中編(イリス成長~制覇)
……イリスは、生まれ方が異常だったのが嘘みたいに、すくすく育った。
母親のエレクトラも産後から快復していったし、産卵じゃなかったこと以外、全部がいつも通りだった。
でも、あいつは普通のメスじゃなかった。
普通のワイバーンの子供は母親以外には警戒心が強い。いや、好奇心がけっこう強いんだが、見知らないものばかりだからまず躊躇ったりするんだ。そうやって時間を掛けて観察して、大丈夫だと分かってから近づき始める。そんな感じで段階を踏むんだ、普通は。
あいつは普通じゃなかった。
普通の子供は母親の近くにいないと不安がるんだ。知らないものばっかりだからな。
けどあいつ、イリスは躊躇うことなく母親から離れて、いろんなやつに甘えだした。
子供の頃のイリスはとにかく甘えん坊だった。母親にだけじゃない、俺たち牧場の人間や他のワイバーン、果ては番犬や猫にまでさっさと近づいて甘えた声を出して身体をこすりつけた。
好奇心の塊で、イリスはあの虹色の眼を輝かせてあっちこっちに忍び込んだ。
もちろん房には柵を立てて出られないようにしたんだが、どうやったのか今でも分からないが、あいつは難なく脱走した。
脱走したイリスを捕まえるのは一苦労だった。
イリスのほうは追いかけっこだと思って明らかにはしゃいで逃げていた。仕事が立て込んでるってのに堪ったもんじゃなかった。
ただ…逃げるにしても、あいつは相手を選んでる節があった。
『牧場長、イリスがまぁた逃げましてね、今、捕まえたところです』
『またか、手間を取らせたな……よくあのすばしっこいのを捕まえられたな、お前、腰をやってただろ?』
『へえ、まあ。でもイリスのやつ、逃げはしましたけどゆっくりで、俺の足でも追いつくくらいだったんで、どっかおかしいのか心配になりました』
『…まずいのか?』
『いえいえそれがね、俺が捕まえて若いのに渡したら、その途端にまた逃げやがりまして。で、若いのが追いかけてったら、いつもの逃げ足で走ってたんですわ。全然元気でしたよ。ありゃぁただのおてんば娘じゃありゃあせんぜ』
イリスがもっと大きくなった頃、大人のワイバーンが人を背中に乗せて飛ぶところを見せた。
イリスだけじゃなく、ある程度大きくなった子供には、大人のワイバーンの仕事を見せた。社会科見学ってやつだ。お前らもいずれああなるんだぞ、っていうのを教え込むんだ。
普通の子供は、まあ色々いるが、だいたいは尻込みする。当然だ。母親のいる房とその周りしか知らなかったんだからな。
だがイリスは、全く物怖じしなかった。
それどころか、えらく興奮して跳ね始めて、俺に背中を見せた。
『……乗れ、ってのか?』
イリスは眼を輝かせて俺を見た。
『…今は駄目だ。もっとデカくなったらだ』
イリスは不満そうに啼いたが、すぐに飛んでるワイバーンたちを見上げてはしゃぎ始めた。
それを牧場の連中は微笑ましく見守ってたよ。
イリスは人気者だった。
やんちゃではあるが甘えん坊で、悪戯はするが怪我をさせるような真似はしない賢さがあって、脱走の常習犯なのに愛嬌でつい可愛がってしまう、そんなやつだった。
……それでも俺は、あいつの虹色の眼を見るたび、産まれたときのことを思い出して背筋が寒くなった。
怖かったんだろうな。なんでか分からないが。
実際、その後、俺の不安は現実になっていった。
イリスが、トレーニングセンターで初めて人を乗せて飛んだとき、俺たちの破滅は始まった。
*** *** ***
(以下、当時の新聞の見出し)
《ワイバーン、トレーニングセンター内を脱走》
《人を乗せたままセンター上空を一日中旋回》
*** *** ***
………あれは、ひどい事件だった。
初めて若いワイバーンを飛ばすときは、馴致ドームの中で訓練させる。飛んで逃げていかないようにな。もちろん俺達のドームはとびきりでかい。そのへんのスタジアムが4個は入れる。
