15 ひまわり頬張ってそうな顔
「今日またあの事件があってさ」
いつもより二時間遅れて帰ってきたオマタのために夕飯を温めなおしていると、我が弟は深いため息とともに上着を脱いで、凝り固まった腕をまわした。
「また?」
「昨日言ってたやつの続編。若い男がさ、燦々と降り注ぐ真夏の日差しの中、84歳になる爺さんの服を公衆の面前でびりびりに裂く事件」
「ぶはっ」
昼間のあれじゃねぇか。平静を装いつつ、茶碗にご飯をよそう。
「俺が駆けつけたときには、犯人は逃げていて捕まらなかった」
「じいさんはどうなったんだ」
「服はびりびりだけど怪我はなかったな。とりあえず服を着せて話を聞いたんだけど、なんだかいきなり迫られたらしくて」
「老人にそんな狼藉を働くとは。まったくニポン人は腐りきっていますな」
黙って話を聞いていたおまるがぷりぷりと怒り出した。
「えっとさ、その、そいつ、日本人じゃねぇんだ、多分」
面倒くさいことになりそうだったから黙っていたかったが仕方がない。食卓にご飯を並べながらもごもごと言葉を発した俺を、オマタが訝しげに見る。
「どういうことだ」
「実は俺、事件の一部始終を見てた。その男、アスガルドからきた奴だ。つまり、日本人どころか地球人ですらない。爺さんに向かって銀眼人種かって言ってたし、たぶん、俺を探してた」
「どうしてお前を探して爺さんの服を脱がせるんだ」
「勢い余ったんだろ」
本当は体に押された焼き印を確認するため。やつもそう言っていた。だがそれを言ってオマタに見せろと言われても嫌だし、今事実は隠しておこう。
「指名手配の写真も出回ってるし、クロイツの顔って割れてるはず。なのに、どうして顔も歳もかすってないおじいさんばかりを狙うんだろう」
「そこはよくわかんねぇんだよな。至近距離ですれ違っても俺の方には目もくれなかった」
うーん、とオマタが唸った。つられておまるも首をかしげる。
「とりあえず、本当にクロイツを探しているとなるとやっかいだな。前のやつみたいに、また殺そうとかするのかな」
「賞金付きの指名手配かけられたから、いきなり殺されるとかいうことはねぇだろうけど。多分」
だが、公衆の面前で真っ裸にされるのはまっぴら御免だ。
「数を増やして警戒に当たってるんだけど、なかなか捕まらないんだ。防犯カメラに映っていたから顔は割れてるんだけど、仕事がなかな速くて」
「あの必殺技はまじで危険だ。素人は近づかない方がいい」
「必殺技?」
「俺は見たんだ。服を切り裂く必殺技だよ」
「服を切り裂く……必殺技?」
ごくり、とオマタが緊張した面もちで喉をならした。
「ああ……。ナイフ一本でものの数秒もかからないうちにビリビリさ……」
「ものの数秒もかからずにビリビリ……!」
「あれはルネだな。確かにそう言っていた。数秒で服をビリビリに切り裂きしかも肉体は傷つけないルネ」
「数秒で服をビリビリに切り裂きしかも肉体は傷つけないルネ……!」
オマタが驚愕の声をあげた。そして、すぐさま首をひねった。
「なんだその使いどころの難しいルネ」
俺もそう思う。
多分、今こいつの中で宇宙人の神秘度が下がったな。俺もそんなルネがあるなんて初めて知ったわけだが。
「犯人はどんなやつだった? 見たんだろ」
「なんとなくモルモルに似てた」
「モ……? なに」
「モルモル」
あからさまに使えない、という顔をしてオマタがちらっとモルモルに視線をやった。オマタの視線に気がつかないモルモルは、アホな顔をしてひたすらにヒマワリを頬張っており、その横のケージではぴーちゃんが一緒になって粟穂を食べている。なんとも平和な光景だ。オマタはしばしモルモルを見つめた後、遠い目をして俺に視線を戻した。
「出っ歯だったとか?」
「いや、出っ歯ではないけど、なんかヒマワリを好んで食べてそうな感じ」
「太ってたとか?」
「いや、太ってはいないけど、偏食がひどそうな感じ」
情報として価値なし、という言葉を顔に張り付けてオマタが目を閉じた。むかつくな。そういう印象だったんだからしかたねぇだろ。てめぇとっとと飯食って風呂入って寝腐れ!
しかし、主にじいさんたちの間に被害が広がっている以上、これ以上野放しにしてはおけない。
こちらに目もくれないってことは、俺がおとりになることもできないが、ニポンの警察を当てにして傍観しているわけにもいかない。これ以上新たな犠牲者を出さないためにも、俺があいつをどうにかするしかない。白髪の爺さんの近くで待ち伏せするしかないだろうか。
そうしたとして、やつをどうする。殺すのか。あいつは賞金目的で俺を捕まえようとしているだけで、命までは奪おうとしているわけではないかもしれない。そもそも俺自身無実の罪で追われていると言っていいはずなので、大人しく捕まってアスガルドに帰って裁判所に出頭して、その旨を伝えればどうにかなるはずだ。裏でよほどの権力が働いていない限り。だが事実、俺の罪をでっちあげてあれだけの賞金をかけるやつがいるのだ。簡単にはいかないかもしれない。よほどの権力。実際それがあると考えても不思議ではない。では……、
「クロイツ」
「んあ?」
「ひとりでどうにかしようと思うなよ」
漬け物に箸を運びながらオマタが言う。突然名前を呼ばれて思考が遮られ、なんと言えばいいかわからなくて、頷くこともできずに俺はテーブルにおかれたオマタの白いお茶碗に目を落としたまま硬直した。
もしかして心の声が口から漏れていたのか、と思ったが俺の声帯に動いた様子はない。
「なにかしようとするのなら俺を呼べよ」
「うん」
目を合わせずに頷いた。だからオマタがどのような表情をしていたかはわからない。
俺は小心者だ。じっと見つめてくる視線に気がつきつつも、相手の目を見つめ返すことができない。
目を合わせたその瞬間、嘘がばれる気がするから。
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