33(終) 脱出した、人間
◇◇
どれぐらい……経ったのだろう。
軽い頭と、あまり見えていない目で周りを見る。
視線を動かす度に視界がぐわんぐわん揺れる。
崩壊した先には、星空が広がっている。
腐臭がそちらの方へと流れ、久し振りの新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。すぐに咳き込む。肺の奥が焼き付いて浅い呼吸しか出来ないらしい。
「……外……」
声は掠れ、肺の方からヒューヒューとした音が漏れる。
私の体は歪な姿勢のまま地面に投げ出されている。どうやってこの地上に戻れたのか分からない。だがあの崩壊した最後の場所から帰還出来たのだ。
生きて、帰還したのだ。
――――本当に……出られたのか?
構わない。これが幻覚だとしても。
星空がこんなに美しいなんて。
空気が、こんなに美味しいなんて。
すべてが新鮮で、まるで全てを始めて経験するかのように心が震える。
「おい! 誰かこっちにいたぞ!」
「あの爆発に誰か巻き込まれたのか? 生きている奴、いるかぁ!」
「おい、これって……。ダンジョンに出口が出来たのか⁉︎」
「何⁉」
「誰が攻略したんだ⁉︎」
「こっちだ! 誰か倒れているぞ!」
「ゴロノフ達、すげぇな……!」
――――あぁ……本当に、出れたんだ
出られた。
私は小さく笑いながら、再び意識を失った。
◇◇◇◇◇
「最上級の中でも難解ダンジョン指定になった」
隊長は部屋に入ってくるなり私の許可を待たずにベッド横の椅子に座る。大男の体重で椅子が軋む。
「誰もまさかあんなに深いダンジョンだとは思ってなかったよ。お前をあんな状態で出口で見付けて皆慌てたぞ」
彼が差し出す瓶を受け取り、中の濃い液体を流し込む。ビリビリとした熱が喉を焼く。
「……蔦は……見付かったの?」
隊長は首を振る。あの弾力のある髭を僅かに引っ張る。
びよぉぉおおん びょぉぉん
「焼けた蔦らしき物は見つかったが生きたのは見つかっていない。危険すぎて入り口付近で引き返して貰ったからもっと進めばあるのだろうが。……すまん、ユートの体を迎えに行けそうにない」
「分かっている」
私は溜息を吐いて視線を外す。
「行けたとしても擬態をしているかも知れない。擬態していた時は本当に違和感がなかった。あんなのが外に出たらマズい」
びょん びょぉぉおおん
「……本当に行くのか? 情報塔としてはお前にいて欲しい。頭も使えるし、戦闘技術を教えるだけでも嬉しい」
「いや……、もう、ここにはいたくない。このダンジョンは嫌いだ」
「以前はこのダンジョンが大好きだったのにな」
それには何も言わずに、私はシーツをめくる。気を付けながら義足で立ち上がる。
「このダンジョンから少しでも離れたいんだ。今日出発する」
「そうか。気が変われば戻って来い。お前だったらいつでも歓迎する」
邪魔にならないように肩から切断された右腕の袖を結んでくれる。
「元気でね、隊長」
「お前も元気でいろ、シロイ」
隊長の太い腕が私の左腕を力強く叩く。
彼が部屋から出ると洗面台へと行き、自分の顔を見る。
――――顔色最悪じゃん
この街を出る前、最後にユートの好きな食堂で飯を食べて行こうか。彼の好きな干し肉屋にも寄りたい。その後は目的地を決めずに行こう。ひたすら歩いて、遠くへ行こう。
「にしても、この宿も古くなったな」
下水管の匂いが酷くって顔をしかめる。むき出しの排水口を見る。
――――あのダンジョン、この街の地下に広がっているのよね。あの腐液が滲み出ているのだろう
あの蔦の規模を考慮すると蔦はかなりの年月ダンジョン内に浸透していったのだろう。あんな蔦や擬態は聞いた事ないし肉塊のようなモンスターも聞いた事ない。ダンジョンや地下の地盤でどうにかろ過されて感染はないのだろう。
私は新しい包帯を出し、腹部を露出する。一ヶ月経っても治らない傷。そのじくじくして腫れた傷口に軽く触れる。
プシュッ
少し鮮血が血び散り、激しい腐臭が漂う。
あのユートに上げたゴロノフの薬草。私も少し毒味の為に味見をした、あの薬草。
――――大丈夫。大丈夫。私は、人間。私は……人間――――
結城一『ダンジョンの救助部隊』
完




