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<第一部マンハッタン島編 第一章『冒険への召命』 シーン7-2>

(シーン7-2)

「ロッジ議員は、博士号とか、佐官階級とかを約束してくれましたよ」

我ながら嘘みたいだが、確かにそう聞いた。

ホワイト・ハーストが少し驚いた表情をする。

「そこまで期待されているのか、君は。ますます、こちら側に来てもらわねばならない」

しまった!自分の価値を高めてしまう失言だった…。

「う、嘘です!さっきだって、議員と話はしたけど、君は参加しなくて良いって言われて」

「ならば、こちら側へ来ることに不都合はないな」

あー、もう!僕は学者なのに!熊相手にも舌戦で負けてる!


だが、学者なので良いアイデアが浮かんだ。僕は賢いんだ。バージニア大学を卒業してコロンビア大学院に入った僕は、確実に一般的に見て賢いんだ。去年受けたIQテストだって130越えてたぞ…?

"始まったばかりのテストだからまだ統計的に信頼性が…"みたいなことを試験官のソーンダイク教授が言ってたけど…。


「わかりました。あなたについていきます。さっきの車ですよね?もどりましょう」

「ありがとう。君の選択は社会を白に近づけたよ」


走ってきた道を逆に歩いて、ホワイト・ハーストの白い車がある場所に二人で戻る。この後の行動方針が決まっていると、呼吸が整っていく。でかい背中だ。足音をほとんど立てずに、なめらかな歩き方をしている。ただ大きいだけじゃなくて、すごく体を鍛えてるんだろう。僕は賢くて観察力と推理力があるんだ。ほぼ同年代のマニング先輩やシュナイダー教授は僕よりIQテストの結果がよかった、ということは、あのテストは信頼がおける。

なのになぜ?なぜサンクタムの館が車の前にないんだ?いや、館の前に車が停まっていたのだから、館の前の車の前に館があって館の車がなければならないのに、館の前に車の前に、いや後ろか?いやそうじゃない。見回しても、さっきロッジ議員と話した館がない。あそこに入ればなんとかなると思ってたのに…!


「乗りたまえ」

ドアを開けて促すホワイト・ハースト。

「……」

また、何もできないし言えない状況になってしまった。

「どうした?靴の泥など気にするな」

車内も真っ白な革張りで塵一つなく、確かに汚すのは気が引けるが、そうではなくて…。

"ロッジ議員は想像を絶する権力者"、マニング先輩の助言がまた反響してくる。僕の人生はいつ、ロッジ議員に従うか抗うかの二択しかなくなってしまったんだ?今朝か?名前も知らない大司教がお亡くなりになった数日前か?あの論文を提出した半年前か?

「いえ、でもいちおう…」

時間を少しでも稼ぎたくて、靴の泥を払う。今日二回目だ。なんで館がないんだ?いやそもそも、ここにサンクタムの館はあったのか?前に通りかかったときには、あんな建物はなかった…。

数十秒も靴をいじっていたら、流石にホワイト・ハーストの視線が痛くなってきた。

もう時間は稼げない。意を決して顔を上げ、乗り込むことにした。これで僕の人生は、“共和党アンチ”というレッテルを貼られてしまうのだろうか…。というか、たぶんこの人、噂に聞く南部の白人至上主義集団だろ…?


というところで、声が聞こえてきた。

「だめだよ、車に乗ると自由じゃなくなる」

ホワイト・ハーストが大げさな動きで身構える。ここに自分たち以外の人間がいるとは思っていなかった、というような表情で、周囲を見回している。

「後部座席は特にダメ」

声がすぐ近くで聞こえる。ホワイト・ハーストからは死角になっている方向から。ささやき声のような。

「酔っちゃうからね」

今朝、大学の前で会ったカウガールが、振り返るとすぐそばにいた。


シーン7-3以降は9月23日投稿予定

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