#4 生涯忘れぬ日
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◼︎永禄三年七月 尾張国 中村 村の入口
長い月日を経て、家族の待つ村に帰ってきた。
去る時は今川の透破として、今は織田の武士としてだ。
現代人の俺にとっては、こんな寂れた農村がやがて高層ビルの街になるとは実感が湧かないが、木下弥右衛門の記憶から懐かしいという気持ちが芽生えていた。
ふと、彼の最後の言葉を思い出した。
(私の家族をこの世で一番幸せにしてくれないか?皆が不安なく浄土へ旅立てるように。)
昨日の信長の無茶振りだけでなく、この願いも叶えていかねばならん。家族をこの世で一番幸せにして、不安なく浄土に旅立たせる。言うは易しだが、実現は難しい。
秀吉は天下人になり人生を謳歌する、この世で一番幸せなのかもしれない。ただ、他の家族はどうだろうか。
小学生でも知っている歴史――豊臣の天下は長く続かず、秀吉の死後に徳川家康によって滅ぼされる。秀吉の死後に誰が生きていて、どのような最期を迎えるか。一般教養レベルの知識しかない俺にはわからない。
いずれ徳川家康と向き合い、戦国時代の結末を変えることになるかもしれない。
単なる願いではある。
が、義務として生きていこうと思う。
信長に殺されなかったのは、確実に弥右衛門のステータス故だ。彼に生かされ、その人生を引き継ぐ以上、最期の願いは叶えてやりたい。
我が家に向かいながら決意を固めると、背後から二人の男がはしゃぎながら近づいてくる。
「大変じゃ、大変じゃ〜!おっ母はどこじゃ。」
「どうせ、いつものとこじゃ。おっ父の墓じゃ。
おいらたちが子供の頃に死んだのに毎日通っとる。」
振り返らなくてもわかる。
我が息子たち――藤吉郎と小一郎だ。
俺は仕事道具である顔を隠す布で、鼻から下が隠れる様に頭の後ろで結ぶ。そして、二人が俺を追い越す瞬間に右足で小一郎の足をかけると勢いよく地面に顔を付き、背負っていた少し長い薪木用の木の束が道に散らばった。
「なっ、何するんじゃ」
俺は返答することなく一本拾って藤吉郎に斬りかかる。
猿の様に身軽に躱し、転がりながら両手に木を掴むと片方を小一郎に投げる。
これで、一対ニの状況を作られた。
「誰か分からんが、信長さまの足軽大将のおいらに喧嘩を売るとはいい度胸じゃ。」
「兄さま程じゃないが、おいらも先の戦ではじめて首を取ったんじゃ。謝るなら今のうちじゃぞ!」
再度距離を詰める。二人の持つ木と当たるたびに、カンッと乾いた音がして、手のひらに痺れが走る。木とはいえ、受け止める衝撃は骨に響く。
俊敏な動きで手数の多い藤吉郎、
間合いを保ち一撃が重たい小一郎。
次第に追い詰められていき、俺は尻餅を付いた。
立派になった二人を見上げながら、口元を隠していた布を剥ぎとる。
「立派になったな……二人とも!!」
真剣な顔が、同時に素っ頓狂な顔に変わり、藤吉郎が驚きの顔に変わる。
「ま……まさか。おっ父⁉︎」
再び二人が同じ顔になる。口をパクパクしていた小一郎が唾を飲み込む。
「おっ父はいなくなったはずじゃ…」
「おっ父がいなくなった時は、おいらはまだ五歳だったが、なんとなく覚えとる。人探しをお願いした時におっ母が描いた絵にもよぉ似とるがね!」
小一郎の目が見開く。
「確かに兄さまの言う通り――絵にそっくりじゃ!」
俺は立ち上がると、二人の肩に手を乗せ――
そして、抱きしめた。
両胸が濡れるのを感じた。
◼︎永禄三年七月 尾張国 中村 木下家
おいらは織田家の足軽大将――木下藤吉郎。
