クリスマスのダンスパーティー 、安奈と最後の夜
安奈を駅まで送ってから一ヶ月が過ぎ、街が冬支度を始めた頃、夜に実家の電話が鳴った。
「はい、桂木です」
「あ、大和くん? 佐藤です」
「安奈?」
「うん、久し振りだね。遅くなったけど、あの日のお礼、まだだったから……」
「あ、ああ、休みだったし、構わないよ」
「……あのね……大和くんは今フリー?」
「え? フリーって彼女がいるかって事? まあ、そうだけど……」
「今度大学で、クリスマスのダンパがあるんだけど、プロムみたいにエスコートしてくれない?」
「それって……俺で良いの?」
「うん、大和くんにお願いしたいの……」
少し迷ったが、俺は誘いを受け入れた。あの頃から、安奈の笑顔はいつも俺の心に残っていたから。もう一度、安奈と向き合ってみたかった。
当日。車で迎えに行った安奈の胸には、あの時プレゼントした、スターリングシルバーのネックレスが光っていた。
「安奈、それ……」
「うん、大和くんに貰ったやつ……。大切にしてるよ」
「ああ、良かった。凄く似合ってる」
「ありがとう」
車の中は、文化祭で告白した時の話が飛びだした。
「あの時、本当は大和くんじゃなくても良かったんだ……」
「ええ〜」
「大和くんは、なんであんな事言ったの?」
「……中学の時から気になってたんだよ」
「じゃあ……、本気の告白だったんだ?」
「勘弁してよ…」
車内は、まるで恋人同士に戻ったような、そんな感覚に包まれ、弾んだ会話の中、安奈が通う大学に到着した。
大学の講堂は、カラフルなモールに飾られ、無数の紙のツリーとミラーボールがキラキラと光を放っていた。ホールでは汗と香水の匂いが混ざり合った熱気が溢れていた。
耳をつんざくようなディスコナンバーが流れる中、汗で濡れた安奈の髪は、ミラーボールの光を浴びて、まるで宝石のように輝いていた。
「安奈、踊り上手いね」
「こう言う時は、楽しまないと損だよ」
あの頃の、少し控えめな少女はもういない。そこにいたのは、自信に満ち溢れた、大人の女性だった。
やがてDJの声が響いた。
「ラストナンバーです!」
照明が落ち、静かなピアノのイントロが流れる。ビリー・ジョエルの「Just the Way You Are」。
騒がしかった空気が嘘のように静まり、ペアになった学生たちがゆっくりとフロアに出て行く。安奈が囁いた。
「……踊らない?」
ためらいながらも、俺は頷き、彼女の手を取った。
肩に添えられた手の温もり。すぐそばで聞こえる、安奈の鼓動。初めて触れる、彼女の温もり。
まるで時間が止まったかのように、世界には俺と安奈しか存在しないような、錯覚に陥った。
二人はほとんど言葉を交わさず、ただ音楽に身を任せて揺れた。
次第に身体を寄せ合う。彼女の両手が俺の首に回り、彼女の肌の柔らかさを感じる位になった時、安奈は言った。
「……大和くん、あの時はごめんね。真理が色々言ってきたから、どうしていいか分からなくなっちゃって。大和くんのこと、ずっと好きだったから」
「いや、悪いのは、ハッキリしなかった俺だから……。ちゃんとした告白もしないままだったよね。安奈、ずっと好きだった」
「今夜こうして踊れて、本当に嬉しかった。デートと言えば、登校前の短い朝デートだけだったから。ちゃんとしたデートらしいデートもしたかったんだ」
「うん、そうだね」
「……最後にやっと願いが叶った。ありがとう」
「え……」
「ごめんね。今日誘ったのはちゃんとお別れしたかったからなの。大好きだった大和くんとの高校時代。あのまま別れて嫌な思い出にしたくなかったから……」
「そうか、そうなんだ……」
安奈に涙はなかった。彼女の言葉からは、新しい出会いや経験を経て、過去にとらわれず未来を見つめようとする意志が伝わってきた。
そして曲がラストのトランペットパートになった時、ふいに首に回した安奈の手に力が入った。そして引き寄せられるように、安奈の唇が俺の唇に重なった……。
「えっ?」
ほんの一瞬。瞬きするほどの短い時間。でも確かに唇の温もりを感じられた瞬間だった。
呆然とする俺を見て、安奈は少し寂しそうに、でも悪戯っぽく微笑んだ。
「大和くん、私たちのファーストキス。忘れないでね……」
「あ……、安奈」
「元気でね。大和……」
その時、ラストナンバーが終わり、辺りが明るくなった。
彼女はドレスをふわりと舞い上げ、人混みの向こうへ消えていった。
初めて触れた、彼女の温もりと柔らかさ。それが、まるで砂のように、僕の手から零れ落ちていく。安奈ともう一度……そう願っていた自分が、ひどく滑稽に思えた。
ホールの外に出ると、冷たい風が頬を打った。街にはイルミネーションが瞬き、どこか遠い世界のきらめきのように見えた。
その夜を境に、俺と安奈が再び言葉を交わすことはなかった。
さよなら、安奈。
安奈と過ごした最後の夜を振り返ると、最後のキスはあまりにも鮮明に残っている。ただ未完成のまま終わった恋だからこそ、安奈の笑顔は、あのクリスマスの夜の温もりは、永遠に俺の中で生き続けるだろう。あの時、もし……なんて、今更考えても仕方ないけれど、俺たちの未来は変わっていたのだろうか。そんなことを、今でも時々考える。
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