第104話 向かい風の中で
「ウサギが跳ねてきたなぁ。風が強くなってきたようだね?」(※1)
ボクは船室の丸窓から海を眺めながら一人ごちる。
船はゆっくり揺れながらも、しっかりと歩みを進めているようだ。
受付嬢(もっとも、今はナース姿だが)の話によると、この船は現在、島にある南北2つの港のうち、北側の港を目指しているらしい。
追い風の時期は1昼夜も走れば港へ入れるが、今は向かい風。
……なので、もちろん風に正対して帆走することもできず、左右にジグザグ大きく角度をつけながら、少しずつ南へと進むことになる。(※2)
これだとおそらく、港に入れるのは明日の夕方、もしくは明後日の午前中にずれ込むことであろう。
「この船の中で落ち着いて使える時間は、実質まる一日というところか……さて、何から始めようか?」
タヌっ娘に紅茶を注いでもらったボクは、みんなの表情を見ながら静かに言った。
「う〜ん、私たちは予定外だったから、まだ何にも理解していないんですけどね?」
ネコ娘とキツネ姉さんは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
「ま、ウチらも内容を一部しか把握していないようやから、似たようなもんやと思うけどな?」
タヌっ娘もおどけてみせる。
「逆にいうと、作戦を立てたボクはボクで、ココ2〜3日何が起こったのか良く把握していないし……まだちょっと頭が回らなくて、ぼーっとしているんだけどね。」
そう言いながらボクは紅茶を一気に飲み干す。
「でしたら、何か強いお飲み物をお持ちしましょうか?」
席を立とうとする黒髪の魔導士。
「あ、でしたら飲み物もですが、ちょっとお腹が空いていて。何か口に入れるものがあるとイイですね? ……ええと、あなたのこと、何とお呼びすれば?」
「あぁ失礼しました。自己紹介がまだでしたね。……ワタシのことは『ヘイリェン』とお呼びください。」
そういうと魔導士はニコリと笑い、部屋を後にした。
「ヘイリェンは、サル国奥地の辺境の村出身らしく……あの娘も子どもの頃、村を焼かれて故郷を追われたそうです。」
「そう……。 失礼ながらサル国とは、そういったものなのですか?」
「都市部と地方ではかなりの収入格差がありますし、辺境の小国や少数民族の村では……同化政策のために多くのものが犠牲になった歴史があります。」(※3)
受付嬢は重々しい表情でそう答えた。
「……何だかねぇ。なぜもっと仲良く出来んもんなのかねぇ。」
あらら、ちょっと空気が重くなったね。要らんことを聞いてしまったかもしれない。
すると都合よく、魔導士が部屋へ戻ってきた。
ツナや佃煮を上に盛り付けたクラッカーがお皿の上に並べられ、人数分のグラスと……そして赤ワイン。
「あっはは、そう来ましたか。」
「ふふ? ちょうどよろしいのと違います? ウチらも喉が渇いてましたさかい。」
笑顔を見せるキツネさん。
うん、まぁいいか……こういう時は多少飲むに限るね?(※4)
しばしワインを堪能していると、上層の足音が忙しくなり、何やら騒がしい雰囲気。
それとともに、船のあちらこちらがギギイと軋み始める。
突然、足元がフワリと軽くなったかと思うと、傾いていた床が一度すぅっと水平へ戻る。
ちょっと不思議な感覚に、みな顔を見合わせた。
「ご安心ください。『タッキング』が始まったのですよ。」(※5)
魔導士がゆっくりとそう告げた。
が、やがて船はゆっくりと、今度は反対側へ傾き直した。
テーブルの上のグラスとワインが、揃ってじりじりと滑り出すのを見て、慌ててグラスを手にする一同。
騒がしさが一段落し、ワインが2本目に入ったところで……ボクは口を開いた。
「じゃ、現時点で考えられる今後の動きと、それに必要な情報について話しておきましょうか。」
皆さんはボクの顔を見て、静かに頷く。
「まず目的は、先ほども少し説明した通り……攫われた人々を可能な限り救い出すことが最優先。そして、出来れば貿易拠点を潰すことです。」(※6)
「ええ、それは分かります。ただ、このメンバーだけでは……」
ネコ娘は不安を隠しきれない。
「もちろんボクらだけではムリだよね。援軍となる『本隊』を上陸させる必要があるんだ。だからまず必要なのは、あの島の防衛体制をよく調べて、その『鉄壁』を崩すヒントを得ることなんです。」
「なるほど、でもそう上手くいくのでしょうか?」
「それは調べてみないと分からない。でもね……人がやってることなんだ、必ず穴はあるものだよ。」
「せやな?世の中に完璧は有り得んよってな?」
「そう、そして人というものは、必ずミスをする生き物なんだ。そこに付け込むのがボクたちの『仕事』だよ。」
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※1 波頭が白く立つことを「ウサギが跳ねる」と表現する。風力4以上になると、かなり目立ってくる。
※2 風に対し斜め45度程度の角度で進み、その後方向を変えて逆側の斜め45度に進路を変更する……これを繰り返してジグザグに風上へと向かう手法を「タッキング」と呼ぶ。
※3 多くの「もの」……ということは、「者」だけでなく歴史や文化をも含む、と解釈すべきである。
※4 ウソコケ!いつも飲んどるやろがい!www
※5 ※2参照のこと
※6 素人相手なので、タマキはできるだけ分かりやすい表現を選んでいる。




