.ピリオド.
ずっと以前から、僕は自分の人生にピリオドを打たなければならないと焦っていた。このまま惰性で生きていてもしょうがないと思ったのだ。それを考えたことは今までに何度もあったが、そのたびに期待やら心残りやら何やら言い訳をして、ずるずると人生という一節を引き延ばし続けてきたのだ。まるで小説の枚数を埋めるために書かれた冗長で無駄な文章のように。
だがようやく目途がついた。これ以上はどうしても良くなることはないだろう、という見通しがついた。だから思い切って人生を清算することにした。身辺整理、部屋のものを捨て、掃除をし、書きかけの小説や詩を全て書き終えた。
それと、後々葬儀などで必要になる金を計算して、残りは思い切って散財した。残っていた有休を全て消費したので、実に二週間近くは暇ができた。別に旅行に行ったり高いものを食ったりしたわけではなかったが、十分楽しい時間だった。仕事は敢えて辞めなかった。そうすれば、より早く発見してもらえるだろうと考えたのだ。
そして最後の日、それは有休の最終日でもあった。普段なら明日から仕事かと憂鬱な気持ちになるものだが、僕はむしろサッパリした気持ちだった。正直なところ最後の数日はほとんど惰性で、何度もう引き金を引いてしまおうと思ったことか。黒い金属の塊、僕は今やそれを待ち遠しく思うようになっていた。
最後まで捨てずにいたベッドの上に、拳銃が転がっていた。僕はベッドに座り、それを手に取った。しっかりと重く、吸いつくようなフィット感。ここ数日、僕は寝る前にいつもこの銃を弄んでみたものだった。こめかみに当てて引き金に指を添える、予行演習と戯れ半分でそのようなことをしてきたが、ついに今日こそ本当になるのだ。
そうして僕は自分の人生にピリオドを打った。太く、力強く、焦げ臭いピリオドを。乾いた音が響いた。それが拳銃のものか、脳の砕ける音か、分かるはずもなく僕の意識は消え去った。
翌朝、僕は何事もなかったかのように目を覚ました。それがありえないことだと気づくと、僕はベッドから跳ね起きた。死後の世界かと思ったが、そこにあるのは僕の部屋、ベッドだけになって殺風景ではあるものの確かに僕の部屋だった。拳銃はどこかに消えていた。夢かと疑ったが、こめかみに手をやると、そこには確かに穴が開いていた。銃弾サイズの、中指が第一関節までスッポリ収まる穴だ。
僕はますます混乱した。本来ならこの不可思議の原因を突き止めたいところだが、今日から仕事だということを思い出して、とりあえず仕事に行くことにした。退職しておかなかったことを感謝するような、後悔するような、こそばゆい感情だった。
職場の人々は普段と変わりなかった。以前と変わらない業務や会話、誰も僕の変化に触れるどころか気づいてさえいなかった。以前と同じように時間は過ぎていって、当然のように一日の業務が終わった。世界と僕の人生は、わけが分からないでいる僕を置いて遅滞なく進んでいった。
結局、預金の八割と有給休暇の全てを浪費したという事実と側頭部の穴だけが残った。拍子抜けな失望を抱きながらも、自分を殺し直す気力もなかったので、僕はのらくらと生きていくことにした。あれほどクッキリしていた穴は月日とともに目立たなくなり、それに伴い僕も気にとめないようになっていった。
あの日から何かが劇的に変わったわけではない。だが、何かが緩やかに変化したような気がする。具体的にどうとは言えないくらい小さな、なだからな変化が僕の中で起きたような気がする。
ある日、朝早く目が覚めたのでシャワーを浴びることにした。頭を洗っていると、あの穴に指が触れた。もはや軽くヘコんでいる程度で、意識しないと気づけないほどだった。僕はあの日のことをふと思い出して、馬鹿なことをやったなぁ、と苦笑いしたのだった。
浴室を出ると、朝日がいい具合に部屋に差しこんでいた。僕は髪を乾かしながら、姿見に映る自分の全裸をまじまじと眺めた。自分の全身をしっかり見るのは高校生以来だったので、懐かしく思うと同時に変化が物悲しかった。
こんなに弛んでしまうとは思ってもみなかったなぁ、としみじみしていると、脇腹あたりに小さなアザがあることに気づいた。そして続けざまに、同じようなものが胸の下やヘソの上、アゴや肩、全身至るところに見つかった。怪訝に思いながら体中のアザを撫でていると、そのうちの一つに中指がはまった。その瞬間、僕は合点がいった。僕は今まで何度も、あの日のようにピリオドを打っては人生を続けてきたのだ、と。




