#1 秀吉の父だった男の桶狭間
初投稿になります。
秀吉の弟が注目される2026年に、秀吉の父に関する物語を書きたいと思い執筆しました。
それではご拝読ください。
◼︎永禄三年五月 尾張国 清洲城
「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。」
敦盛を舞う青年の真上の屋根裏には小柄な男がいた。
名を木下弥右衛門、尾張国中村に居を構え、一妻四子を持つ農民である。
またの名を竹阿弥、今川家に仕え織田家の内情を探る透破の頭領である。
生まれは尾張国御器所村、同じ村の仲という女性に惹かれて子を成した。
男の子が二人、藤吉郎と小一郎。
女の子が二人、智と旭である。
父の生業を継ぎ、田畑を耕しながら耳役として尾張の情報を今川家に伝えてきた。
主である義元公が尾張への侵攻に本腰を入れた十年余前に、対織田家に特化した透破集団“遁尾衆”が編成され、百名余を束ねる頭領として弥右衛門が任命された。
弥右衛門の名はその時に捨て、家族には死を偽り、透破の竹阿弥として今川家の尾張支配の実現に半生を捧げてきた。織田家にとって、もはや逃げ場のない状況が、その成果であった。
遁尾衆による調略で、織田家臣団に内応の芽が生じ、総大将義元公率いる二万の大軍も、着実に尾張へ迫っている。
その最後の詰みの一手を打つべく、弥右衛門は清洲城に忍び込み、敵の総大将織田信長の動向を探っていた。
優雅に敦盛を舞い終えた信長は小姓に命じて出陣の触れを発した。城内が慌ただしくなるのと同時に天気が急激に崩れだす。
「清洲にて座して待つは、死を待つに等しい。今こそ義元が居処を探り、討って出る。」
屋根裏で、その言葉を一言一句聞き逃さなかった弥右衛門。ついに掴んだ最後の一手。信長が清洲城で籠城せずに出陣する旨を知らせれば、奇襲に万全を期すことができ、今川の勝利は確かなものとなる。
これほどの成果を出し、尾張が今川領となれば、その恩賞で生き別れた家族とゆっくりと暮らしていくことも許されるはずだ。これが最後の大仕事、そう思いながら腰を上げたその時|だった。
弥右衛門の頭上で大きな雷鳴が鳴り響いた。
直後、経験したことのない痛みが全身を貫き、稲妻が自らの身に振り注いだことを悟った。忍んでいた屋根の梁は裂かれ、小さな体は追い続けてきた信長の目の前に投げ出された。
「…お主、何者だ。」
その目は厳しく、一度だけ目にした義元様以上の圧を感じた。
刀を首元に押し当てられ絶体絶命の状況の中、雷の影響で燃える炎が弥右衛門と信長を取り残すように囲んでいく。万事休す、死を覚悟した。
炎の揺れによるものか、身に走った衝撃のせいか、視界が定まらない。
目の前の男の問いに応える間もなく、忘れたはずの記憶が押し寄せてきた。
仲…
藤吉郎…
小一郎…
智…
旭…
もっと家族のために時を費やすべきであった。
五人の顔が浮かんでいく中、弥右衛門の知らない女性の顔が浮かんでくる。見慣れぬ装いを着た自身よりも背の高い女性だ。
一度も会ったことのないその女性との情景が頭を駆け巡る。見慣れぬ服装、見慣れぬ場所、見慣れぬ乗り物…。弥右衛門の頭の中には自分ではない何者かが入ってきた感覚がした。
その何者かが弥右衛門の口を動かす…
「織田信長…、木下…藤吉郎!俺が豊臣秀吉の父親⁉︎」
何故かは不明であるが、自分の家族たちが藤吉郎を中心に見たことのない大きな城で笑う姿が思い浮かんだ。
信長と無言のまま睨み合い続ける。その数秒の間にも弥右衛門の意識は失われていき、別の意識が浸透してくる。
そして、何者かは弥右衛門の口で信長に向かって叫んだ。
「我が名は木下弥右衛門。今川に仕えし透破の頭領よ。我が力をお主に貸そう。交渉次第で義元を討つ機会を約束してやる。」
脳内で何者かに問いかけられる。
(思い残すことはないか?)
その言葉と消えゆく意識から自身の死を悟り、最期の後悔からの言葉を伝える。
(私の家族をこの世で一番幸せにしてくれないか?皆が不安なく浄土へ旅立てるように。)
(わかった。あとは任せておけ。)
その言葉を最後に、弥右衛門の意識は静かに闇へと沈んでいった。
秀吉の父に関する事はほぼ分かっていないので、そこを創作で補っていきます。生年は不明のため、1516年(永正13年)生まれで、物語開始時点は44歳という設定です。
次は〈何者か〉視点の話です。
3話までは本作のプロローグになります。
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