家族たちが皆眠りについたのを見届け、ひとり外に出歩き、夜気に当たりながら一日を思い返していた。
まこと、朝から夜まで、息つく暇もない一日であった。
朝、清洲の町外れにある寂れた我が家へ戻った矢先、思いもよらず信長さまより呼び出しを受けた。理由を問う間もなく、信長さまは木下を武家として取り立てると告げ、厳然たる口調で命じられた。
「これよりそなたは、正真正銘の織田の家臣じゃ。扶持を受け、刀を帯び、その身をもって城へ出仕せい。」
何が何だか呑み込めぬままではあったが、まずはこのことをおっ母に知らせねばならぬと思い、中村まで脇目も振らずに走って戻った。
道中、木こりの帰りの小一郎にばったり出会い、事情をかいつまんで話したところ、あいつは黙ってうなずき、そのまま一緒についてきた。
そして――そこで、思いもよらぬことが起きた。
おっ父が、帰ってきたのだ。
死んだものとばかり思うておったが、生きて戻ってきた。あの時ほど涙があふれたことは、生まれてこのかたなかったわ。
それから三人で、おっ母を驚かせに行った。
日課の墓参りの時に飛び出せば、きっと腰を抜かすじゃろう――そう言い出したのは、おいらである。
案の定、おっ母は腰を抜かした。
息もできぬほど泣きじゃくり、しがみついてくる姿を見て、またしても涙がこぼれた。
帰り道ではこっぴどく叱られたが、いつものことと、聞き流しておいた。
おっ父を連れて、四人で家へ戻ると、姉の智と妹の旭がごはんの支度をしていた。
旭は状況を呑み込めぬまま立ち尽くしておったが、智は怒った顔をしながらも、どこか嬉しそうであった。
その後のことは、久方ぶりの家族団欒が嬉しすぎたせいか、細かな記憶が抜け落ちている。
ただ、食卓を囲み、笑い声が絶えぬまま夜は更け、親二人が肩を並べて、幸せそうに眠りについたことだけは、はっきりと覚えている。
目的地である村を一望できる小高い丘に辿り着いたとき、そこに立っていたのは――おっ父であった。
家を出る時には、確かに寝入っていたはずなのに、いつの間にか先回りされていたのである。
「藤吉郎、遅かったな。家を出るのが見えたとき、昔よく一緒に来たこの丘へ向かうと思っておったよ」
不思議と心惹かれる場所だとは思っていたが、幼い頃、おっ父に連れてきてもらった場所だったのか。すっかり忘れておった。
「そんなこと、忘れとったわ。……で、何か用でもあるのか?」
「あぁ。信長様とのことを先に伝えておこうかと思ってな。」
そう言っておっ父は、静かに語り始めた。
今川の透破だったこと――
さきの戦で信長さまに寝返ったこと――
織田の勝利は、おっ父が導いたこと――
そして、武士になり西尾城攻めを命じられたこと――
「ははっ、信長さまらしいやっ」
それが、口をついて出た最初の言葉だった。
同時に、胸の奥から、言いようのない誇らしさがこみ上げてきた。
「無理難題をふっかけられたわ。明日にはここを発たねばならん。次に帰ってくるのはいつになることやら。」
そのおっ父の言葉を聞いたとき、無性に城取りを手伝いたくなった。
親想い――それだけではない。
難しいお題を前にし、腹の底から燃え上がってくるものが、おいらの中には確かにあったのだ。
そうして二人で家へ帰ると、張り詰めていた気が一気にほどけ、ほどなく眠気が押し寄せてきた。
目を閉じながら、ぼんやりと思う。
今日は――生涯忘れぬ日だろう。
そう、確信していた。
ご拝読いただきありがとうございます。
西尾城攻略編の初回でした。
今回を皮切りに、ともに戦うものたちを集めていきます。
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