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空の子  作者: そうじ
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雷山の帰還者

     死の淵より


 内臓をえぐりとられ、それでも死なず

 深い痛みに涙を流し

 冷たく寒い道を、ただ、ただ、歩く、歩き続ける

 泣きながら

 倒れながら

 祓いながら

 うめきながら

 這いながら

 祈りながら

 呪いながら

 喰われながら


 ぼろぼろのからだと、ぼろぼろの心を抱え

 肉は裂け、蛆が沸き、骨さえみえる

 よろめき、伏し、それでも起きあがる

 そして、足は歩く、歩き続ける


 気が狂いそうだったのは、はじめだけ

 感じる力もなくなった

 右の目は喰われた

 首筋に感じる悪寒だけでやみを感じ

 祓っては喰われ、また祓う

 その作業とは関係なく

 別の意思をもったように、足は歩く、歩き続ける 


 血がかわき、涙がかわき

 からだからもこころからも、もう何も出ない

 鉛のように重い、空っぽの心を、

 引きずるようにして歩く

 私の足はもう、動いているのかさえ、わからない

 時折聞こえる鳥の声に、

 幸せだった昔を思い出し、泣く


 これほどの絶望ははじめてだとつぶやき

 気を失い、目が覚め、生きていると感じ

 また、深く絶望する

 死んでしまえばどれほど幸せかと思うことが

 神への冒涜だと、誰がいえよう?


 死ねないからだは、もしかしたら

 すでに死んでいるのかもしれないと

 思うと間もなく、激しい痛みが襲い、

 生きているという現実を知らされる


 大量の血は固まり、からだの一部となった

 その血さえ、やみひとの餌食となり、

 また新しく血が噴き出す

 血は、あたたかく懐かしい

 やみひとがその血を吸い尽くす

 祓わなければこのまま死ねるのに

 口は祈りを唱え、手は祓いを行う 


 ぼろぼろのからだと、ぼろぼろの心を抱えて

 頑丈な私の足だけが歩く、歩き続ける

 それが私の死の淵


 生きねばならぬのか

 それでも生きねばならぬというのか、神よ!


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ガンザンは雷山入口に向かっていた。

 さきほど、雷山の里長と誘導役との打ち合わせでは、雷山入口にやみの出現があるという。雷山の里には他にも三か所でやみの小者が出るというが、いずれも小さく祓い師は手配された。ところが雷山入口のやみだけがいつものやみと違う、というのである。

 それは例の「チャルラ」という意識体ではなく、昔から存在していたやみだと誘導役はいった。人里には滅多に姿を現さないやみであり、山奥でちらほら感じるだけらしい。

 「そいつらはからだを呑み込むんじゃなくて、喰うんじゃよ」

と雷山の誘導役はあっさりといった。ガンザンはそのことばの背後に底知れない恐ろしさを感じながら、明確にはその意味がわからなかった。

 (呑み込むのでなくて、喰う?)

 ガンザンは林のなかに入った。

 確かにこの奥でやみの気配を感じる。しかし、ガンザンにとって妙な気配はしなかった。

 ふつうに嫌な悪寒だ。

 「ガガ、右奥だ」

 ガガが右に旋回した。徐々にやみの気配が強くなった。

 「あっ」

 ガンザンは目を疑った。

 (なにかが喰われている)

 一瞬、カラスたちがたかっているかと思った。しかし、間違いなくやみひとであった。

 襲われているのは、人?

