美醜の残骸
ノブレスオブリージュなんてくそくらえ。世の中には持っている者と持たざる者の二種類がいるが、それは別に金に限った話ではない。金は他者に分け与えることができるが、それ以外は分けることができないものがあまりにも多すぎる。
例えば血統。
例えば学歴。
例えば親の理解。
例えば丈夫な身体。
例えば芸術の才。
例えば優しい恋人。
そしてその全てをひっくり返す勝者の持ち物がある。それが『美しさ』だ。
女の世界で、美しさとは時に金よりも価値を持つ。美しさを持つものにこの世界は優しくて、持たざる者には世界はあまりにも厳しい
血統が良くてもブスなら意味がなくて。
学歴があってもブスなら頭でっかちと言われ。
親の理解があってもブスならひねくれて。
丈夫な身体があってもブスならいいように使われ。
芸術の才があってもブスなら陰口をたたかれ。
優しい恋人がいてもブスなら美人に寝取られる。
たちが悪いことに、美しさとは他者から決して分け与えてもらうことはできない。
東京の女子大に進学したワタシは田舎とは違う当たり前の事実にシラバスを知るより早く打ちのめされた。ここでは少々の小金をもっていても何の意味もない。金なら、富裕層の親からいくらでも小遣いを貰える人種がごろごろいる。この場所でヒエラルキーを決めるのは成績でも生まれ育ちでもない、美しさなのだ。
真に美しさを得られる方法は現実的にたった二つである。
良い遺伝子を得ること。
良い執刀医から施術されること。
前者を変えることは生まれついた後にはもう不可能で、後天的に実現可能か手段は後者一択。
「だからワタシは整形手術をした」
美しさを持って生まれて来られなかったワタシが現実社会に復讐するには、他人である美容外科医のメスを借りるしかないのだから。
さて、帝都女子大学の学食の一角では今日も不毛な会話が繰り広げられていた。
「ねぇ、いったいどうしたのその目。ついにやっちゃった?整形なんてやめた方がいいって結局人間中身だよ中身。外見だけ取り繕っても子供ができたらどうせすぐばれるのに。『見た目が良くなくちゃ中身になんてたどり着いてもらえない』?確かにそれは認めるけど……。見た目で選んでくる男なんてこちらから願い下げだと思わない?サイボーグみたいな見た目になってもどうせ港区女子に群がってくるようなおっさんに気に入られていいように使われるだけだって。そりゃあ、ブランド物とかパーティーとか憧れるけど……結局人生真面目に堅実に生きた者が最後に勝つのよ。ねぇ?」
「すごい勢いで喋るね相変わらず……軽く二重にしただけでなんでそんなこと言われなきゃいけないのよ。別に男のためじゃなく、ワタシは自分の気に入る自分でいたいから綺麗にしたの」
口から泡を飛ばしながらマシンガンのように自説を繰り広げるアリサを軽くいなしながら、ワタシはペットボトルのウーロン茶を一口飲んだ。
アリサの見た目はお世辞にも美人とは言えない。身長百五十六センチの中途半端な身長。推定体重六十キロはありそうな本人の言葉を借りるならわがままボディ。厚ぼったい眼鏡の奥には厚ぼったい一重瞼がぎらりとこちらを見据えている。勤め人の娘である彼女は、この帝都女子大学の中では最下級のヒエラルキーの存在だ。そして、彼女と一緒にいる私も。本当ならもう少しヒエラルキーを上げるべくほかの友達とも付き合うべきなんだろうが、ワタシは彼女を嫌いになれないでいた。金持ちでもなく、美しくもない彼女だがワタシのことをなぜか出会った頃から親友認定し、まるでころころとした子犬のようについてくる。今回の台詞だって嫌味ではなく、本心からワタシのことを心配しているからというのが分かっているのだ。
「若い時期なんてほんのちょっとなんだからさ、綺麗でいたいじゃん?それだけだよ」
「ミカ……」
眼鏡の奥の細い目がきゅうっと下がり、アリサはずい、とテーブルに身を乗り出した。Gカップだというおっぱいがテーブルの上に押し付けられる。彼女だって、顔で戦えない分自分の武器を駆使して生きているのを知っている。でもそれはあえて気が付かないふりをワタシはしていた。だってワタシは彼女の友達だから。
「ミカは綺麗だよ、ワタシと違って細いし、身長あるし、モデルみたい」
『モデルみたい』この無責任な台詞を今までの人生で何度聞いただろう。こういう言葉を発する人間は身長が高い人間が全員モデルになれて、肥満児は全員横綱になれるとでも思っているのだろうか。
そう。
ワタシはあくまでも背が高くて細いだけの『一般人』なのである。親も勤め人。特に特筆すべき才能もない。だから、これから医療の力を借りて『美しさ』を手に入れていく必要がある。その事実を、この帝都女子大学は無言のヒエラルキーをもってして教えてくれた。
「モデルみたいっていうのはあそこの……レイカみたいな人たちのことだよ」
声を潜めて、ワタシは奥のテーブルに視線をうつす。
そこには、ひときわ光を放つグループが責を陣取っていた。