イリスは、そこから抜け出した。
背中に調教助手を乗せたまま。
最初は普通にドームの中を飛んでたんだ。流石に初めての飛空だったから、ややぎこちなかったが、かなり早くコツを掴んで、ドームの中をあっちこっち飛び回った。
飛空が最初から上手くて気持ちよく飛ぶようなタイプは、下手に最初から調教するより、まずは飛ぶ本能、飛ぶ楽しさを目覚めさせたほうが良い翼になる。
乗ってたのは助手といってもベテランだったから、そのことをよく分かってた。
イリスを気ままに飛ばせてたんだ。
結果的に言えば、それがよくなかった。
一瞬だった。
ドームの入口と、ドームの中の飛空エリアは普通は二重扉で塞がれてる。
ワイバーンが通る時だけ、開くんだ。
その時、イリスとは別の、まだ若くて愚図つくワイバーンが、飛空エリアに入り切らないで立ち往生してた。
イリスはそれを見抜いた。
あっという間だった。
信じられない速さで急に飛ぶコースを変えたと思ったら、立ち往生してるワイバーンの横、ぎりぎり1頭が翼を畳んで通れるかっていうくらいの隙間を、通り抜けたんだ。飛んだまま。
あまりのことに俺は何が起きたのか分からなかった。
曲芸みたいに扉の隙間を通り抜けたんだ。
信じられるか? あいつは今さっき、生まれて初めて自分で飛んだばかりだったんだ。
俺以外の連中も俺と同じだった。何が起きたのか分からなかった。
俺が最初に我に返って、急いでセンター全域に警報を出した。
『脱走! 若ワイバーン・イリス騎、脱走!』
『警備ワイバーン出動! 装備は速度優先だ! イリス騎は速い!』
『監視ゴーレムは全部起動させろ! 能動探知! 絶対に見失うな!』
あの時ほど、トレーニングセンターを作るときにあれだけ監視ゴーレムを導入しておいて良かったと思ったことはないな。
あれだけ広い敷地だと、監視ゴーレムを大量に配置しないととても見回れなかったからな。
だから監視指揮所で指揮していた俺は、すぐにイリスを見付けた。
イリスは幸い、センターの敷地から出ていなかった。
敷地の外に行くコースも取っていなかったから、最悪の事態はひとまず避けられそうだった。
指揮所で胸を撫で下ろしていると、
『―――マルコス、イリスが逃げたって!?』
ホセが、来た。
そう、まったく不運なことに、その日ホセがトレーニングセンターにいたんだ。
『ああ、馴致ドームの扉が一瞬だけ開いた。その隙間を飛んで逃げた』
『イリスは今どこだ? 見付けてるのか?』
『調教助手が身につけてる位置発信ゴーレムと、監視の探知ゴーレムが見付けた。センターの外には向かってない。境界線より全然内側を飛んでる』
監視指揮所の大型魔導卓に、センター全空域の全ワイバーンが表示され、俺達はそれを見て唸った。
『……速いな』
『ああ、かなり速い。捕獲チームの装備を速度優先にさせた。本気を出さないと追いつけない』
『今初めて飛び方を覚えたやつの速さじゃないな……おい、イリスの向かってる先に、トレーニング中の連中がいるぞ』
『まずい、本番形式で練習している短距離組だ。周りが見えていないかもしれない』
数あるルールの中で最も速度の出る短距離レースに出るワイバーンが数頭、イリスに追われる形で飛んでいた。
練習している連中には全員、位置発信ゴーレムを着けさせていたから、その移動方向と速度は正確だった。
だからこそ、俺達は信じられなかった。
スパートを掛けた短距離組を、イリスが悠々と抜き去ったんだからな。
『………追い抜いた?』
ホセが唖然として言った。
俺はすぐには信じなかった。
『馬鹿な、速すぎる。ゴーレムの故障か? 本当なら短距離レコードよりずっと速いことになる』
だが、追跡している警備の連中と通話すると、どうやらゴーレムからの情報は間違っていないことが分かった。
『警備のワイバーンが追いつけない……』
警備のワイバーンは引退こそしたがレースではそれなりの成績を残したやつらだ。
