51話 点と点
「三上くん……」
先輩は男を見て、三上くんと呟いた。
(この男が三上……という男なのか……? サークルの代表でもある……)
こちらに歩み寄ってきた長身の三上は一度俺を鋭い眼光で睨みつけてから、速水先輩の肩を掴み気象荒く口を開いた。
「渚……このガキ誰だよ?」
「三上くんには関係ないでしょ」
三上の高圧的な態度に、速水先輩は怯むことなく言い返してはいるが、その表情が硬い。
「おい、おまえ! なんで渚と親しそうに話してるんだよ!?」
眉間にしわを寄せて、明らかに機嫌が悪いこの男が今度は俺に嚙みついてきた。
「俺は……速水先輩の後輩で……」
どう答えようか迷いが生まれるが、とりあえず嘘偽りない関係を説明することがマストだろう。
「後輩? じゃあ俺の後輩でもあるってことだよな!?」
(なんでそうなるんだよ……同じ大学なのか?)
なにが言いたいのか知らないが、不良というかチンピラというか……乱暴な男だ。
その言動からは知性を感じない。
「あの……顔色がよくありませんよ。気が立っているようですし……」
カリカリしているし、顔色も少し悪いように見える。
「あっ!? なに言ってんだテメェ!」
そのことを指摘するだけで、俺の胸ぐらを掴んでくるほど逆上して落ち着きがない。
俺に対してはどうでもいい。
でも、速水先輩に対して粗暴な態度をとるこの男が許せなかった。
「やめて、三上くん」
こちらを威嚇してくる三上を静止するように、先輩は俺たちの間に割って入ろうとしたのだが。
「どけ! このアマ!!」
その刹那、渇いた音が響いた。
それは先輩の顔を三上が力強く引っ叩いた音だった。
「先輩!」
よろけて思わず床に膝をついた先輩の体を俺は反射的に両手で支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
先輩の頬は赤くなっていて、その表情も弱弱しかった。
「……い、痛みますか?」
いつもは優しいその瞳から、涙が溢れていた。
「おい、三上……いい加減にしろよ」
こんなに憤りを感じたのは初めてかもしれない。
「あっ!? 何か文句でもあるのか!?」
三上は全く引くことなく、俺の前に詰め寄ってくる。
さっき先輩に告白されて、色々なことを考えていた。
今までのことも、これからのことも。
葵のこと。
雫のこと。
そして……速水先輩のこと。
でも、こんな気持ちは初めてだ。
現実に、未来に、すべてに絶望したと思っていたあの時の俺でも、こんな感情は湧いてこなかった。
ただ逃げ出しただけ。
それでは解決しない。
それを学んだはずだ。
脅威には立ち向かわなければならない。
希望の結果が得られなかった現状を嘆いたり、弱気になっている場合じゃない。
きっと行動しなければ、大切なものを守れず見失う。
「おい、いい加減にしろ! さっさと失せろ!」
俺は立ち上がり、三上を怒鳴りつけた。
しっかりと怒りを込めた俺の言葉がこいつの耳に届くように、眼光鋭く睨みつけた。
「な、なんだ!? 口答えするのか!?」
「おまえが何様だ!? わけのわからないサークル活動で他所の大学にまでやってきて!」
「な、なんだと!?」
言い返す言葉がないのか、再び俺の胸ぐらを掴んできて悔しそうに歯を食いしばっている。
「殴れよ。どうせ自分より力の弱い女性に手を上げることしかできなんだろう?」
「お、おまえは渚とは関係ないだろうが! ただの後輩のくせに!」
なぜそんなに速水先輩に固執するのか。
ストーカーとはそういう者なのだろうか。
「俺はさっき先輩から告白を受けた」
「な、なにっ!? ど、どういうことだ!? せっかく渚を俺の女にしてやろうと思って……。そ、そしたら絶対にこいつも喜ぶだろうって」
