第5話:ポチでいいか?
冒険者になって、十日が過ぎた。
アキラ・ユウキは、冒険者ギルドの掲示板の前で腕を組んでいた。
「……薬草採取か」
掲示板には、さまざまな依頼書が貼られている。
魔物の討伐。商隊の護衛。行方不明者の捜索。
だが、Fランクのアキラが受けられる依頼は限られていた。
その中に、薬草採取の依頼があった。
森の浅い場所に生える、治癒薬の材料となる薬草を十束集める仕事だ。
報酬は銀貨二枚。
「悪くないな」
アキラは依頼書を剥がし、受付へ持っていった。
「あら、アキラさん。今日は薬草採取ですか?」
栗色の髪の受付嬢が、にこりと笑った。
「ああ。魔物を倒すより、気楽そうだからな」
「そうですね。ただ、森には角狼も出ますので、お気をつけください」
「角狼なら、何度か見た」
「そうでしたね。毎日のように角を持ってこられますものね」
受付嬢は苦笑した。
「でも、今日は討伐依頼ではありませんから。薬草だけでお願いしますね」
「わかってる」
アキラはうなずいた。
今日は、平和な仕事をするつもりだった。
◇
森に入って、三十分。
「……どれだ?」
アキラは足元の草を眺めていた。
ギルドの資料室で見た薬草図鑑によれば、目的の薬草は細長い葉を持ち、葉脈が銀色に光るらしい。
周囲には、似たような草がいくらでも生えている。
「一本ずつ探すのは、面倒だな」
アキラはしゃがみ込み、葉を一枚摘んだ。
指先に魔力を流す。
葉脈が、かすかに青白く光った。
「……なるほど」
魔力を流すと反応するらしい。
ならば、周囲に薄く魔力を広げれば、目的の薬草だけを見つけられるはずだ。
アキラは右手を地面へ向けた。
「よし。やってみるか」
魔力を、薄く、広く。
草地の表面をなでるように流していく。
ぽうっ。
あちこちで、小さな光がともった。
「おお」
銀色の葉脈が浮かび上がっている。
思ったとおりだった。
「これなら簡単だな」
問題は、採取だった。
一本ずつ摘むのは、やはり手間だった。
「……風で刈れないか?」
前に試した、空気を動かす魔法。
あれを細く、薄く使えば、刃のようにできるかもしれない。
アキラは指先に魔力を集めた。
空気を圧縮し、細い線に沿って流す。
「このくらいか」
指を横に払った。
しゅぱっ!
「……お?」
目の前の草が、一斉に倒れた。
いや、目の前だけではない。
右も。
左も。
少し離れた木の根元まで。
ざざざざざっ!
風が通り抜けたあと、森の一角が見事に刈り込まれていた。
「…………」
アキラはしばらく、その光景を眺めた。
「……やりすぎたな」
地面には、切り取られた草が山のように積もっている。
薬草も、雑草も、まとめて刈ってしまった。
「出力は絞ったんだが……範囲の指定が甘かったか」
アキラは腕を組んだ。
魔法というものは、なかなか奥が深い。
魔力の量だけではない。
方向。
範囲。
持続時間。
どれか一つでも指定を間違えると、結果が大きく変わる。
「……実験条件が多すぎるな」
前世の研究室を思い出した。
こういうときは、一度に全部を解決しようとしてはいけない。
まず、できることから始める。
「仕方ない。選別するか」
アキラは刈り取った草の山に手をかざした。
薬草の葉脈が魔力に反応することは、さっき確認した。
ならば、反応するものだけを集めればいい。
魔力を薄く流す。
草の山の中で、青白い光がいくつもともった。
「よし」
光った葉を目印に、一本ずつ拾い上げていく。
しばらくして、アキラは手を止めた。
「……多いな」
薬草が、両腕に抱えきれないほど集まっていた。
依頼は十束。
どう見ても、その数倍はある。
「まあ、余った分は買い取ってもらえばいいか」
アキラは鞄から布を取り出し、薬草を束ねた。
十束。
二十束。
三十束。
「……四十か」
まだ残っている。
だが、これ以上は持てそうにない。
結局、外套を脱いで地面に広げ、薬草の束をひとまとめにくるんだ。両端を縛って、背負う。
見た目は、夜逃げする行商人だった。
「次は袋を持ってこよう」
反省点が一つ増えた。
◇
「……ん?」
茂みの向こうから、小さな鳴き声が聞こえた。
きゅうん。
きゅうん。
「犬か?」
こんな森に犬がいるのは妙だ。
アキラは薬草の束を置き、声のするほうへ歩いた。
木々の間を抜けると、小さな窪地があった。
その底に、銀色の毛玉が転がっていた。
「……狼?」
子狼だった。
まだ両腕で抱えられるほどの大きさしかない。
銀色の毛並みは泥で汚れ、後ろ脚には鉄の罠が食い込んでいた。
子狼はアキラに気づくと、牙をむいた。
「ぐるるる……!」
「おお、元気だな」
「がるるっ!」
「まあ、落ち着け」
アキラはしゃがみ込んだ。
罠は、踏むと左右から鉄の歯が閉じる仕組みだった。
かなり古いものらしく、錆びついている。
「……ひどいな」
子狼の脚には、血がにじんでいた。
アキラは罠に手をかけた。
「ちょっと我慢しろよ」
「がうっ!」
「噛むなよ。助けてやるんだから」
両手に魔力を少しだけ流す。
鉄の歯を左右に広げた。
ぎぎぎ……。
ばきんっ!
