最終話 エラド王国には二人の勇者がいる
エラド王国で政変が起こり、勇者アレスが“代王”として即位してから半年の月日が流れた。
アレスは剣術だけでなく、君主としても非凡な才能を発揮。
妻クレアはそんな夫を奔放に振舞いつつも健気に支えている。
勇者としてのネームバリューも手伝い彼は早くも、退位後に病に伏せってしまったかつての王ゴードウィンを超えつつある。
アレスと会談を行ったある国の国王は、
「勇者アレス殿はゴードウィン殿よりも遥かに王の器だ」
と絶賛した。
しかし、アレスは多忙の中、毎日の剣の稽古は決して欠かさない。
ある兵士が「あなたはもうそこまで強くならなくていい立場でしょうに」と話しかけるとアレスは、
「いや、私はある男に追いつかねばならないんだ」
と返したという。
その“ある男”はどうしているのかというと――
***
クワンの町、町長宅の近く。時刻は昼前。
町長の息子ダニエルが真剣を上段に構えていた。
そして、全力で振り下ろす。
「風烈斬!」
風が巻き起こる。
ラディルのそれに比べると範囲は狭いが、技にはなっている。
「おぉ、よくなってきたよ」
ラディルが拍手する。
「ホントですか!」
ダニエルは歯を見せる笑みで喜ぶ。
「ああ、このままいけば他の三つの技もすぐマスターできる」
「やったぁ!」
ラディルは元々“風林火山”の技をダニエルに教えるつもりはなかった。
妖刀に意識を乗っ取られたこともあるし、あまりに力をつけさせるのは不安だった。
しかし、ラディルとの稽古を通じてダニエルも逞しくなり、今のダニエルなら教えても大丈夫だろうという判断に至った。
「じゃあ俺はそろそろ行くか。自主トレもしっかりな」
「ありがとうございました!」
少し遠い未来、クワンの町にメチャクチャ強い町長が誕生するかもな、とラディルは思った。
ラディルは帰る前に西の商店地帯に立ち寄る。
すると、かつてのニセ勇者、ニセ魔王ことワレスと魔獣オークのコンビに出くわす。
彼らは昔ラディルがやったように、空き家を改築している。
「おお、お前ら、何やってんだ?」
「実は俺ら酒場の二号店を出すことになりまして」
「二号店!?」
意外な展開にラディルは驚く。
「酒場の主人が、俺らの接客も様になってきたから、自分で店やってみるのもいいんじゃないかって」
「へぇ~、まあ何事も挑戦だな」
ワレスの相方であるオークも張り切っている。
「オレ、ガンバル!」
「二号店、期待してるよ。出来れば俺は勇者割引してくれよ」
「いいや、勇者割り増しさせてもらう!」
「おいおい……」
苦笑しつつ、ラディルは二人と別れる。
自宅に向かっていると、今度は走っているセネックと出くわす。
「どうしたセネック?」
「あ、ラディルさん。急患が出まして……」
かつては一つの村を奇病で悩ませた彼も今ではすっかり町の頼れる薬師である。
「俺も何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます!」
走っていくセネックの背中はとても頼もしかった。
アレスも彼がいなければ助からなかったし、いずれ国を代表するような医者や薬師になるかもしれない、と感じた。
ラディルはいい気分のまま家に帰る。
「ただいまー……サーナは留守か。お?」
キッチンからトントントンという音がする。
ラディルが覗くとエプロン姿のベリネがいた。手にはもちろん妖刀が握られている。
「今日の飯は?」
「シチューだ。今野菜を切ってる」
「お、シチュー! いいねぇ~」
妖刀もノリノリで喋る。
『ベリネのアネさんのシチューは最高なんすから! たっぷり味わって下さいよ!』
すっかり包丁気取りの妖刀に、ラディルは呆れてしまう。
「お前の包丁ぶりもだいぶ板についてきたな」
『いやー、なんつうか料理の楽しさに目覚めたっていうか』
「お前はただ切ってるだけじゃねえか」
妖刀にツッコミを入れつつ、ラディルはリビングでソファに座る。