――東城レイカ――学内でも有名な生徒。飲料メーカーとして有名な東城ホールディングス社長の一人娘。身長は百六十センチくらい推定体重四十五キロ。小さな顔に抜けるような白い肌。サラサラした黒いロングヘアが輪郭を縁取り大きな瞳には長い睫毛がびっしり生えている。ピンク色のバーキンで登校する姿はいつだって周りの目を惹いた。彼女に群がる取り巻き達も親が裕福なのか一目でわかるブランド物をもち、それぞれ系統は違うがブスは一人もいなかった。
「あの人たちは私たちとは人種違うって……そんなことよりさ、今日のサークル飲みのことなんだけどミカも来るでしょ?ケンジ先輩が最近ミカに会ってないって寂しがってたよ」
ケンジ先輩、という単語に私の胸がずううんと重くなる。ケンジ先輩は一つ年上で帝都大学の医学部にいる。ワタシたちみたいな中途半端な偏差値の女子大に入ってしまった人間にとって、帝都大学の医学部生はこの上ない好物件。しかもケンジ先輩は優しくてイケメンだ。この先輩の気を惹きたくて、ワタシは整形を決意したといっても過言ではない。
「うん、行く」
ワタシはそそくさとウーロン茶をケイトスペードのバッグにしまい、化粧直しを始めた。
その姿を、アリサは細い目をさらに細くして見つめてくる。
「いい日になるといいね、ミカ」
サークル飲みの会場はいつもの居酒屋だった。飲み会の初めは、いつだって居心地の悪さを感じる。ワタシはアリサの隣にすわり、斜めのケンジ先輩のことを黙って見つめていた。
「ミカ、ケンジ先輩の隣行かなくていいの?」
アリサは心配そうな顔で言う。
「なんか……行きづらくて」
「ガールズトーク中ごめんね!ミカちゃん久しぶりじゃん」
なんという奇跡だろう。ケンジ先輩が私の対面にまで移動してきたのだ。
「あれ、なんか雰囲気変わった?」
「え……そうですか……?」
先輩の気を惹きたくて整形したのに、整形したことは悟られたくない。この矛盾に自分でも内心失笑してしまう。
「うん……メイクとか変えた?可愛い」
アルコールが回ってるんだろうか。先輩は少し頬を赤くした。
「あー、変えた……かもしれないです。ありがとうございます」
「オレちょっと酔いすぎてるかも、トイレ行ってくる」
「ミカ、ついてきなよ」
アリサにつつかれて私は立ち上がる。
フラフラとした先輩とトイレに行くと、先輩は無言で個室に駆け込んだ。中から絵図くような声がする。
「ケンジ先輩、大丈夫ですか?お水貰ってきますね」
水を貰いにワタシはバタバタと駆け出した。厨房からグラスに入った水を貰い、トイレに戻ると青い顔をしたケンジ先輩が立っていた。
そしてその横には――東城レイカ――
嘘、このタイミングで?
なんでここにいるの?
「ケンジ先輩……?」
「あら、ケンジくんのお友達?」
涼やかな声でレイカはケンジ先輩に尋ねる。
ああ、羨ましい。持てる者とは声まで綺麗なのである。
「ケンジくん、具合悪いみたいだからワタシが連れて帰る。心配しないで」
レイカはそういうとケンジ先輩之腕をひき、
店の外へ出ていく。慌てて追いかけたが、ちょうど店の前に来たタクシーにケンジ先輩をレイカは押し込み、颯爽と走り去っていく。
ワタシはただ茫然とその後姿を見送っていた。
「あれ?ケンジ先輩は?」
席に戻るとアリサが怪訝な顔でこちらを見つめてくる。
「東城レイカに、持ち帰られた」
「えっ」
眼鏡の奥の細い目が見開かれる。
「持ち帰られたってどういうこと?どうして東城レイカがいるの?」
「わからない……ただ、ケンジ先輩が具合悪そうだから連れて帰るって二人でタクシー乗って行った……」
言いながらどんどん声が細くなっていくのが分かる。目頭が熱い。きっとアルコールのせいだ。
「ふーん……」
アリサは何かを考えながらスマホを出した。しばらく画面をスワイプしていたが、やがて顔を上げ、ニヤリと笑う。
「大丈夫。ミカの恋、きっと上手く行くから。東城レイカなんかに負けちゃダメ」
「ワタシ、勝てるとこなんて一つもないよぉ……」
熱い雫が、堪えきれず頬を伝う。
「大丈夫。絶対いい方向に向かうから」
アリサの分厚い眼鏡の奥が、きらりと光った気がした。
翌日、起きたのは正午過ぎ。なんとなくテレビをつけると殺人事件のニュースが流れていた。ホテルで、女性の首なし死体が見つかったらしい。
(あれ……昨日の渋谷区って飲んでたところのすぐ近く……?)
ニュースが映し出した場所は、昨日の居酒屋から近いホテル街だった。
(殺人犯、昨日すれ違ってたかも……?)
思わず画面を食い入るように見つめる。ニュース画面の上に速報の文字が躍る。
「えー、新しい情報です。遺体の身元が判明しました。遺体は、帝都女子大学二年の東城レイカさん――」
(えっ……)
聞き間違えかと思った。でも、ニュース画面のテロップには確かに書いてある。
――帝都女子大学二年・東城レイカ――
何でも持っているはずの東城レイカ。美しさも家柄もお金もケンジ先輩も――
レイカは、一体誰に殺されたのだろうか?どうして殺されなければならなかったのだろうか?
それにどうして頭部だけないの?
あの東城レイカの美しい生首
「大丈夫、絶対いい方向に向かうから」
関係ないはずのアリサの声が、妙に耳の奥でねばついていた。




