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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
107/142

フォルキア家の長女

 フォルキア領、領主の館。


 二頭立ての幌馬車が、静かに正面へと停まる。

 聖女が乗るには簡素に映るかもしれない。

 だが旅の途上と知れば、そこに不敬を見出す者はいない。


 扉が開く。


「聖女ソルフィーユ様、ようこそお越しくださいました」


 背筋を伸ばした妙齢の女性が、完璧な所作で一礼する。

 整えられたメイド服、無駄のない動き。


 視線は穏やかだが隙はない。

 迎え入れる準備はすでに整っていた。


 リュミエルと共に幌馬車から降り立つ。


 外観は過度な装飾を排した落ち着いた造り。

 直線と石材の調和が美しく、実用と品位を両立させている。


 庭園は隅々まで手入れが行き届き、芝は均一に整えられ、季節の花々が計算された配置で咲いている。

 ここに住まう者の気質が、そのまま形になったような屋敷だった。


 屋敷へ足を踏み入れると、磨き上げられた廊下が静かに続いていた。

 埃ひとつなく、足音がわずかに反響する。


 やがて一室の前でリュミエルが足を止める。


「お父様、聖女様がお越しになられました」


 控えめに扉を叩くと、部屋の奥から低く落ち着いた声が返る。


「どうぞ」


 リュミエルが扉を開き、ソルフィーユを中へと促した。

 室内には一人の男が立っている。

 背は高く、上質な衣服の上からでも分かる鍛えられた体躯。

 わずかに右肩が下がっている。剣を常に右で扱う者の癖だと推測できる。


 視線は静かだが鋭い。


「はじめまして。大聖都ミレニアより参りました、ソルフィーユと申します」


 裾を整え、丁寧に一礼する。


 領主との対面。

 その場の空気がわずかに張り詰めた。


「フォルキア領領主、エルディアス=ヴァン=フォルキアだ。爵位は辺境伯を賜っている」


 辺境伯。


 聖王国内にわずか二人。伯爵と同格に位置しながら、国境を預かる特別な存在。


 その名乗りに誇示はない。ただ事実を告げる声だ。


「まあ、掛け給え。長旅であろう。疲れているはずだ」


「ええ。道中、いろいろとありましたので」


 ソルフィーユは勧められるままソファーへ腰を下ろす。


 思っていたほど格式張った応対ではない。

 むしろ空気は柔らかく、言葉も過度に飾られていない。


 エルディアスという男は、硬直した権威の塊ではなさそうだ。


 それでも疑問は残る。


 なぜ、ここへ来るまでリュミエルはあれほど沈んでいたのか。今は肩の力が抜け、穏やかな表情を浮かべている。


 父娘の間に何があったのか。

 外からでは測れない距離が、そこにはある。


「リュミエルから話は聞いている」


 エルディアスが静かに切り出した。

 視線は真っ直ぐ揺らぎがない。


「数ヶ月前から魔物が大量発生している。普段は見せぬ挙動を取り、統率された動きすら見せる。上位個体も複数確認済みだ」


 エルディアスの声は低く、淡々としている。


「フォルキア領も例外ではない。私兵を動かし、冒険者も雇っている。だが……状況は芳しくない」


 率直な現状報告だった。


「先ほど、広場にも多くの死傷者が運ばれてきました。私と仲間で治療にあたりましたが、すでに亡くなられていた方は救えませんでした」


 静かに告げる。


「貴重な神力を割いてくれたこと、感謝する。噂では――以前より神力が強まったとか。器の格が上がったと聞くが」


 探るような目ではない。だが、為政者の視線だ。


「器の格については存じません。ただ、過去の聖女のように短命ではないようです」


 嘘は言っていない。

 ただ、真実のすべてを語っていないだけだ。

 神力の本質も、代償も、限界も。


 どれほど優れた為政者であっても、目の前に大きな力があれば揺らぐ可能性はある。

 それが善意からであっても、だ。


 力は希望であると同時に、誘惑でもある。

 ソルフィーユは穏やかな微笑みを崩さぬまま、内側で一線を引いていた。


「リュミエルはどうだ。職務を全うしているか。聖女様に迷惑をかけてはいまいな?」


「お父様」


 すぐにリュミエルが声を挟む。

 わずかに視線が揺れ、落ち着きがない。


「リュミエル。今は聖女様に聞いている。こういうことは、本人の自己評価では分からぬ」


 穏やかだが、退かぬ声音。