「……あ」
罠が壊れた。
鉄の留め具が外れ、歯が地面に落ちる。
「まあ、外れたからいいか」
子狼は慌てて脚を引っ込めた。
だが、立ち上がろうとして、すぐに尻もちをついた。
「きゅう……」
「怪我してるからな」
アキラは鞄から布を取り出した。
水筒の水で傷口の泥を洗い流し、布を巻いてやる。
子狼は最初こそ暴れたが、やがておとなしくなった。
「よし。これで少しはましだろ」
アキラは立ち上がろうとした。
そのとき。
ぐううううう。
妙な音がした。
「……ん?」
子狼の腹だった。
銀色の毛玉は、気まずそうに顔をそむけた。
「腹が減ってるのか」
「…………」
「そうか」
アキラは鞄を探った。
朝、屋台で買った串焼きが一本残っていた。
昼飯にするつもりだったものだ。
「……半分なら、やるよ」
串から肉を外し、食べやすい大きさにちぎる。
味つけの濃い表面を取り除き、内側の肉を子狼の前に置いた。
「ほら」
子狼は肉を見つめた。
次に、アキラを見た。
もう一度、肉を見る。
「毒なんか入ってないぞ」
アキラは残りの肉を自分の口に放り込んだ。
「うん。うまい」
子狼はしばらく迷っていたが、やがて肉に鼻を近づけた。
くんくん。
ぱくっ。
もぐもぐ。
そして。
がつがつがつっ!
「おお、食うなあ」
あっという間に平らげてしまった。
子狼は空になった地面を見つめ、それからアキラを見上げた。
「……もうないぞ」
きゅうん。
「そんな顔するな。私の昼飯も半分になったんだから」
子狼は、じっとアキラを見つめていた。
赤い瞳だった。
夕日を閉じ込めたような、鮮やかな赤。
「……珍しい色だな」
アキラが手を伸ばすと、子狼は逃げなかった。
代わりに、鼻先をその手に押しつけてきた。
「なんだ。懐いたのか?」
子狼の尻尾が、小さく揺れた。
「まあ、いいか」
アキラは子狼の頭を軽く撫でた。
「じゃあな。罠には気をつけろよ」
立ち上がり、薬草の束を取りに戻ろうとする。
すると。
「待つのだ!」
背後から、声がした。
「…………」
アキラは足を止めた。
振り返る。
誰もいない。
いるのは、銀色の子狼だけだった。
「……今、誰かしゃべったか?」
「ボクなのだ!」
「…………」
子狼が胸を張っていた。
小さな身体を精一杯大きく見せようとしている。
「……お前か?」
「そうなのだ!」
アキラは子狼を見下ろした。
子狼も、アキラを見上げた。
「……狼がしゃべった」
「狼ではないのだ!」
子狼が、ふんっと鼻を鳴らした。
「よく聞くのだ、人間!」
銀色の毛並みが、ふわりと逆立つ。
赤い瞳が、誇らしげに輝いた。
「ボクは誇り高きフェンリル! 偉大なる銀狼の血を引く者!」
子狼は、短い前脚を踏ん張った。
「その名も、王女アルフェリアなのだ!」
「…………」
アキラは少し考えた。
「却下、長すぎる」
「なっ!?」
「ポチでいいか?」
「アルフェリアなのだああああっ!」
森じゅうに、子狼の抗議が響き渡った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
15話(第一章)分の草稿は出来ていますので、準備出来次第、順次公開いたしますが、もし、面白い、続きが読みたいと思っていただけたなら、⭐︎とブックマークで応援していただけると嬉しいです。
第2章(第16話)以降を書くモチベーションになります。
なお、第6話の公開は、13日(金)20:10を予定しています。




