんっと座った。

 日の出を終えた太陽が勢いをつけてきらきらと輝き出している。

 ふたりはしばらく黙ったまま、ぽかぽかとした陽光に身を任せていた。

 「行ったか」

 ユウキがぽつりといった。ガクウはゆっくりとからだを起こして、

 「おい」

 と、ユウキの背中をどすんと叩いた。

 「な、なんだよ」

 「おまえ、大したもんだ」

 「なにが」

 「巫女さまを口説こうってんだからな」

 「そんなんじゃない」

 「そうじゃないか」

 「ガクウには関係ないだろ」

 (関係はおおありだ。いったい、巫女さまがどんな存在がわかっているのか)

 とガクウはあきれたが、それよりもユウキのふてくされた顔がかわいくて、おもいっきり頬をつねった。

 「いってててて。なにすんだよっ」

 「おまえ、大人になったら、いい男になるだろうな」

 「いまじゃないのかよ」

 「残念だが、いまじゃない」

 「なんで」

 「いい男ってのはな、ぐっと我慢ができるもんだ」

 「我慢したさ」

 「黙って、我慢するんだ」

 「それは、ガクウ、おまえのやり方だろ」

 「ん?」

 「俺は黙らねえ。それが俺のやり方なんだ」

 ユウキの目が涼やかに光っていた。

 (まぶしいやつだ)

 ガクウは目を細めてユウキを見た。自然と顔がにやけてきた。

 「それで?」

 「だからな、おまえと俺は違うんだ」

 「まったくだ。気が合わない」

 「そうさ。そこが肝心なんだ。気が合うやつなんて一人もいねえんだ。ぴったり気が合うやつなんていたら気持ちわりいだろ。以心伝心なんてうそっぱちだ。だから、お互い、いいたいこといってけんかして、そんでもって気がぶつかって中和すんだよ」

 ガクウは自分を振り返った。

 そうだな。俺は自分の殻に閉じこもりすぎた。ガンザンやウルクに直接、いいたことをぶつけていれば、もっとあいつらと違う関係を作れたのかもしれない。

 そう思うと泣きたくなった。ガンザンとウルクに無性に会いたくなった。俺は、あいつらがとても好きだった。そして、いまも。もし、いま会えたら、抱きついて泣き喚きたい、という気分になった。

 「だから、ガクウ。泣きたいときは泣けよ」

 「生意気なガキだ」

 「さっき、泣いてただろ」

 「そんなことはない、あっ」

 ガクウの目から、つっと涙が流れた。

 ユウキはガクウを見ずに続けた。

 「俺は、そういう場を作る。みんなが気兼ねなく思ったこといいあう場だ。笑いたいときは笑い、泣きたいときは泣き、怒りたいときは怒る。どうしようもなく湧き出る感情が真実なんだ。そこには、そいつにしか受け取れない、神さまの啓示があると、俺は思うんだ」

 ガクウは涙をぬぐって一度目を閉じ、ゆっくりと目を開けてユウキをしみじみと眺めた。

 「では、私も、おまえとたくさんケンカしないといけないな」

 「ああ。右手がなかろうと容赦しねえ」

 ユウキは、ガクウの腹にぽくりとこぶしを入れた。

 「ふられたばかりの男が、ずいぶん元気なことだ」

 「ふられてねーよ。あいつは帰ってくるっていった」

 「うん。そうだな。コウさまは、おまえのことを『好きだ』ともおっしゃったしな」

 ガクウはユウキの頭を撫でて、杖にすがりながらぎこちなく立ち上がった。ユウキが肩をかそうとすると、ガクウは笑って首を振り、忙しい左腕の肘を左右に振って家の中に入っていった。

 ユウキはしばらくぼうっと座っていたが、

 「なんだよ。全部聞いてたんじゃねーか。俺、かっこわりー」

 と、ぽつりと声に出すと、急に力が抜けて、だあっと寝ころんだ。

 風が吹いてきた。

 空が青かった。


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