連中が全く付いていけないとなると、流石に認めざるを得なかった。
『作戦を変える。無理に追いかけるな。センターの外に出ないように境界線に警備ワイバーン達を配置させろ』
俺は指示した。
『イリスの追跡には交代であたれ。今日初めて飛んだやつが維持できる速さじゃない。疲れるはずだ。その時を狙う』
だいぶ大事になってしまったが、仕方なかった。
とにかくセンターの外に出さないことが第一だった。
『ドライバー、こちら指揮所。イリス騎はドライバーの降下指示を聞くか?』
俺は調教助手と通話した。
『指揮所、こちらドライバー。イリス騎はまだそこまで馴致できていない。それを教える前に脱走した』
『イリス騎の様子はどうだ? 混乱して危うい状態か?』
『イリス騎に混乱や興奮はない。気持ちよく飛んでる。ただ速さが尋常じゃない』
『イリス騎は警備でも追いつけない。疲れさせて捕獲する。それまで乗ってられるか?』
『俺の責任だ、最後までしがみついてみせる』
幸い、イリスは調教助手を振り落とすような急な動きはしなかった。
本当に、ただ、飛んでるだけだった。
『持久戦になるな』
『とんでもないやつだ、あいつは』
『けど乗りこなせりゃ凄いことになるぜ、ありゃそんじょそこらのワイバーンじゃねえよ』
『ホセ…?』
その時、俺はやっと、ホセの目が普通じゃないことに気付いた。
昂ってた。
興奮を隠していなかった。滾った目。ホセとは子供の頃からの付き合いだが、初めて見た。
そして、
『おい、あいつこっちに来るぞ』
ホセの言う通りだった。
イリスは大きく緩く旋回して、俺達のいる中央棟へ向かっていた。速度は変わらず、いや、増々速くなっていた。
『見に行こうぜ!』
ホセは言うが早いか、指揮所を出て展望台へ走った。猛烈に嫌な予感がした。俺は慌ててそれを追いかけた。
………追いついた時には、もう、遅かった。
『―――――――――』
1頭のワイバーンが、ホセの頭上を翔んでいた。
まだ小柄な体躯だが、呆れるくらいに疾い。何頭もレース用ワイバーンを見てきたが、信じられない速さだった。
それでいて全速力を必死に出してる感じもしない。ただただ自分の気分の赴くままに飛んでいる。
それが、虹色の眼のワイバーン、イリスだった。
イリスが真っ直ぐ、ホセの頭の上を通過した。
ホセは見送った。
目も、口も、開けたまま。
嬉しさを溢れ零した貌で。
大陸の街という街に霊薬を売り付け、数え切れない中毒者と敵対者の死体を作り、並ぶ者のない裏社会の首領へ成り上がった男が、
イリスが飛び去るのを、ずっと見てた。
子供のような、あの顔で。
ずっと。
拳を、震えるほど、握りしめて。
『―――……』
俺は、それが、何か、決定的な何かが起きたのだけ、理解した。
説明は出来ない。
けど、理解は出来た。
もう引き返せない。
ホセはもうもどらない。
遠くに飛んでいくイリスを眺めながら、俺は無力感に殴られ続けた。
*** *** ***
(以下、当時の新聞記事の一部)
《脱走した若ワイバーンには誰も追いつけず》
《練習中の短距離ワイバーン達をも軽々と追い越したという》
《日暮れ時、自ら馴致ドームへ戻り、賢さが窺える》
《医者に診せるも異常なし。よく食べよく寝て、関係者を驚かせたとのこと》
《この驚くべきワイバーンの名は、イリス》
(……イリスの名が世に出た、最初の出来事である)
*** *** ***
あの脱走以来、イリスの訓練は厳重にした。ドームの出入り口が完全に閉まったことを確認してから、イリスをドームの中に飛ばした。訓練に関係する人間も選別した。物凄く神経を使った。
だが、それでも、イリスは目立った。
トレーニングセンターの中でも外でも。
レースデビュー前から取材の申し込みが殺到した。
脱走の件があったから、人間の指示を聞くための訓練に専念させたい、と言って断った。
