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ヒーロー


 シンが羽月の高校へ来て約一ヶ月。1学期の終業式も終わり、夏休みに入った。

羽月が心配していた期末テストもシンはオール満点を取り、クラスでも一目置かれる転入生となっていた。そのおかげか、シン本人はどう思っているかわからないが友達も少しは出来、クラスメートと遊園地に遊びに行く予定まで入っている。


「シンー! 出来たよ! 食べてっ!」


 一階のオーブンから取り出した黄金色のかけらを皿にのせ、羽月は元気良く階段を上がってシンの部屋へ来た。シンは最近凝っている趣味、プラモデル作りの手を休めてドアから入ってきた羽月を見る。


「なんだ羽月、またスイーツを作って持って来てくれたのか?」

「そう! 今日はマドレーヌよ!」


 羽月が持つ皿の上からシンは一つ取って口に入れた。


「うん! うまい! ・・・これはすごくいい味だぞ!」

「え・・・えへへ・・。・・・・ガイグダンもかなり組みあがっているね」


 羽月は照れを隠すかのように、シンが作っているロボットのプラモデルに話を振った。


「うん。いまいち各部の飾りのようなものが何のためにあるのか分からないのだが・・・。作っていて楽しいな。技術部の連中の気持ちが少しは分かってくる」


 そう言いながら、シンはマドレーヌのいくつかをそばにあったティッシュで包もうとしている。羽月はそれに気が付くと、当然のように質問をする。


「それ・・・何しているの?」

「ん。あまりにも美味しいからレプリケーターに登録しようと思ってな。ネロスに持って行こうと思うんだ」


 シンはくったくのない笑顔で答えるが、もちろん羽月には追加の質問が頭に浮かぶ。


「ネロス? ってなに?」

「そうだな・・・。説明は少し難しいが、簡単に言うと、羽月と出会った池にいる奴だ」

「池にいる奴・・・・・」


 羽月は大きく息を吸うと、シンの顔面にパンチを見舞った。シンは椅子から転げ落ち、でんぐり返しを繰り返してテレビ台にぶつかって止まった。


「まずいからってねぇ、作った本人を前にして池の鯉だかブラックバスだかにあげる事を言わなくてもいいでしょっ!」

「い・・・いたた・・・。違う・・・。ネロスは・・・」


「何なのよ! じゃあ、亀の事なのっ!」


 衝撃でスイッチが入ったのか、顔を押さえて立ち上がるシンの後ろで突然テレビがついた。


〈・・・で開発された人型戦闘兵器にアメリカ軍は脅威を感じ、日本海に多数の空母やイージス艦を集結させています〉


 ニュースの中、素人カメラによって撮影されたような荒い画像で、二つの足を地につけ歩いている鋼鉄で出来たロボットが映っていた。


「・・・なに? ・・・シンが作っている起動人ガイグダンの本物がついに出来ちゃったの?」


 羽月の顔から棘が取れ、テレビに見入っている。シンは彼女の表情の変化を見て、振り返ってニュースを眺めながら言った。


「ガイグダンに比べて・・・機能的なデザインだ。実践向きだな」


 それは鋼鉄の箱を思わす体に、半円状の頭部をつけ、5つの目を前方に向けていた。見るからに装甲は厚く、両肩につけている大きな盾なら小型ミサイルすらもダメージを与えられそうに無かった。


「・・・とは言え、まるでおもちゃだな・・・」

「よく言うわよ。あなたが作っているのもおもちゃじゃない」

「いや・・・まあそうなんだが・・・」


 シンはぽりぽりと鼻の頭をかきながら椅子に座りなおした。


「それはそうと、シン、明日の用意はしたの?」


 羽月はテレビから視線を移し、いつもと何も変化の無い部屋を見回している。


「遊園地と言う所に行く用意か? 酸素マスクやレーザー銃がいる訳でもないだろ? 用意とはなんだ?」


「よ・・・用意って言うのは・・・、いろいろよ。明日に着ていく服を鏡の前で合わせてみたり・・・、髪型を作ってみたりとか・・・」


 シンは机の横に置いてある服の入った紙袋を確認すると、羽月に怪訝な顔を向ける。


「服はこの間羽月と買いに行った時、散々試着させられたじゃないか? その中でも羽月が一番良いと思うものを買った。また家で意味も無く着る必要があるのか? 髪型については・・・どうすればいいのだ? 剃ればいいのか?」

