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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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2章 ➀

 日本全国に支部を持ち異能関連の事件事故を扱う異能事案管理局には、『ハウンド』と呼ばれる治安維持部隊が存在する。

 以前はハウンド屈指の実力者として全国の犯罪者たちを震え上がらせていた城ヶ(じょうがさき)真白(ましろ)は、自身の異能に身体を蝕まれて数年前に前線を引退。城ヶ崎グループという財閥の娘である彼女は自らの人脈と経験を生かし、現在では異例の若さで異能事案管理局東北支部のハウンド部隊統括を務めている。

 そして空奏はその真白を上司として仰ぐハウンドの一員だった。

 支部内にある第六号棟はハウンドのための施設となっている。一階にある事務室に来た空奏は、室内にある応対スペースに促されて昨晩の件について詳細の報告をしていた。他は全員出ているようだ。自分が遅めに来たとは言え、誰もいないのは珍しい。


「誰もいないのは珍しいですね。緊急な案件ですか?」

「それが、立て続けに異能者による事件と報告が入って、結局みんな出ることに。科戸くんの方も急ぎです。話を聞きましょう」


 報告を聞き終えた真白は「お茶にしましょうか」と言って自分と空奏の二人分を淹れる。


「あのスターチスが相手だとしても、科戸くんは相変わらず無茶なことをしますね」


 自らの異能による影響で身体の成長が止まってしまった真白は一見すると高校生ぐらいの少女にしか見えない。同じく異能の影響で変化したという銀髪と蒼い瞳が、整った容姿と相まってまるで人形のような可憐さ引き出している。

 ティーカップでも持っていた方が似合いそうな彼女だが、今日は緑茶の気分だったようだ。両手で湯飲みを持ちながらふうふうと息を吹きかける姿は、もうすぐ三十路を迎える女性にはとても見えない。


「何ですかその目は?」

「いえ、何でも」


 空奏と真白とは旧知の仲だ。空奏がハウンドとして働き始める前から真白には何かとお世話になっている。実際にハウンドに所属してからも先輩後輩として仕事に当たりながら経験を積ませてもらったのだった。

 良い先輩であり上司であり気心の知れた仲ではあるが、年齢のことを言うと身の安全は保障されないので頭に浮かんだことは黙っておくことにする。


「今更科戸くんに言っても聞かないでしょうけど、一応言いますね。もう少し身の安全を図ってください」

「大丈夫だと思ったんですよ。実際怪我もなかったからいいってことで」

「そういう問題ではありません」


 反省する気配のない空奏に対し、真白は溜め息をついてソファに身を沈める。

 対して空奏はというと、お茶請けとして出してもらった羊羹にルウとバルドと共に舌鼓を打っていた。

 幻獣は食事をする必要はないのだが、空奏はこうして二体と共に分け合っている。お菓子の類を見れば 勝手に出て来ては催促されるので、いつの間にか一緒に食べるのが当たり前になっていたのだった。

 羊羹を咀嚼し終えたルウが口元を汚しながら真面目な顔で真白に言う。


「この機に真白からしっかり言ってやってほしい。私たちの傷はどの程度であれいずれは治る。だがアニマである空奏の傷は通常の人間よりも治りが早いとはいえ、死んでしまえば終わりなのだ。空奏はそこがわかっていない」

「いや、俺だってわかってるって。でも多少危険を冒さないとダメな時だってあるだろ。昨日のはそれが続いただけだよ」

「私もどうにかしたいところではあるのですが、科戸くんのこれはもう性格です。それはあなたたちが一番わかっているでしょう。ルウくんとバルドくんでどうにかしてもらうしかありませんね。ただし、幻獣であるあなたたちが代わりとして傷を負って良い、とは私は思いません。なので……どうにか頑張ってください」

「俺たちが戦えなくなれば異能を使えなくなった空奏が無防備になるからな」


 器用に食べ終えたバルドが空奏を見つつ最後に釘を刺した。

 アニマはイクシスと違い幻獣と共に戦える、もしくは幻獣のみで戦えるというアドバンテージがある。しかし幻獣は同時に弱点でもある。

 幻獣も戦いによって傷を負う。傷がひどければ死に至ることもあるだろう。幻獣は生命力が尽きると回復するまでアニマの中で眠ることになる。昨晩、ゴリラやトカゲの幻獣が倒れた後に淡い光に包まれて姿を消したのは力尽きた証だったのだ。

