42話 癒えない痛み
入学式を終えて、今日は解散になる。
学内ホールを学部ごとに促されて退出していく。
「まじで驚いたぜ。牧野くんが新入生代表だったなんて」
大学側から入学説明会の時に新入生代表挨拶をお願いしたいと話があった。
しかし、まさか入試トップの学生が選ばれているなんてことは知らなかった。
「国立も受かったっていうのも当然だよな。ていうか、なんで私立のここにしたんだ?」
「ああ。……成績優秀者ってことで、入学金と学費免除だったから……」
そう……大学を受験すると決心した時、これがモチベーションの一つだった。
国立なら学費が安いからお金のことは心配しなくていいと、母さんは快く言ってくれたけど。
大学生はもう子供じゃない。
できる限り自分のことは自分で解決したい。
身近な努力を積み重ねることで掴み取ることができる可能性があるものなら、それをしないのは甘えでしかない。
「本当に牧野は凄いぜ! 成績だけじゃなくて金のことも考えて進路を選んでよ。俺なんかとは大違いだぜ!」
さっきから坂井くんは目を輝かせながら俺のことを絶賛してくる。
急に呼び捨てになっているし。
「ちょっと修二、さっきから牧野くんとの距離が近いよ」
呆れたようにさっきから黙って俺たちの会話を聞いていた中野さんが口を挟んでくれる。
「おう、わるい。でも中野だって牧野のこと凄いと思うだろう?」
「それは……思ってるよ。だって、牧野くんは海明学園も首席で合格してるんだから。最初から頭が良いんだよ。……天才なんだよ」
天才なんて過分な言葉だ。
たしかに昔から周囲よりは勉強ができたし、呑み込みも早かったと思うけど、この結果を得ることができたのは自身の努力の成果だと胸を張って言える。
「まあ、それはそうだろうけどさ、牧野は多分俺たちより環境が悪い状況で────」
坂井くんの話を中野さんはどこか神妙な面持ちで右から左に聞き流しているように感じた。
「ん? あれは……サークルの……」
ホールを出て学内中心部の広場に向かうと何人もの上級生たちが待ち構えていて、それが部活やサークルの勧誘活動だと一目でわかった。
「きみたち! 卓球同好会に興味はないか!?」
次々と新入生に声を掛けている上級生たちが俺たちの前にもやってきた。
俺は勉学のことしか頭になかったので、これだけ熱心に勧誘している先輩たちの様子に圧倒された。
「部活ではなくて同好会だから週に2、3日ほど楽しく練習をするんだ。運動不足解消になるし交友関係も広がるよ!」
交友関係か。
能力だけではなく、人脈やコミュニティも大切だ。
もしかしたら気が合う友人ができるかもしれない。
サークルに入れば、他の学部の人たちとも関わりやすくなるだろうし。
「それだったらテニスサークルだって負けてはいないぞ!」
今度は別の集団が割って入ってきて、そのままPRが始まった。
「我がサークルは親睦を深めるために定期的にどこか飲みに行くことになっているんだ! いつでも参加して良いぞ! おっと、20歳未満の後輩は勿論ジュースだから安心してくれたまえ」
交友関係のためとはいえ、定期的に食事に行くのは費用が嵩む。
正直論外だ。
そもそもテニスサークルなのに、テニスのPRはないのか……?
「へー、なんだか楽しそうだな」
耳元でそう呟いてきた坂井くんを尻目に、俺は首を横に振った。
「いえ、俺は結構です」
「うーん、興味ないか……。仕方ない、また気が向いたら声を掛けてくれよ!」
素っ気なく断った俺を見た勧誘の先輩たちは次の標的に狙いを定めて駆け出して行った。
「おい牧野、一緒にどこかサークルに入らないか? なんだかフラットな感じらしいし、あわなかったら抜ければいいだろう」
「いや……俺は、今はいいかな。もう少しよく考えるよ」
せっかく大学生になれたんだし、サークル活動は魅力的だ。
でも……。
「途中からだと参加しづらくなるかもしれないぜ。今から入って席だけでも作っておけばさ」
「しつこいよ、修二。牧野くん困っているじゃない」
距離を詰めてくるフレンドリーな坂井くんとは真逆な性格の中野さん。
彼女はさっきからサークル活動には興味が無さそうだった。
「中野さんはサークルとか入る予定なの?」
「……私は入らないよ。もう参加している活動があるし」
もう参加している?
「なんだよ中野、何に参加してるんだよ?」
「……インカレサークルっていうのに、ね」
「インカレサークル? なんだよそれ?」
「学生団体っていうか、他所の大学の学生と活動するグループ、かな」
そんな活動があるんだ。
他所の大学、か。
「いつの間にそんなサークルに入ったんだよ?」
「入学説明会の時に声を掛けられて、その時に。まだ何も活動はしてないけどね」
中野さんのことを慎重な性格だと思ったが、積極的な一面もあるらしい。
(俺ももっと積極的にならないといけないかな)
大学生活という新たなスタートを切った新入生も、勧誘をしている上級生も、とても楽しそうだ。
学内の中心部にあるこの広場をグルっと見渡しているだけで、刺激が貰えてより意欲的な気持ちになれる。
「おっと……」
速足で歩いていた誰かとぶつかってしまい、体勢を崩されてしまった。
周囲の様子に気を取られていたので回避できなかった。
「大丈夫か、牧野」
隣にいた坂井くんが俺の腕を反射的につかんでくれたおかげで転倒は免れたが……。
「おい、気をつけろよ!」
憤りを感じたのか、坂井くんは少し声を荒げてそいつに向かって言葉を発した。
スーツ姿のそいつは長身で良い体つきをしていることが、その後ろ姿からもわかる。
「あっ……す、すみませ……」
振り返ったその男は俺の顔を見て、口にしかけていた謝罪の言葉を途中で止めた。
「やっ……や、やまと……」
その男は俺を見て目を見開いた。
震えている口元から出た言葉は、俺の名前だった。
俺もその男を見て目を丸くした。
見間違えるはずもない転校前の俺が、親友だと思っていた……。
「と、徹……か?」
徹は俺の問いかけに答えようとはせずに、2歩3歩後退りしながら距離を取ってくる。
「おまえ村瀬か? どこ見て歩いてるんだよ! 牧野にぶつかっただろうが!」
坂井くんが詰め寄る態度を取ったその刹那、青ざめていた徹の顔が表情を変えた。
「おい、待てよ!」
そして次の瞬間、俺たちに背を向けて徹は走り出した。
さっきの徹の表情には見覚えがあった。
初めてあいつに出会った頃。
まだ仲良くなる前によく見た……眉間にしわを寄せた、怒りと不安が入り交ざったような表情。
「なんだよあいつ! さては新入生代表が牧野だったことが気に入らなかったのか? まったく器の小さい男だな」
「牧野くん……大丈夫?」
「えっ……? あ、あぁ……大丈夫……だけど?」
心配してくれる中野さんの声が少し遠い。
「本当に? 顔真っ青だよ?」
耳鳴りがしていた。
頭が痛い。
あの時の……文化祭の時の……。
あの苦しみに……似ていた。




