<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン6-4>
(シーン6-4)
部屋の空気がざわめいた。
バーナビーはとりあえず説明を続ける。
「アーロン君は、宗教史を専攻してはいるが、広範な知識と豊かな発想力の持ち主だと聞いている。ウィルソン大統領の真の目的を推察しうる、と。……そしてアイゼンバーグ君は、MIT内でも極めて優れた理論数学者として、将来を嘱望されている」
といっても、MIT(マサチューセッツ工科大学)は、理論数学ではなく応用数学の本場だ。砲弾の弾道計算や航空力学ではなく理論数学をやりたがるソロモンは異端児であり、MITの教授陣は厄介払いのためもあってこの計画に推薦してきたのでは、とバーナビーは疑っている。
「…それで、具体的にはどうすれば?」
アーロンが挙手をせずに質問してきた。そう言いたくなるのもわかる。
「言っただろう。大統領の意表をついてほしい、と。ロッジ議員からアーロン君に向けて預かっている指令は、それだけだ」
バーナビーとて、できれば言いたくなかった。
「それは…なんていうか…無茶では…?」
「ディオゲネスか、タレスになれということか?」
「大統領の意思は定量化できてるの?いや、この命題だと大統領の何を数値化すればいいんだ?」
「バーナビーさん、中間管理って大変だね」
「えっとぉ、それってトム・ソーヤーみたいな悪戯をしろってことじゃ…ないですよねバーナビーさん」
めいめい好き勝手なことを言い始めた。パールマンも苦笑を噛み殺しているのか、微妙な表情だ。
ワイワイガヤガヤうるさくなってきたので、パシンッ!と机を軽く叩いてから、
「発言は挙手してからだ」
とバーナビーは強めに言って黙らせた。
数秒も間を置かず、アーロンとソロモンが黙ったまま手を挙げる。
しかしバーナビーは、
「発言を許可しない。話の続きを聞いてもらう。私自身、何をすることが大統領の予想外なのか、はっきり言うが、よく分からん。アーロン、ソロモン、君たちの才能がそれを成し遂げられるという確信もない。これはロッジ議員もそうお考えだと思う」
アーロンとソロモンが口を開こうとしたが、バーナビーは即座に制する。
「黙れ。発言はまだ許可していない」
早口で続ける。
「トム・ソーヤーのような悪戯が有効なのかもしれない。大統領の意思を数値化することが可能になるかもしれない。ジュウニシンホウで十四か条を計算しなおすことが対案になるのかもしれない。はっきり言って、わからんことが多すぎる。こういうのを数学だとなんと言うんだったかな、ソロモン、そのことについてだけ発言を許可する」
「未知数」
「そうだ、未知数だ。この調査団計画には未知数が多い。だがな諸君、安心しろ、いや安心しろとまでは言えないが、私は決して投げ出したりはしない。ロッジ議員に任されているこの仕事で、確実に何らかの成果を持ち帰る」
ロッジ議員はなぜ私に任せたんだ!と本当の本心を叫ぶ代わりに、バーナビーはさらに高速でまくし立てる。
「そして私は、諸君たちより10年ほど長く生きている。そのぶん、未知数に対処するやり方もいくつかは身につけてきた。
(嘘だ、1つしか知らない)
つまり、未知数は後回しにする。判明している箇所から対処していく。――ウィルソン大統領について分かっていることは何か?、先ほどの議論で共有できたことがある」
その議論の時にはサイディスとソロモンはいなかったが、まぁ良い。今は早く、結論まで言ってしまいたい。
「大統領は白人至上主義者だ。レイシストだ。そして我々は大統領の意表を突く、予想外の存在であらねばならない。だから、我々は、『国際平和秩序に関する十四か条実行可能性調査団』は、――」
バーナビーは、いつの間にだろうか、立ち上がっていた。
「――人種差別を否定する」
議員演説会のように、そう宣言した。
バーナビーは、聴衆の反応を見る前に、時計を確認した。
午後4時46分09秒。
「以上だ。発言したいものは挙手しろ」
……。
数秒の沈黙。
それを破って、挙手の代わりにパールマンがパチパチ、拍手を始めた。
ほかの面々も、つられるかのように拍手をする。アーロンは強く、エリスは優しく。
ソロモンだけが挙手をした。