だが、イリスはきちんと訓練させると驚くくらい呑み込みが早くて、レース準備に早く移らせたいとトレーナー達からもせっつかれた。
ワイバーンのレース訓練は空を飛ぶ。隠せない。だが仕方なかった。隠そうとすればするほど逆に探りを入れてくる人間が増えた。
公開するしかなかった。
*** *** ***
(以下、当時の新聞記事の一部)
《イリス、トレーニングを公開》
《驚異的な能力》
《年齢を裏切る速さ、持久力、軽快さ》
《新人王は確実か》
《大陸最大のトレーニングセンターのオーナー、イリスのデビューを自身も楽しみにしているとコメント》
*** *** ***
目立った……とにかくイリスは目立った。
あいつは愛想が良かったし、根は甘えん坊だし、見てくれも良かったし、何より異常なくらい速かった。
しかも訓練を重ねて分かったが、速いだけじゃなくて小回りも利くし、意外だがドライバーの指示もちゃんと理解してくれた。それでいて体力は無尽蔵。
どんな距離のレースでも、運搬から障害レースまで、何にでも対応出来た。
だから、どのレースでデビューすべきかを、俺はホセやトレーナー達を交えて話し合わなくちゃならなかった。
『目立ちたくない。新人王戦は避けて年末のデビューレースに出よう』
と俺は言ったんだ。
だがトレーナーたちは反対した。
『もう無理です、これだけデビュー前から目立ってるのに新人王戦ルートを取らないなら、逆に怪しまれます』
『イリスの調子じゃ、デビューを伸ばす言い訳も難しいです。いつ飛んでも絶好調って感じに飛びますから』
連中の言い分は尤もだった。
イリスのデビューをレース業界人たちは今か今かと待ち望んでいた。
取材しに来る人間は後を絶たなかった。イリスのトレーニング結果の数字も期待を後押しした。
ここで連中の予想を裏切ると、いらんところまで嗅ぎ回られるのは明らかだった。
『……どうする、ホセ?』
俺やトレーナーは、ホセを見た。
ホセは今までこういうのに口出ししたことはなかった。それは俺の仕事だったからだ。
俺もホセに報告こそすれ相談はしなかった。ホセを煩わせることはさせなかったからだ。
だが、イリスの件は、例外だった。
あいつは今までと何もかも違った。
だから俺は、ホセに訊いたんだ。
そして、ホセは目を瞑って、充分に時間を掛けて考えて、言った。
『――――――新人王を、獲るぞ、イリスで』
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(以下、当時の新聞記事の一部)
《イリス、衝撃、圧倒的デビュー!!》
《子供と大人、いや、それ以上の能力差を見せ付けてデビューレースを圧勝! 大圧勝!!》
《驚異の70レングス差!!》
《デビューレース・レコードも大幅、超大幅更新!!》
(※レングス:ワイバーン1頭分の身体(口吻先から尻尾の付け根まで)の長さ)
《新人王どころではない、我々は幸運にも、伝説の始まりを目の当たりにしようとしている》
《歴史の変わる瞬間を見逃すな!》
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イリスは………滅茶苦茶だった
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《イリス、短距離、中距離部門に続いて長距離部門でもレコード大幅更新!》
《記録的な観客動員数》
《圧倒的な支持率》
《全距離3冠新人王、誕生!!》
《3冠新人王イリス、歴戦の年上ワイバーンたちを鎧袖一触!! 次元が違う! 格が違う!! 存在が違う!!!》
*** *** ***
何かひとつでも適性のあるレースはないか、と駆けずり回っていたことや、
目立たないよう、目立たないよう、と神経を遣って仕事をしていたことを嘲笑うように、
俺が心血を注いでいたものを、イリスは、無邪気に壊していったんだ、1年もかけずに……