「そ・・・剃っちゃあダメでしょ! ホント見た目に興味ない子ねシンは・・・。もったいない・・・」


「清潔であれば良いと思うが・・・」

「この前のデートの時も周りの女性が振り返っている事にもちっとも気が付いていなかったし・・・はぁ」


 羽月はうつむき気味で首を横に振っている。


「デート? ・・・ってなんだっけ?」


 その言葉を聞き、羽月は顔を少し上げて鋭い視線をシンに向けた。


「か・・・勝手にデートとか思ってんじゃねぇとか考えてるんじゃないわよっ! シン!」

「・・・・、どうして急に怒り出すんだ?」

「・・・・ちょっと待ってなさいよ!」


 羽月はパタパタとスリッパの音を響かせて自分の部屋に行くと、いくつかの整髪料と鏡を持って戻ってきた。そして、シンを机に向かせ、その前に鏡を置く。


「どんな髪型にしようかしら・・・。オールバック? ・・・とか・・・、無造作ヘアにしようかな・・・」


 シンの後ろに立ち、髪の毛にくしを入れながら羽月はシンが映っている鏡を後ろから一緒に覗き込んだ。


「無造作? ・・・そらならばいつもの髪形なんじゃないのか?」

「これは無造作じゃなくて、ぼさぼさ頭って言うのよ!」

「違いがわから・・」

「だまってなさいっ!」


 羽月は両手にワックスをとると、シンの髪に塗りこんだ。


「ほらっ! かっこいいじゃない!」


 シンのやや短めの髪の毛は、真ん中より少し左から分けられ、前髪を軽く流された。


「・・・あきらかに左右非対称なので気持ちが悪いな・・・」

「良いじゃないっ! これで行こうよ明日は! ねっ! ねっ!」


 羽月はシンを後ろから抱きしめると、あごをシンの肩にのせて顔を覗き込む。


「お願い! 明日だけでいいからこれにして!」


 シンの顔は赤く染まり、目は羽月の唇をじっと見ている。


「そ・・・そんなに顔を近づけるな。唇が触れてしまう・・・」


 羽月はそれを聞いてむっと頬を膨らました。


「なによぉ。前の彼女とキスくらいしたくせに・・・。それに私の胸揉んだのにキスを怖がるって・・・。そんなに私の事嫌いなわけ? 私の唇が触れるのがそんなに嫌なわけ?」


 羽月はシンの首に腕を回すとキュッと締め上げた。


「く・・・苦しい・・。唇が触れる事がキスか? ・・・なら前の彼女とはしたことがない。キスはもっと神聖なもので・・・添い遂げると決めた人としかするはずがないじゃないか・・・。く・・・首が・・・」


「・・・何それ? 胸を揉むのが挨拶とか言っている人が・・・矛盾した貞操観念を口にするって・・・。どのあたりがギャグなの?」


 羽月はようやく腕を放し、むせこんでいるシンの椅子をくるっと回して自分の方を向け、正面からシンの顔を真面目な表情で見た。


「そ・・・それじゃあさ・・・。Aは結婚後、Bは挨拶。・・・じゃ・・・じゃあ・・・。えと・・・。し・・・Cはいつするわけ・・・?」


 言った後で羽月は両手を顔に当ててシンに背を向けた。そして少し歩いて距離をとり、そーっと振り返って指の隙間から様子を覗く。


「Cってなんだ? Aはキスの事か? Bは胸を触ることか? ・・・Cは・・・。わからん・・・。何を例えているんだ?」


 シンはまだ喉の辺りを軽く手でさすりながらだが、羽月に向かって目をパチクリとさせている。


「な・・・なんて澄んだ瞳で見てくるのよ・・・。分かっているくせに・・・。あ・・・、外国にはそう言う段階を現したような言い方ないのか・・・」


 羽月は顔から手を離し、その手で自分の髪をくるくると指に巻き取りながら、うつむいた。


「ほら・・・あれよ、あれ・・。私もよく知らないけど・・・。あの・・・」


 視線を上げてシンの目を見た羽月は、顔をボンッと赤くした。そして、体を90度横に向け、壁を見つめながらボソッと口に出した。


「こ・・・こ・・・、こ・・・・子供を作る・・・作業の事よ・・・」

「んんっ?」


 シンは眉をひそめた。そして、何やら顔を逸らし、また、うつむき、手を額に当てながら考え事をするような様子をしばらく見せてから口を開いた。


「・・・考えた事が無かった・・・。地球人の寿命は短い。人間をすぐに生産しなければならないだろう。しかし、人を製造するシステムなどあるはずが無い・・・。どのようにして・・・」


 シンは顔を上げると、椅子から立ち上がった。


「羽月・・・。お前はどうやって生まれてきたんだ?」

「え・・・え・・・。それはもちろん・・・、お父さんとお母さんから・・・」


「子供を作る作業と言ったな。それを行ったのか? どんな機械を使うんだ?」

「き・・機械なんて使わないわよ・・。普通に・・・二人で寝転んだんじゃない? ・・・わかんないわよ・・・」


「男と女の遺伝子を使って子供を作ることは俺の国と同じだろう。どうやって機械無しに掛け合わせるのだ? ・・・羽月も今出来るのか?」

「ひっ!」


 シンは羽月に近寄ると、その両腕をしっかりと握った。羽月はうろたえながら後ろに下がるが、シンの腕は振りほどけない。


「羽月! 是非、今俺の前でやって見せてくれ!」

「・・・どバカッ!」

「ぐはぁ」


 羽月の膝が、シンのみぞおちにクリーンヒットした。シンは膝をつき、お腹を押さえながら前のめりに倒れた。


「この・・・・変態! 真っ昼間から何言ってんのよ! その宇宙角度からの迫り方、訳わかんないっ!」


 羽月は激しくドアを閉めると、大きな足音を立てながらシンの部屋から出て行った。


「何を・・・怒っているんだ・・・。羽月は・・・突然怒り出すから・・・手がつけられないな・・・」


 シンはフラフラと起き上がり、ベッドに横たわった。


 テレビからは依然、二足歩行をするロボットについてのニュースが映し出されていた。




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