2章 ③
「そこどきやがれ。女でも容赦しねえぞ!」
「どかないよ。ついでに向こうから来るもう二人もまとめてかかっておいでよ」
琴絵は新しい紙に何かを描きながら答える。橋の反対側から来ている男女二人は増援だろう。
新手を見つけて高度を下げていたバルドは琴絵の傍へやって来ていた。手すりに降り立ち琴絵を見ている。動く気配のないバルドを見て琴絵は首を傾げた。
「余裕面しやがって。後悔させてやるよ!」
「うるさいなあ。バルドさ、空奏くんのとこ行かなくていいの?」
「ん? 一人じゃ寂しいかと思ってな。お邪魔だったかい?」
「そんなことないよ。バルドは優しいね」
「しばらくこっちに向かってくるやつは居なさそうだ。思いっきりやっていいぞ」
「無視してんじゃ、ねえ!」
男が自分の腕に刺さった琴絵のナイフを投げ返す。するとナイフは琴絵に辿り着く前に消失してしまった。出現させるのが自在ならばそれを消すのもまた琴絵次第だ。
男は舌打ちをして自らの両腕に電気を纏わせ、琴絵に向かって足を踏み出す。力を乗せた一撃は仮に防いだとしてもその電気で相手を行動不能にする。もし当たれば琴絵の細い身体など軽く吹き飛ばしてしまうだろう。
だが、その拳は届くどころか振るうことすら叶わなかった。
踏み出した場所に出現したトラバサミによって男の足は拘束され、バランスを崩して前のめりになったところに橋の手すりから丸太が飛び出してその顔面を横から殴打する。
倒れた先にあったのは粘着性のある捕縛用の板。仰向けに囚われた男に向かって琴絵は一枚の紙を投げる。
男の上で実体化したそれは大きな岩石。嫌な音がして男が潰され、すぐに岩は消えた。
圧死は免れた男の横に立った琴絵の両手にはアニメで使われるような大きなピンク色のハンマー。
「ま、待て。待ってくれ」
「年を取るとどうも気が短くなっちゃって。ババア困っちゃう」
無表情で言い放った琴絵は男の額に向かってハンマーを振り下ろす。
見ていたバルドが思わず羽で目を覆ったが、軽量に作られていたそれは男の頭蓋をかち割ることなく、昏倒させるに留まったようだ。
「相変わらず鮮やかな手際だな」
「ここまで嵌ることは滅多にないよ。紙を無駄にしちゃうことが多いから、城ヶ崎さんから消費しすぎだって怒られてるんだよねー」
「あっちはどうするんだ?」
橋の中ほどまで来ていた二人は、男がやられたのを見て足踏みしているようだ。
足元にある紙にトラップが仕掛けられていると思っているらしく、女の方が氷の礫を無造作に飛ばして確認をした後こちらに向かってきた。男の方は手にしたビー玉を投げた。ビー玉は空中で杭のようなものに変化して琴絵に襲い掛かる。
琴絵は胸元のポケットから紙を取り出し、投げる。するとそこから大きな盾が出現した。
攻撃は防いだものの前が見えなくなっていることを勝機と見た二人は両サイドから同時に盾を迂回してそれぞれ氷とガラスの杭を飛ばす。
足元から足場と投石器のようなものを実体化させた琴絵は攻撃を躱すと同時に投石器に繋がれた鎖を二人に向かって放った。先端に重石のついた鎖は二人の片手に絡みつき束縛する。
「ドーン」
琴絵の気の抜けた声と共に射出された二人は上空に引き上げられた後、ピンと張られた鎖によって弧を描いて橋に叩きつけられた。
打ち所が悪ければ死んでいたであろうその衝撃は橋に出現していたマットによって緩和された。
鎖は消え、何とか起き上がろうとする二人の前に、悪魔が降り立つ。
再びハンマーを手にした琴絵がそれぞれの身体を殴打する。
衝撃によって気を失ったのを確認してから琴絵はロープを実体化させて拘束した。
「終わりっ!」
「女性を怒らせるのは怖いよなぁ」
笑顔で振り返った琴絵にバルドがしみじみと言った。
初めの男と戦う前に描いていたのはあの投石器を模したものだろう。速筆にもほどがある。
バルドは改めて琴絵の技量に驚嘆を覚えていた。橋にばら撒かれた紙類を見て尋ねる。
「全部何かしら描いてあるのか?」
「ううん、大体はただの紙。描いてあるのは近くにあるやつだけだよ。さすがに処理しきれないもの」
「なるほど。さて、真白に怒られないように回収しないとな」
「巻き上げてくれると嬉しいな」
「いいぜ。いいもの見せてもらった礼だ、ここで待ってな」
バルドが風で巻き上げ琴絵の元まで誘導する。回収しているうちに空奏から連絡を受けた別動隊が気絶している三人を連行しに来た。
琴絵は自分の異能で作られたロープを消し、改めて捕縛をお願いする。
琴絵の異能で作られたものはしばらくすると消えてしまうため、そのまま連れて行ってもらうわけにはいかないのだ。
「じゃあ空奏くんのところ行こっか」
「おう」




