『リート』2 ひたすら疑問
突然だが、主婦って大変なんだな、って思った。
炊事洗濯掃除に育児。たとえ具合が悪くても病気になっても毎日の仕事はこなさなくてはならない。
もちろん、有給休暇なんて制度はない。夫が休みのときでもご飯は三食作らなくてはならない。この家の主であり、俺の弟、オマタは今日も元気に田舎の交番へとお勤めに出て行った。
俺はと言うと居候の身なので、一応家事も半分はやることになっていた。俺の記憶が確かならば、初めのうち、風呂掃除と便所掃除はオマタのはずだった。
だが、ある日、事件は起こった。
Wiiテニスをしていた俺の手の中から、Wiiリモコンが薄給の弟が大枚はたいて購入したばかりの液晶4Kテレビ(50インチ)に向かって、飛んで行ったのだ。
テレビに激突したWiiリモコンは、画面に見事な七色のクモの巣状の亀裂を作ったのであった……という痛ましい事件を境に、形勢が逆転した。
ちゃんとリモコンを握って紐を手首にかけてプレイしていたのに、紐ごとスッポンと抜けていったんだからしょうがないだろ、と全力で抗議をしても、心の狭い弟は全くもって聞く耳を持たず、据わった目で俺を見た。
今思い出しても背筋が凍る。
そして、なんでかそこから数日間記憶が飛んでいて、気が付いたらいつの間にか家事全般は俺の仕事になっていた。
なんだかほのかに納得がいかない。
俺と同じ居候であるエスタはというと、どこをふらついているのか、日によって家にいたりいなかったりする。一日中家にいると思ったら、一週間も家に帰らなかったり、といった具合だ。どこで何をしているのかわからないけど、あいつのことだからおそらく地球の情報を色々と集めているのだろう。と思いたかったが、先日、久しぶりに家に帰ってきたと思ったら、『くまもん』と書いたTシャツを着て『熊本』と書いた鉢巻を頭に『るるぶ』握り締めていた。楽しそうでなによりでござる。
そしてちょうど三日前の夜、新しく買いなおした55インチ液晶4Kテレビ(オマタの意地)を前に、三人と一羽で屋久島の特集番組を見ていた時だった。突然エスタが立ち上がり「縄文杉が私を呼んでいる!」と叫び出したかと思ったら、一時間後には家から消えていた。
俺たちには何も告げずにだ。
お気楽なもんだ。俺もたまにはニポンを観光してみたい。温泉とか行ってみたい。『ソーウンキョー』とか『ジョーザンケー』とか念仏みたいですごいもんな。
そんなこんなで、炊事洗濯家事育児(対おまる)。最近はこの繰り返しだ。
弟の食い散らかした食器を洗い、万国国旗のごとき弟のパンツまで洗い、そしてまた弟の飯の支度をする。ここ数日のうちに、すっかりカサカサで働き者の良い手になってしまった。姫姉様に誉めて貰えそう。
だが、毎日毎日こきつかわれて、温厚な俺もさすがにキレた。
つい最近も当たり前のように便所掃除をさせるオマタに向かって「俺はお前の召使じゃねえ」と言ったら、「じゃあ、家政婦でいいよ」と馬鹿にされて、大ゲンカになった。アッタマきて便所掃除のゴム手袋着用で、髪の毛をむしってやろうと思い襲いかかったら、逆にWiiリモコンを顔面に投げつけられた。そこからまた数時間記憶がない。
しかし、冷静になって考えてみたら、俺にも悪い部分はあった。確かに、俺はなにもしていなかった。できないわけではない、ただしていなかっただけだからな。やればできるんだ。一応。
ここ数日の食事内容を思い出してみたら、弟に出した料理はほとんどが煮るか焼くぐらいしかしていなかった。味付けは煮た後に塩でも振りかけて食えばよいだろう、というレベルだ。
なぜかというと、まあ、気恥ずかしいからだな。手の込んだ料理を弟に出すってのが。決して料理ができないわけじゃないからな。
昨日の夜も、もやしをただ煮て塩を振りかけて出したら、どこぞの鬼嫁の仕業だと泣かれた。
それでも残さず食べてくれるところは、弟のいいところだと思うのだけれど、たまに奴は「アキがいてくれたら」とか女々しいことをぬかしやがるのだ。アキとは昔付き合っていた彼女で、すでに交流はないらしい。別れた理由は俺のせいということになっている。
とんでもないったらありゃしねぇ。
お前がマザコンだからだろうが。
人のせいにすんな。
女は弁償できないけど、塩は弁償してやるって言ったし、いいじゃねぇか。
まだしてないけど。