*** *** ***
《新人王イリス、障害部門でも無敵!!》
《4冠王イリス、運搬部門を圧倒的、圧倒的パワーで粉砕!!》
《前人未踏》
《天衣無縫》
《卓爾不群》
《短距離、中距離、長距離、障害、運搬の5部門、完全制覇》
《君臨。女王イリス》
《ワイバーンレースの歴史は2つに分類された。イリスの前と、イリスの後》
《今、イリスの時代が幕を開ける》
*** *** ***
………俺が避けたかったことが、怒濤のように襲ってきた。
トレーニングセンターはいつだって記者で満員御礼だった。
連中は四六時中イリスのことを嗅ぎ回った。
イリスだけじゃなくトレーニングセンター自体のことも、イリスの母親も父親も、イリスの産まれた牧場も、イリスのオーナーも、レースマネージャーの俺のことも。
何もかも調べようと連中は躍起になった。
無断で敷地に入るやつも出た。
俺は警備を厳重にせざるを得なかったし、違反した新聞社へ公式に抗議せざるを得なかった。
真っ当なオーナーや牧場長ならするであろう行動をしないと、逆に不審がられるからだ。
火に油、ってやつだったよ。
記者連中がそこまでするようなワイバーンがいるらしい、どんなレースをするのか一目見てやろう、そういう流れが出来ていった。
……イリスは、あまりに輝きすぎたんだ。
普段ワイバーンとは関わりのない人間にすら、その光は届いた。
イリスのレースを見たことがあるか?
一度見れば、まず忘れない。
灼かれるんだ、見たら。
もっと見たくなる。
飛んでいるところも、飛んでいないところも。
熱狂だったよ。
ブームなんて言葉じゃ説明出来ない。
社会現象って呼ぶやつもいたな。
イリスが話題に出ない日はなかった。
ワイバーンレース新聞も協会公報誌も売り場から一瞬で消えた。
イリスのことが書かれたものはなんだって売れた。
みんなイリスを知りたがった。
イリスに関係するものも。何もかも。
知りたがった。
俺たちのことを、知りたがった。
*** *** ***
《イリスのオーナーは戦場帰りの雑貨商》
《戦友と共に牧場を経営》
《小さな牧場で地道に繁殖を繰り返し、増やし、レースオーナーを決意》
《艱難辛苦の日々を乗り越え、イリス誕生》
《まさにサクセスストーリー》
*** *** ***
俺の苦悩をよそに、ホセはイリスを全てのレースに出させた。
本当に、ありとあらゆるレースにだ。
年齢制限や性別制限のないものなら、大陸中のどの場所のどのレースでも出場した。
当然、勝った。
敵などいない。
どこで飛ぼうが、どんな距離だろうが、どんなルールだろうが、イリスは圧倒的な力と輝きで勝利して、見てるやつ全員を灼いた。
イリスが次にどのレースに出るのか、あっという間に伝わった。
イリスが出るってだけで、レースのあらゆる売り上げが記録的に上がった。
どこのレース主催者もイリスに出て欲しがった。
歴史と伝統を担う方々が、兵隊あがりのご機嫌取りだ。
ホセは一気に時の人だった。
栄光を掴んだ。
もちろん、それは正しかったし、正しくもなかった。
俺の仕事、本来の、霊薬の作る馬鹿みたいな量の札束を銀行に入れる仕事は、二進も三進もいかなくなった。
仕事をするはずの暗がりは、イリスの眩しすぎる光に追い出された。
あんな馬鹿みたいに注目される状態じゃ、あの仕事はできない。
ワイバーンとは全く関係ない倉庫や屋敷の地下室に札束が詰め込まれても、俺たちはそれを使うことが出来なかった。
霊薬を売ってもカネが使えないなら意味がない。
商売あがったりだ。
イリスがいる限り。
だから、俺はホセに言うしかなかった。
『イリスを引退させるしかない』
ってな。
そしたらホセは、
『分かった。引退させよう』
ホセは、言ったんだ。
『ただし……』
こう、言ったんだよ…
『――――――――大陸横断レースを、ラストフライトにする』
*** *** ***
*** *** ***
(後編に続く)