 「このやろう! 離れろ! うおおお!」

 ガンザンが吠えるように怒鳴ると、ガガはすいっとやみに近づいた。ガンザンはガガのからだから身を乗り出して、やみひとを次々に殴りつけていった。

 これがガンザンの祓いである。通常の祓い師は歴代の巫女の祓いの型を学び、自分に合った型を見出して使いこなしていく。しかし、ガンザンは祓いの型を使わない。歴代の巫女の型を使うと力が半減するのであった。きれいな祈りのことばや代々の巫女の型ではなく、感情に任せてただ怒鳴りつけ、殴りつける。殴られたやみひとは片っ端から消えていった。

 ただ、その間をすり抜けて逃げるやみひともいる。ひゅうっと小さく鳴いて、逃げようとするやみひとが何体かいた。ガンザンは素早く動き、次々に殴りつける。消えたやみひとを見て他のやみひとがひるむ。

 しかしガンザンは容赦ない、こぶしをぐっと入れ、ガガはそのタイミングでやみひとに突進する。ガンザンは獣のように吠えながらぐわんとやみひとを殴る。

 「おまえら、許さんぞおお!」

 腕をぐっと引き、力こぶがぐわっと盛り上がる。空から光が降りてガンザンのからだを包む。じゃらっと数珠が鳴り、首からかけたお護りがつんっと前になびく。ガガがつつっとやみひとに近づくと、ガンザンは光とともに一撃を喰わらす。

 ほどなくやみひとは消され、場は清浄に戻った。

 ガンザンはガガから飛び降りて「人」に駆け寄った。「人」は確かに呑まれていたのではなく、喰われていた。

 「おい、大丈夫か!」

 内臓が飛び出し、からだが喰い荒らされている。片目はつぶれ、大量の血がまとわりつき、おびただしい数の蛆がからだじゅうに湧いている。男なのか女なのかさえ判断がつかなかった。

 「これは・・・ひどい」

 「人」は動いた。

 「生きているか! 返事をしろ!」

 「・・・」

 声になっていなかった。おそらく数日水さえ飲んでいないのだろう。ガンザンは腰に下げている水筒を慌ててとり出し、口に含ませた。

 「う・・・、か・・・」

 「人」は苦しげな力を振りしぼっていたが、唇を上下させるにとどまった。

 「あっ、おまえ! ナツイではないか!」

 三日前に犬が淵でやみに呑まれたはすではなかったか。

 「いま助ける!」

 ガンザンは自分が着ている着物をさっと脱いで、彼女のからだにぐるぐると巻きつけた。


 里には医師班という役の一団が置かれている。サクがその体制を敷いた。すべてガクウの息のかかった者たちである。

 雷山の医師班のもとにガンザンは駆け込んだ。

 「だれか! 伝令役を!」

 伝令役はただちに呼ばれ、ガンザンの指示でコウとガクウのところに飛んだ。

 ナツイのからだは寝台に横たえられた。医術班の者たちが慌ただしく動く。

 しばらくして、そこにガクウが飛び込むようにして入ってきた。ガクウはガンザンを押しのけるようにしてナツイのからだに取りすがった。

 「ナツイ!」

 ナツイは苦痛のなかでなにかを伝えようとしていた。

 「が・・・さ・・・」

 「いかん! しゃべるな。からだにひびく」

 とはいったものの、誰の目から見ても生きているとは思えない、既に無残な死骸であった。しかし、死骸に等しいこの命は壮絶な意思を持って最期のことばをいおうとしている。

 「さ・・・」

 血だらけの手を震わせながら力なくあげようとしているのがわかった。ガクウはその手をしっかりと握った。

 「・・・さ・・・が・・・」

 その声はもう吐息であった。ガクウはナツイの口元に耳をこすりつけるようにして、ことばをききとろうとした。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ガクウはがばっと半身を起こした。心臓が飛び出すかと思ったほど衝撃を受けた。はっとして辺りを見まわすとガンザンが食らいつくようにきいてきた。

 「ガクウ! ナツイはなんと・・・」

 「いや、・・・もう」

 ナツイは息絶えていた。ナツイはガクウにそのひとことを告げるために存在したかのように。

 南の優秀な祓い師であり、ガクウの直接の部下であった。ガクウの指示で犬が淵に派遣され、そのまま呑まれてしまった祓い師。

 「すまない、ナツイ」

 ガクウはナツイのからだにすがって、許しを請いながらすすり泣いた。



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