 幻獣が実体化していなければ異能が使えないという特性上、戦闘中の幻獣の死はアニマである人間の死に繋がりかねない。


「それだけではありませんよ。あなたたちが傷つくことを科戸くんは望まない。例え一時でもあなたたちが死の眠りにつくことは精神的にも大きな負担になるでしょう。ね?」


 真白は空奏に向かって笑いかける。

 自らの魂と繋がっている二体のことは何よりも大切に思っている。

 しかしそれを改めて言われると気恥ずかしいものだ。

空奏は「そうですね」とだけ言ってお茶を飲みほした。

「おう、大事にしろよ」

「私も知っているがな」

「……お前らうるさいぞ」


 ニヤニヤしてる二体を追い払うように手を振る。そして一つ咳払いしてからニコニコとこちらを見ている真白に向き直る。

 さっさと話を修正してしまって退散した方が良さそうだ。


「無茶なことしただけの甲斐はあったと思っているんですけど、どう思います?」

「人による事件の背後にソウルイーターが関与している可能性というのは、最近では疑う必要のないことだと思われていました。その視点を再度持たなければならないということが事前にわかったのは僥倖だと思います。これについては私から全体に周知することにしましょう」

「お願いします」

「最前線で事件に携わるのはあなたたちですから、科戸くんも注意してくださいね」

「はい。大丈夫です」

「注意、してくださいね?」

「……はい」


 柔らかな笑みを浮かべながらも目が笑っていない。

 ぎこちなく頷いた空奏を見て留飲を下げたのか、ふっと柔らかい笑みに戻って真白は頷いた。

 緊張から解放された空奏は、気になっていたことを訊いておくことにした。


「スターチスの言っていた、アニマの覚醒には強い感情の発露が伴うという話、真白さんは何か知っていますか?」

「初めて聞きましたね。ありえない、と一蹴してしまってもいいのですが、そうもいかないのが正直なところです」

「可能性はあるということですか?」

「否定ができないということです。覚醒について、実証実験は行われた記録があまりないのです。様々な要因から覚醒に伴う条件を分析しようとした研究はもちろんあります。しかし、発見できたのは八歳から十四歳程度の子どものうちでなければ異能は覚醒しないということだけでした。その他の条件については未だ未確定。それ以上は倫理的な観点からも凍結となった研究がいくつもあるので、もしかしたらありえるのかもしれません」

「そう、ですか」


 強い感情の発露、というのが怒りや哀しみの場合は被験者に対する負担が大きい。しかも対象となるのは子どもたちだ。研究が凍結となってもおかしくは無い。

 空奏の中で考えがまとまるのを待ってくれていた真白は、少ししてから「では、それについてはここまで」と区切り、話を移した。


「科戸くんが昨日保護した女の子ですが、過度な疲労ということで報告が来ています。すぐに退院できるそうですよ」

「そうですか、良かった。あの子は、その、お家の環境は」

「虐待とかではありませんよ。あの子は養護施設の子なんです。そこでも問題があるわけではないと。毎日のことではないですが、帰りが遅くなることはよくあったそうです。昨日のような時間まで帰ってこないということは初めてだったそうで、捜索願が出されていました。学校でいじめられてるのではないか、施設内でも気づけていないだけで何か起きているのではないか。施設の職員の方が心配していたようですが、今回のことでようやく何が起きていたのかハッキリしたという形ですね」

 口ごもる空奏の言わんとすることがわかったようで真白が説明をした。

 帰りが遅くなっていた原因は十中八九何者かに追われていたからだろう。その何者かが昨日空奏が捕まえた男とその仲間であり、報復を恐れて相談もできなかった、ということだろうか。しかし何故あの少女を狙うのか。


「あの男の方は何かわかったんですか?」

「彼の方は身に着けていたエンブレムから『友魂同盟』のメンバーであることが判明しました」

「聞き覚えがあります。その中高生が考えたような……」

「ダセェ名前だな」


 言うのを避けた空奏の配慮を無かったことにしてバルドがハッキリと言い放つ。

 気持ちはわかるが抑えてほしい。きっと本人たちは大真面目だろうし、これから自分たちがその言葉を口に出さなければならないことを考えるとあまり意識したくはない。


「バルドよ、本人たちの前ではダサいなどと言うなよ。逆上されると面倒だ。思っても言わないのが大人というものだ」

「そうだな、いくらダサくても格好いいと思って名乗ってるんだろうから、バカにしたら悪いよな」


 その会話がアウトだということをこの二体は気づいているのだろうか。

 空奏は『友魂同盟』の面々の前でこの会話が繰り返されないことを祈ることにして話の続きを促した。

 真白は気を取り直すように一つ咳払いをしてから続ける。


「あとはただ「魂を解放しろ」と言い続けているそうです」

「異能を持たない人の覚醒を促すもの、という主張でしたか」

「そうです。彼らの活動の際に現場に書き残されている言葉ですね。そうして覚醒した人を仲間に引き入れるようです。彼らはその主張とは別にイクシス、アニマが人類として優れた存在であるということも掲げています」