「おまえの身勝手な妄想に先輩を巻き込むな。この食堂には監視カメラがあるだろうし、今も数人の学生がこっちをさっきから見ている。これ以上、暴れたらどうなるかわかっているだろう?」
握り拳を振り上げる三上だが、それを振りぬくことはしない。
「おまえは渚のなんなんだ!? 関係ねぇならすっこんでろよ!」
ここまで言っても引く気配はない。
「関係はある。俺は……先輩のこと好きだから」
「なっ!? はっ、す、好き……」
さっきの告白の返事をするように、動揺している三上を尻目に俺は先輩を見た。
先輩は目を丸くしていた。
俺の返事が意外だったのだろうか。
「く、くそっ!!」
「さっきおまえは速水先輩に暴力を振るった。これは大問題だ。これ以上、先輩に付き纏うな」
俺の胸ぐらからを掴んでいた手をようやく三上は放したが、まだ何か言い足りないのかこちらを睨みつけてくる。
「牧野!」
俺を呼ぶ声が聞こえた食堂の出入り口付近に目をやると、坂井くんがこちらに向かって駆け出していた。
それに続いて、後ろから中野さんと雫もこちらに小走りで向かってくる。
「ま、牧野だと!? ……く、くそっ!」
人が集まってきたことで、三上もさすがに焦りを覚えたのか。
それとも……。
「三上……射幸性の強い遊びは人生に必要ないぞ」
「はっ!? ど、どういう意味だ……」
どうやら俺の言葉の意味はよくわからなかったらしい。
「大丈夫か、牧野!?」
凄いスピードでこちらに走ってきてくれた坂井くんを見た三上は2,3歩後退りして、この場を去ろうと俺たちに背を向けた。
さっきの先輩への暴力の制裁を加えてやりたいが、今はこれ以上問題を大きくするのは良くない。
「二度と先輩に近づくな!」
急いでこの場を去っていく三上に向かって俺は声を張り上げて警告をした。
「牧野、大丈夫か!? なにがあった!?」
坂井くんの表情が険しい。
それもそのはずだ。
「あぁ、うん。あとで話すよ」
学食にいたのは数人の学生だけだったが、その全員がさっきの俺たちのやり取りに混乱していた。
「や、大和くん……ごめんね。巻き込んで……」
先輩は徐に立ち上がり、さっき三上に叩かれた右頬に手を当てていた。
「先輩、見せて」
先輩の手を動かして、頬の状態を確認する。
赤くなってはいるが、腫れてはいない。
そこまで大事にならなかったことに勝手ながらほっとした。
「大和くん……さっきの、好きって……」
告白の返事……。
俺の耳元で先輩が小声で呟いた。
その瞳が大きく揺れていた。
「はい……方便です」
俺も先輩の耳元で言葉を返す。
「あれであの男の言動の抑止力になればいいんですけど」
先輩の思い描いていた返事とは違っただろうか。
「もしかして、速水先輩……ですか?」
同じ海明学園に通っていた坂井くんはこの人が速水先輩だと気が付いたようだった。
俺と先輩を交互に見つめて、現状なにが起こっているのか疑問符を浮かべている。
「修二、なにがあったの?」
「い、いや、俺にもわからなくて……」
中野さんと雫もこちらに戻ってきた。
「や、大和……大丈夫な……の」
心配そうに俺に声を掛けてくれた言葉が途絶えて、雫は一点をただ見つめていた。
「どうしたの、斎藤さん?」
中野さんも、坂井くんも、雫の様子に首を傾げている。
「雫、俺は大丈夫だ。坂井くん、俺この人を連れて医務室にいってくるから、雫のことを頼んでもいいか?」
「あ、あぁ……それは、いいけどさ……」
「行きましょう、先輩」
俺は先輩の手を引いて、この食堂の近くにある医務室へ向かうため歩を進めようとしたのだが。
「まって……」
さっき急に固まってしまった雫の消え入るような声が聞こえてきた。
「……まってよ」
その雫の訴えるような声に……。
「待ってよ、渚ちゃん!」
速水先輩が……ピクリと反応したのがわかった。




