<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン7-1>
(シーン7-1)
午後6時38分39秒。
太陽は摩天楼の向こうに沈んだが、空はまだ明るい。夏の暖かさもまだ残っている。受け取った食事缶(※ようするに弁当箱。ブリキ製)は出来立てで熱いものもあった。
「夕食を6人前と…明日の朝食分も6人前です。ありがとうございます。はい、お代金は28日にまとめて、ということでうかがっています」
配達係の少年の言葉遣いと所作は完璧だった。
「明日は11時に別のものがお届けします。では、また明日もギルト=エッジでランデブーしましょう!」
店の宣伝文句だろうか、妙に印象的な言葉を配達品とともに残して、その黒人の少年は荷車を引いて去っていった。
エリス、デモスとともに6人×2食分の食事缶を分担して抱え、エレベーターで5階に戻る。
作戦部室に帰ってくると、アーロンとソロモンがまだ議論を続けていた。
机の上には冷めたコーヒーと、議論のためのメモが散らばっている。
「結局さ」
アーロンが言った。
「常に正しいことをすると、半分が満足し、半分が驚く。驚いた半分は、次の正しい行動でそのうちの半分が満足する。驚いているのは残り4分の1になる。繰り返していけば…」
マーク・トウェインの言葉の分析を行っていたようだが、さらにわけがわからなくなっている。疲れも声に出ている。
ソロモンは不満げに鼻を鳴らした。
「それは証明じゃない。添削もされていない、ただの言葉の羅列だ」
「その通りだ。そして、これが現実的な解決だ」
肉類とサラダの入った食事缶や、ワックス紙で包まれたサンドイッチ、リンゴなどをテーブルの上に置くバーナビー、エリス、デモス。
「「おおっ!」」
「お待たせ。あったかいうちに食べよう」
エリスが微笑み、アーロンとソロモンも議論を忘れ、喜色をとりもどした。サイディスは瞑想でもしていたのか、全く顔色を変えていない。なお、パールマンは1時間13分前に退出したのですでにいない。
午後6時43分00秒。
夕食が始まった。昨日まで想定していた予定からすると、43分遅れだ。
――1時間56分前、ソロモンの挙手で始まった議論は、“人種差別を否定するには、具体的にどうすればいいか”が議題だった。
十四か条調査団は秘密任務だ。抗議デモをするわけにはいかない。トラブルを呼びかねないので、目立つことは何もできない。
メンバー同士で差別用語を使わない、差別的振る舞いをしない…それはできる。
何が差別なのか分かっていない…これから知っていけばいい。
実際的には、食堂でエリスと同席できないローカルルールにどう対処するのか、が最大の問題だった。ヨーロッパへ出発するまでのあと数日、このクラブビルで寝泊まりすることになる。食堂のルールを無視すると目立つし、ルールに従うのは方針に反する。
“自分たちで食事を用意できればベターだ”
サイディスがそう言い、議論はそういう方向で進んだ。
そして、未知数は後回しに、判明している箇所から対処する――という解法。
それを適用すると、被差別の当事者であるエリスの意見が重視されることになったのも必然的だ。エリスは、ワシントンDCにいる知人に連絡したい、と言ってきた。




