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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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2章 ④

「終わったようだな」


 人間が宙を舞うのを見て唖然としていたルウは、バルドと琴絵が何やらやっているのを見て空奏に言う。

 自己紹介をした後、彩那に体調を心配して寒くないかなどを尋ねていた空奏はその声に振り返った。


「回収も来てくれたみたいだし、病院に戻るか。それにしても、二十二の琴絵に向かってババアとは。あいつの基準だと俺も爺さんだな」

「ハウンドの人間ということは自分より上、と思ったのだろう。しん……やりすぎていないと良いのだが」


 彩那の手前、下手に刺激することになってはいけないとルウは言葉を選んだ。

 立ち上がった空奏を見上げてルウが言う。


「すぐに琴絵もやってくる。ここでは少し寒い。早めに移動した方がその子のためだろう」

「そうだな。彩那ちゃん、背中に乗りな」


 彩那は裸足だった。靴下は履いているが、それもすでにボロボロだ。

 むしろよくここまで走り続けたと思える状態だった。


「あ、あの……わたし……」


 不安げに揺れる瞳で何か言おうとしている彩那。膝の上で握られた拳は小さく震え、何も言わずに視線を落とす。

 空奏は膝をついて目線を合わせ、できるだけ柔らかい声音で尋ねる。


「ゆっくりでいい。思ってること、話してみてくれる?」

「……わたし……前から、変な人たちに追いかけられて……魂が、なんとかって……」

「うん」

「誰かに言っても……友達も怪我して……火事とか、わたしのせいで……」

「うん」

「だから……空奏さんたちも……わたし……」

「うん」

「……わた、し……」


 言葉を紡ぐことができなくなった彩那はパクパクと口を動かすも、その先が声にならない。

 彩那の様子を見て、空奏はそっとその頭に手を乗せる。


「周りを巻き込まないようにって思ったんだな」

「……うん」

「近くで事件が起こると自分のせいだって」

「……うん」

「近くにいる人たちも傷つけられてしまうからって」

「……うん」

「俺たちにも傷付いてほしくないって、思ってくれてるんだな」

「……うん」

「気づいてあげられなくて、ごめんな」


 顔を上げると、真剣な表情の空奏がいる。彩那は何を言われたのか理解できないという顔でぎこちなく首を横に振る。

 自分が狙われているのが悪い。早く目覚めないのが悪い。

 助けてほしいと頼った人たちは傷付けられた。

 誰かに頼れば、その人を傷つけて覚醒させようとする。

 だから、誰かが傷ついてしまうのは自分のせいで、それも含めて隠していたのは自分なのに。

 何故この人はこんなにも悲しそうに笑っているのだろう。


「今まで、よく一人で頑張ったな」

「……っぅ!! わたし、わたしの……せいで、誰かが辛い思い……するの嫌、だからぁ」


 抑え込んでいた涙が堰を切って溢れ出す。

 優しく頭を撫でてくれる手が温かかった。

 一人で頑張らなくていいのだと言ってくれている。

 大丈夫だからと言ってくれている。

 こんな自分を受け入れてくれているということに彩那は胸がいっぱいになっていた。


「大丈夫。俺たちがそばにいるから」


 それから空奏は黙って頭を撫で続けていた。

 まだ彩那が抱えている全てを理解できているわけではない。彼女に何が起きていたのかを知り、解決するまでは彼女の不安を拭うことはできない。

 空奏の口を突いて出た謝罪の言葉。その言葉を聞いた時の彼女の様子を見て確信した。この子は自分が悪いと思い込んでいる。その責任は自分にあるのだと自身を責め続けている。まだ守られて然るべき年齢の子が、誰かが傷つくのは嫌だと言って自身の身を切って耐えている。

 それらが空奏にはたまらなく悲しかった。

 身勝手な感情移入であることはわかっている。

 仕事に私情を持ち込むべきではないこともわかっている。

 それでも空奏は、この子が心から笑える居場所を作りたい、心からそう思った。



「空奏くんが女の子泣かせてる!!って言おうとしたけどそういう空気じゃなかった」


 落ち着いてきた彩那を背に乗せ、何やら様子を窺っていた琴絵と合流した。

 失礼なことを嘆く琴絵にチョップをかましてから歩き出す。

 救急車両が入りやすい場所で合流する予定だ。

 疲れがたまっていた彩那はすぐに空奏の背中で寝てしまったようで、琴絵が様子を見ながら可愛い可愛いとはしゃいでいる。


「でもいいなあ空奏くん。彩那ちゃんと仲良くなれそうで」

「なんだ、自分は仲良くなる自信ないのか?」

「そうじゃないけど、一番を持って行かれたというか。何というか」

「……生まれたての雛じゃないんだぞ?」

「わかってるけどさー。実際活躍したの私だしさー」


 よくわからない理由でむくれている彩那に空奏が困惑していると、背中で身じろぎをする気配がした。

 どうやら起こしてしまったらしい。きょろきょろと辺りを見渡した彩那はぼんやりとした頭で状況を思い出した後、琴絵の姿に目を止める。


「あ、お姉ちゃん」

「お、お姉ちゃん!?」

「お姉ちゃん怪我してない? 大丈夫だった?」

「だだだ大丈夫だよ! 彩那ちゃんが無事で良かったよ!!」

「良かったー」


 ふわりと笑う彩那になぜか琴絵が慌てている。

 空奏からもう少し寝てなと声をかけられると、彩那は頷いて身を委ねた。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんかー。えへへ、ありがとうって言われちゃったー。ねえバルド、さっきの私かっこよかったかな。彩那ちゃんにかっこいいお姉ちゃんって思ってもらえるかな!?」

「か、格好よかった。格好よかったから手を放してくれ。息がとまっ。お、落ちる。文字通り落ちちまう!!」

「耐えろバルド。私に矛先が向くのは嫌だ」


 しれっとルウが保身に走る。

 バルドが空奏の中に戻れば当然話し相手はルウになる。戦闘を見守っていたはずのバルドには災難だが、今の琴絵を相手にするのは面倒そうだ。

 興奮のあまりバルドを締め上げている琴絵に空奏とルウが残念なものを見る目を向ける。戦闘中に関しては真面目なのに、どうしてスイッチが切り替わった途端こうなるのだろう。

 その明るさが琴絵らしいとも言えるが、まだ道中であり警戒を解いていい段階ではない。

そう思っていると、異能事案管理局の救急車両がやってきた。彩那の処置は専門に任せることにして共に車へと乗り込む。


「しばらく無理……。あとは頼んだ」


 そう言い残してバルドは空奏の中へ。余程ひどい目にあったのだろう。

 そして警戒態勢を解いたことでルウもまた姿を消す。

 興奮状態は収まったようだが未だ夢心地の琴絵は放置することにして、空奏は次に取るべき行動について思いを巡らせていた。

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