不成就的恋愛
朝の光が瞼に刺さる。うっすらと目を開けると隣にはキミがいた。
「ああそうか⋯⋯」
薄ぼんやりした靄のような意識が徐々に輪郭を形作ってくる。
私の隣にいるのは密かに想い続けた人。
妻子があることは初めから知っていた。だから何度も諦めようと思った。
仕事で見かけるスーツ姿が眩しくて。
幼さが抜けない笑顔が愛しくて。
名前を呼ぶ声が苦しくて。
自分の甘ったるい気持ちを理性という苦みで必死でコーティングしたそんな恋。
誰にも打ち明ける訳にはいかない。キミ自身にも。
だってそんなこてをしたら、ワタシは「人のモノを欲しがる痛い女」のレッテルを貼られてしまう。
ワタシは、キミにはいつだって素敵に思われていたい。
非常識な妄想に囚われていたとしても、常識的な行動をとっていれば周りの人間はそれを真実だと思ってくれる。
野性的なな妄想に囚われるワタシと理性的な行動に縛られるワタシ。
二つのワタシが同じ肉体の中に同居している。どちらが正かなんて誰にも分からない。シュレーディンガーのワタシ。
でも、キミだって本当は似たようなものでしょう?
妻子が大切なフリをして。
世間体が大切なフリをして。
大義名分が大切なフリをして。
ワタシは絶対にこの恋が叶わないと思った。キミがワタシの張った罠に堕ちる訳がないと諦めていた。
だけど、張らずにはいられなかった。
罪人がお釈迦様が垂らした蜘蛛の糸を求めたように、ワタシも一筋の希望を諦めることがどうしてもできなかった。
そして、昨日の夜、やっと奇跡が起こったんだ。
ねえ、どうしてキミはあのときどうしてワタシの隣に座ったの?
ねえ、どうしていつもよりはしゃいでお酒を飲んだの?
ねえ、どうして二人で抜けようよなんて囁いたの?
ねえ、どうしてあの店で手を握ったの?
ねえ、どうしてエレベーターでキスしたの?
昨日の思い出がメリーゴーランドのようにきらきらと頭の中を駆け巡る。
あれからのワタシたちの間に、言葉はいらなかった。
タクシーで当たり前のように、ワタシの部屋に向かい、シャワーも浴びずに抱き合う。
それは予定調和で、至極当然で、野性本能の行為。
「いつから、こうなると思ってた?」
一回目の情交のあと、ワタシはキミにクエスチョンを投げる。予想なんてしていなかったのに、あまりにも自然な流れがまるっきり不自然に思えたから。
「初めて目が合った時かな」
キミはタバコに火をつけながら笑った。
完全禁煙のこの部屋でタバコを持ち込んだ人はキミ以外いない。
普通だったら蹴飛ばして追い出すところだけど、今は不思議とそれが気にならなかった、
一息でも多くこの部屋で息をして欲しい。ワタシはその吐いた呼吸を吸っていたい。キミの呼吸がワタシの酸素になる、それだけで、ワタシの中の何かが報われる気がして。
「もう一回する?」
そう言ってキミはワタシをひっくり返す。
キミの杭に貫かれながら、この時間が永遠に続けばいいとワタシは願った。
妻子のあるキミ。
ワタシは、キミがそれを放り投げてワタシとの恋に溺れてくれるなんて思っていない。
だってそんな愛のない行動はキミには似合わないもの。
ワタシはキミの隣で生きていきたいなんて願わない。
だってワタシはキミに似合わないもの。
だから願わくばいつかキミに殺されたい。
殺し方は絞殺がいいな。
紐なんて使っちゃだめよ?
ゆっくりと頸を締められて。
キミの視線と体温を感じていたい。
締め上げる指の親指の強さも。
ワタシの死体はどうかスープにして。
三日三晩キミのお部屋で煮込んでね。
キミのそばに私、漂っていたいから。
その後は美味しく食べて。
決して他にはあげないで。
やっとキミと本当に一つになれる。
そんな想いなどキミは知る由もなくて。
気がつけば今日も出勤時間が迫っている。早くキミを起こさなきゃ。
少し時間をずらして駅に向かうために。
—了—