「優れた存在、ですが。その主張は理解できませんね。彼らのエンブレムは確か、熊の横顔を模したものでしたっけ?」

「そうですね。衣服につけていたり肌に刺青を入れているのがその証です。そして彼らは主に十代から二十代の若者で構成されているのが特徴です。もちろん例外はあるようですけどね。具体的な数は把握できていませんが、活動の頻度と内容からあまり規模は大きくないと見られています」

「未成年はちょっと面倒ですね」

「もちろん犯罪に手を染めている以上は、わかっていますね」

「当然」


 迷いなく空奏は答える。罪を犯すのはその人の勝手だ。勝手にしたらいい。

 しかし、どんな事情があれその一線を越える以上、それに対応するのが自分たちだ。


「さて、現状はこんなところですね。新しい情報が入れば都度伝えることになるでしょう。科戸くんたちは『友魂同盟』の現在の動きを探ってください。元々別の地域にいた彼らがこの辺りで活動を始めたのはここ最近のことですから、東北支部にはあまりデータがありません。判断がつかない以上、覚醒を促すというのは目的の一つでしかない可能性もあります」

「はい。今までの動きを調べるところから始めます。お茶と羊羹、ごちそうさまでした」


 空奏が立ち上がろうとした時、真白の机にある電話が鳴った。

 電話の内容を聞いているその表情が曇っていく。そしてすぐに話は終わり、真白は受話器を置いた。空奏に向き直って告げる。


「結論から言います。女の子が失踪しました」

「連れ去られたということですか?」


 少女の入院した病院には時に要人も運び込まれる。

 管理局所属のイクシスが警備を行っているため、侵入・ましてや患者の拉致は容易なことではない。


「いいえ。そうではありません。彼女は自分の意志で病院を出て行ったのが防犯カメラで確認されています」

「自分の意志で……」

「医師の問診に対する受け答えはしっかりしたものだったそうです。病室に戻り、しばらくベッドで安静にしているように言われた彼女には施設の職員が付き添っていました。しかし少し席を外したその隙に出て行ってしまった。現状、昨日何があったのかなど詳しい事情は聞けていません」

「女の子の行方を捜して事情を掴むこと。こちらを優先していいですね?」

「ええ。既に管理局の局員が捜索に動いています。オペレーラー陣にもそれらしき人物を追ってもらいますが、追跡能力でルウくんに勝る者はなかなかいないでしょう。『友魂同盟』の動きについては二の次で構いません。しかし、彼らにも何らかの動きがあるとみていいでしょう。気を付けてください」

「はい」

「ソウルイーターの件もあります。できればツーマンセルで動かしたいところですが」

「それぞれ自分の仕事に当たってるはずですから。無いものねだりしても仕方ありませんよ」


 空奏は立ち上がった。

 事は一刻を争う。あの少女が『友魂同盟』の手に落ちるようなことは絶対に避けなければならない。

 歩き出した空奏の耳が廊下を全力疾走している音を捉えた。

 思わず立ち止まった空奏が様子を窺っていると、勢いよく扉が開け放たれた。


「空奏くんが幼女を誘拐したと聞いて!!」

「帰れ」


 良い笑顔と共に開かれた扉を空奏が仏頂面で閉め返す。

 聞こえた悲鳴に我に返り、扉を開けた。

 すると廊下では顔面を強打された琴絵が顔を抑えながら蹲っている。反射的にやってしまったことを反省しつつ、空奏は琴絵の介抱に向かった。


「これはどっちもどっち、ですかねえ」


 後ろで真白が溜め息をついて我関せずと言うように扉を閉めようとした。直前で思い出したのか、未だ悶絶している琴絵に向かって言う。


「あ、鈴守さん。今日は科戸くんとペアでお願いしますね」


そう言って真白は手を振り、今度こそ扉を閉めたのだった。

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