「ご安心ください。普段の行いを思い返せば、特に問題はございません」


 ソルフィーユは静かに続ける。


 着任当初の不器用さ。

 護衛任務での誠実さ。

 朝が苦手だったにもかかわらず、早起きし、鍛錬に参加するようになったこと。


 そして――監獄塔へ向かった自分を救うため、銀翼の騎士団を率い、獣王傭兵団と対峙したことも。


 エルディアスにリュミエルとの思い出を語るように説明すると、突然リュミエルが立ち上がる。


「ソルフィーユ様!? なにか余計なことまで言っていませんか?」


 リュミエルが慌てて割り込む。


「そうでしょうか?」


 ソルフィーユは小さく首を傾げる。


「聖騎士としても、一人の人間としても、確かに成長しています。その姿を、この目で見てきました。それをエルディアス辺境伯にお伝えしているだけです」


 柔らかい声だが、芯は揺るがない。

 ソルフィーユとリュミエルが過ごして来た時間は真実だ。


「恥じることなど何一つありません。胸を張るべきです」


 リュミエルは言葉を失い、視線を逸らす。


 エルディアスはしばし黙し、やがて小さく頷いた。

 娘の歩みを他者の口から聞く。

 それは、父にとって何より確かな報告だった。


「聖騎士になると出ていった日のことを思い出すな」


 今まで表情を崩さなかったエルディアスが、当時のリュミエルを思い出したのか、髭を軽く触ると、思い出に耽るような表情を僅かに浮かべる。 


 だが、エルディアスの一言で、リュミエルの表情がわずかに陰る。


「聖女様には伝えていないのか?」


「……はい。お話しする機会がありませんでした」


「そうか。なら私が語るより、本人の口からの方がよい」


 静かに促す。


「リュミエル。なぜ聖騎士を志したのか、聖女様に話してみてはどうだ」


「……そうですね。いずれ知ることです」


 リュミエルは、ゆっくりと視線を壁へ移す。


 そこに掛けられた一枚の肖像画が飾られていた。

 柔らかな微笑みを浮かべた女性の顔立ちは、驚くほどリュミエルに似ている。髪の色も同じで、違うのは瞳の色だけ。


「私のお母様、リゼリアは聖騎士でした」


 淡々と、だが確かな重みを帯びて続ける。


「私が五歳の冬のとき。百代目聖女様をお護りした戦いで――殉職したと聞きました」


 室内に沈黙の音が鳴ると、その沈黙を裂くようにソルフィーユの唇が動き出す。


「……そうでしたか。もし、触れたくない話でしたら……」


 ソルフィーユは慎重に言葉を選ぶ。

 だが、リュミエルは首を振った

 

 そして視線を上げ、まっすぐにソルフィーユを見る。

 その瞳には、迷いよりも決意があった。


「いえ……当時は、悲しみと寂しさで荒れていました。聖騎士も、聖女も……正直、嫌いでした」


 リュミエルの声は静かだが、過去の感情が滲む。


「ですが、フォルキア領を離れ、銀翼の騎士団へ入団しました。そして、聖女就任式の警備に就いたとき――」


 一度、息を整え、胸に当てた手がわずかに震える。


「聖女ソルフィーユ様を初めて拝見した瞬間、心が揺れました」


 あの日の光景を思い出すように、目を細める。


「か弱く、今にも壊れてしまいそうで。それでも、懸命に前を向こうとしていた。その姿を見て……母も、きっと同じ想いだったのではないかと」


 守りたいと願った理由が、そこにあった。

 リュミエルは母親が守ってきた聖女と、ソルフィーユの影を合わせたのかもしれない。


「それから六年間、聖騎士になるためだけに努力しました。そして一年目で、ソルフィーユ様の聖騎士に任命されました」


 ソルフィーユを見る視線はまっすぐ揺らがない。


「これは、聖レイディア様のお導きだと思っています」


 信仰というより、選び取った確信。

 ソルフィーユの記憶を探ると、はっきりと当時の聖女任命式を思い出すことができる。


 不安で今にも押し潰されそうな中、民衆が期待の目で向けていたことを。そして、その中にも騎士たちの姿も見えるので、あの中にリュミエルもいたのだろう。


 ソルフィーユは膝の上に置かれて手を見て、自身に伸し掛かる期待と希望を再確認した。


「そして、お母様が守れなかった聖女様を私が守り、使命を果たすつもりです」


 その言葉は私、ソルフィーユではなく、きっと目の前のエルディアスに向けた言葉だろう。

 エルディアスは理解しているのか、目を閉じ、黙って話を聞いていた。

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