『アリデード』18 見えない鎖
カモメと見分けがつかなくなって、その陰が豆粒になって消えるまで、俺はエスタの姿を見送った。
う~む。あの翼、俺も欲しいなぁ。そうすりゃジョーザンケーとかソーウンキョーとかにすぐ飛んでいけるもんなぁ。追い風に吹かれれば飛行機だって必要ないだろうし……。
「クロイツ! こんなとこにいたのか」
「ぅげえっ!」
背後から突然浴びせられた声に飛び上がりそうになりながらも、俺は反射的に振り返り声を上げた。
「ぅげえとはなんだ。ぅげえとは」
そこにはオマタが夜の天蓋のような真黒い傘をさし、息を切らして立っていた。
「あまりに遅いし、おまるが『スットコ兄上殿が家出した~』とか泣き叫ぶし、さらには雨が降ってくるしで、探しに来てやったんだぞ」
「い、今の……見たのかね」
「今の? 何が?」
暗闇に紛れて見えなかったか。良かった。地球になじもうとしているオマタには、宇宙人っぽいのが空を飛んでいく光景は見せたくない。
俺はエスタの消え去った遠くの空に目をやった。いつの間にか雨を降らせる厚い雲が空を支配し、ひとつとして取りこぼすことなく星を覆いつくしていた。もう月も見えない。地上に目を戻すと、オマタがなにか言いたげな顔で傘を片手に佇んでいる。
「まだ、帰る気がないのか」
「いや」
名残惜しそうに空を見つめる俺に、オマタが遠慮がちに聞いてきた。
激しくなってきた雨の冷たさと、体を打つ振動が心の震えをより強いものにする。俺はアストロラーベを強く握り締めた。
加速膨張する宇宙。距離を広げる星々。遠ざかる過去。
宇宙なんて縮んでしまえ。そうすれば、また、俺たちは出会えるだろう。
多分、このまま広がり続けるよりは。
「帰るか」
その言葉を聴いて、安心したように弟が笑った。




