50話 愛と弱さ
速水先輩は俺のことをまっすぐ見つめていた。
「あなたが好きよ、大和くん」
先輩は好きという言葉を繰り返した。
先輩の顔は真剣そのものだった。
「あの……おれ……」
現実味がなかった。
まさか、先輩が俺のことをそんなふうに思ってくれていたなんて……。
なんて答えればいいのか、わからない。
押し黙ってしまった俺を見て、先輩は申し訳なさそうな表情をしていた。
「……突然ごめんね。でも……いつか気持ちを伝えたいと思っていたから……」
いつか気持ちを……。
最近ではなくて、結構前から俺のことを想ってくれていということなのか……。
「大和くんのこと、ずっと凄いと思ってる。逆境で頑張る大和くんの姿がとてもかっこよかった」
逆境で頑張る……。
それは先輩も同じじゃないですか……。
「お、俺は……そんなふうに先輩が見てくれていたなんて……思ってなくて……」
先輩だって高校生になってからずっとアルバイトをして、学校では色々な人に頼りにされて貢献して、受験勉強も頑張って。
「私ね、この気持ちをずっと言いたかったけど……大和くんが大変な時期だってわかってたから……。大学受験を終えて、学生生活にも慣れ始めたこのタイミングがチャンスだと思って……。それで……私……」
いつも堂々としていて、他人のために親身に寄り添うことができる。
そんな優しい先輩の言葉と表情が次第に弱弱しくなっていく。
(なんで……)
胸が張り裂けそうになっていた。
俺はそんな先輩の姿をこれ以上見たくはなかった。
「俺は……先輩に相応しい男なんかではありません」
「それは……だめってこと……?」
先輩の瞳が大きく揺れた。
だめなんかじゃないよ。
俺は先輩のこと好きだよ。
俺だって、先輩が一生懸命頑張っていた姿を見てきたんだから。
でも、この気持ちが恋なのか……。
本物なのか……わからない。
「俺は……今は……恋人とか考えてなくて……。色々あったし、もう……あんな思いはしたくないっていうか……」
俺には好きな人がいた。
幼馴染のあいつのことが大好きだった。
今、あいつがどこでなにをしているのかは知らない。
だから、徹に会おうとした。
怖かったけど。
蚊帳の外かもしれないけど。
ただ伝えたかった。
元気でやってるか?
俺は色々あったけど、なんとか頑張れたよ。
泣かせてごめん。
約束守れなくてごめん。
勝手にいなくなってごめん。
あいつの心の中にもう俺はいないかもしれないけど、最後にケジメとして、そう伝えたかった。
悶々としている感情に終止符を……。
あいつの……葵の相手が徹でも……誰であっても。
葵が笑っていれば、幸せならそれで良いって……。
「や、大和……くん?」
「あっ、はい……」
「それで……返事は……」
膝の上で握りこんだ先輩の拳が震えていた。
それだけ勇気を出して、俺に告白してくれているんだ。
「へ、返事は……」
もしも、俺がここでOKと言えば……先輩が彼女になって……俺たちは恋人で……。
尊敬している。
憧れている。
辛かった時代を支えてもらったことは1度や2度じゃない。
俺は先輩のことが好き……?
「俺は……」
悲願の大学生になれた。
あいつのことは……もう過去のこと。
そして目の前には、こんな俺を好きと言ってくれた速水先輩。
「……先輩のことが……」
曖昧な気持ちのまま恋人になるなんて不謹慎だろうか。
人として好きだということは間違いない。
女性としても魅力的だ。
でも……確かに……心に引っ掛かる。
「ありがとうございます。そんなふうに想ってもらえて……とても嬉しいです」
…………雫…………。
「で、でも……」
そうだ……今の俺は、俺の心は一人ぼっちでは決してない。
親の離婚があって、転校して、後ろ向きだった俺に勇気をくれた雫の存在が俺の脳裏を浮かんだ。
俺はあいつに……。
「先輩……やっぱり……その、付き合うのは…………っ!」
その瞬間、俺は言葉を紡いだ。
俺が否定の言葉を発しようとしていたことを先輩もなんとなくわかっていたのだろう。
俯いた先輩の目から涙が零れ落ちていた。
「少し……打算的な話をしてもいいかな?」
喉奥から必死に絞り出したような先輩の声だった。
♢
「さっき言ったインカレサークルだけど。あの活動はね、色んな業界の2世や3世が集まった学生団体なんだ」
「……そ、そうなんですか?」
打算的……?
インカレサークルの話……?
「正直、特に何か活動をしているわけじゃない。彼らは定期的に集まって家庭内のことを悪く言っているだけの、無益な集まり」
無益で何もしていないクループ。
一体なんのために彼らは集まっているのか……。
その理由がなんとなく、垣間見えた気がした。
「協定のようなものですか?」
先輩は静かに頷いた。
「親が社長だったり、政治家だったり……大なり小なりだけどね。大人がそういう集団を作るように仕向けて、人脈やノウハウを今の段階で身に着けさせようとしている。……そんなサークルなんだ」
俺は黙って口を挟むことなく先輩の話に耳を傾けた。
「あのサークルの人たちも可哀そうなんだよ。親族から期待されて重荷を背負わされている」
あのサークルはそういう集まりだったんだ。
中野さんも医者の家系らしいので、家の人に言われてそれに所属したのだろうか。
いや、それよりも、なら先輩は……。
「先輩は……イレギュラーな存在ということですか?」
「うん、そうだよ。私は成績が良いことを理由に……三上くんに誘われて、サークルに入った」
スーパーでバイトをしていた時に聞いたことがあった。
先輩は家が裕福ではないからバイトをずっと続けていると。
「三上くんにその実態を教えてもらった時、もしかしたらこのサークルに所属することは自分にとってプラスになるんじゃないかって都合よく考えた。これから先の就職や将来の展望が描きやすいのかなって。でも、実際所属してみると、そんな上手い話はなくて……」
三上というのはそのサークルを取り仕切っている人物らしい。
「それで最近はサークルの活動も参加していなかったんだけど……少し前から三上くんが私にしつこく付き纏ってくるようになって……」
「それって、どんなふうにですか?」
「大学でもずっと付き纏ってきて、何度か自宅までついてきたこともあったし……それに……」
これ以上は言いたくなくはないのか、先輩は再び俯いた。
「それってストーカーなんじゃ……大学に相談するとかしたほうが……」
「うん……それもしたんだけど、なぜか余計にしつこく関わってくるようになって」
エスカレートしているのか?
典型的なストーカーじゃないか……。
「ついには俺と付き合えって、何度も言ってくるようになって。断ったんだけど……しつこくて……。だから私……つい……彼氏がいるからって」
そう嘘をついてしまったことに嫌悪感を感じているのだろう。
「それが、打算の意味ですか?」
先輩らしくないよ。
いつもはもっと強くて、お淑やかで、優しくて……。
「大和くんのこと本当に好きなんだ。こんなこと言って卑怯だということはわかってる。でも……」
いや……きっと偏見だ。
俺が勝手に先輩はそういう人間だとフィルターをかけていたんだ。
強い先輩もいれば、弱い先輩がいるのも当然なんだ。
「せ、先輩!……俺は─────」
もう……こんな先輩の涙を流している姿をこれ以上見たくなかった。
「おい渚! ……なにガキに泣きついてるんだよ?」
俺の言葉を大声で遮って、こちらにゆっくりと歩み寄ってきた男。
(もしかして……こいつが……)
そいつは今日見かけたサークル集団の中で、特別異彩を放っていた長身の男だった。