やることもないので、剣の手入れをする。
白い布で刃を磨くと、こいつとも長い付き合いだよな、などとつい感慨にふけってしまう。
鉄でできた武骨な剣だが、多くの敵を斬り、多くの危機から主人を救ってきた。
これからも頼む、という想いを込めて丁寧に手入れを進める。
しばらくしてサーナが帰ってきた。
「ただいまー」
「おう、お帰り。どこ行ってたんだ?」
「営業活動!」
「さっすがサーナ。何か仕事取れたか?」
「うん、近くの町に崩れそうな橋があるんだって。かえって危ないから、『勇者さんに斬ってもらって、完全に崩して欲しい』って依頼」
ラディルはニヤリと笑う。
「いいねえ。久しぶりにかなり豪快な依頼じゃないか」
「でしょ~!」
ベリネがシチューの入った鍋を持ってくる。
「できたぞー」
「お、いい匂い!」
さっそく三人で食卓を囲む。
スプーンでシチューを口に運ぶ。
ベリネのシチューは濃厚でコクがあり、非常に美味に仕上がっていた。
「ベリネちゃん、美味しい!」
「ああ、腕を上げたな」
「ふふ……ありがとう」
魔王の娘ベリネもすっかりクワンの町に馴染んだ。
さすがに正体は明かせないが、金髪の令嬢としての仮の姿で、平穏な日々を送っている。
「ところでベリネ、お前なんか強くなってないか?」
食べながらラディルが問う。
ベリネの雰囲気の変化を敏感に感じ取っていた。
「うむ。どうやら魔族は仮の姿でいると、それ自体が鍛錬になってしまうらしい。私の内で、魔力が前よりも増したのを感じる」
「おいおい……じゃあ、今真の姿になったら、かなりのもんになるんじゃ……」
「かもしれんな」
ラディルは驚嘆し、サーナは目を輝かせる。
「俺がベリネにボコボコにされて、マジで魔女王時代来ちゃう?」
「すごーい! ベリネちゃん!」
しかし、ベリネは首を横に振る。
「そのつもりはない。私がラディルに勝てるとは思えんし、私はお前たち二人や、人間の行く末をゆっくり見守っていきたい。そう思っている」
慈愛に満ちた穏やかな瞳をするベリネを見て、ラディルとサーナは安堵する。
ベリネがこの先人間の敵になるようなことはない、と。
「ベリネちゃんも欲がないよね。ま、それはラディルも同じか。“辺境の領主に”って話も来てたのに、断っちゃうし」
ラディルは肩をすくめる。
「だってよサーナ、俺に領主なんか務まると思う?」
「……無理だね」
「不可能だな」ベリネも乗っかる。
二人からばっさりと言われ、ラディルはへこむ。
「こうまではっきり言われると心にくるものがあるな。だけど、今の新しい領主は真面目な感じの人で、よくやってくれてるし、俺はとりあえず辺境の勇者でいるよ。こうして仕事をこなして、時には戦ってさ」
「うん、その方が似合ってる!」
「お前の生き方、私もかっこいいと思うぞ」
「ありがとよ、二人とも! それじゃ、とりあえず橋でも斬りに行くかぁ! ついでに新しい橋の建設でも手伝わせてもらおうかな」
シチューを綺麗に平らげ、三人で後片付けを済ませる。
サーナとベリネを伴い、ラディルは家の扉を開ける。
人々は口にする。
エラド王国には魔王を倒した二人の勇者がいる、と。
一人は君主も務める王都の勇者アレス。そしてもう一人は、ひょうきんでどんな仕事でも引き受けてくれるが、剣腕は誰にも負けぬ辺境の勇者ラディル。
ラディルと直に会った人は、その勇者らしからぬ気さくさに驚きつつも「剣の腕は凄かったし、面白くていい人だった」と評することが多かったという。
おわり
勇者の相棒ラディルの物語、完結となります。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたら、評価・感想等頂けると嬉しいです。
今後の創作活動の燃料とさせて頂きます。
これからも様々な小説を書いていきたいと思っていますので、
今後ともよろしくお願いいたします!




