21話 自己変革
「宮野さん、次はなに食べる?」
「あ……はい、私は……なんでも」
私と大和に徹、そして……速水先輩の4人で文化祭を回っている。
「速水先輩って意外とよく食べるんですね」
「うん、食べるよ。そういう村瀬くんは見た目によらず小食だね」
さっきまで大和と楽しい文化祭を満喫していたのに……。
速水先輩が『私も同行しても良いかな?』……って聞いてくるものだから。
ダメです……なんて言えないよね。
それから私たちは沢山立ち並ぶ模擬店を網羅するように回っていく。
速水先輩が加わって少し気まずさがあったけれど、なんだかんだ言って楽しい。
今日の大和は昔みたいに明るいし……この後の後夜祭にも、少し期待を膨らませたりもして……。
「ねえ、宮野さんって生徒会には興味ある?」
「え……いえ、とくには」
「そっか。実は生徒会って人材不足で優秀な人を今探してるみたいなんだよね。宮野さんや村瀬くんは向いてると思ったんだけど」
「俺もとくに入る理由はないですね」
生徒会か……。
大和が入るなら私も入ってみたいと思っただろうけど……。
「宮野さん、一緒にお化け屋敷に入らない?」
「あ、はい」
速水先輩に少し緊張していたけど、この人は優しくて気配りができて……本当に素敵な人だなと思った。
そんな先輩と私が打ち解けるのに時間は掛からなかった。
その後は4人で文化祭を堪能した。
本当に楽しい時間だった。
そしてやってきた後夜祭。
沢山の生徒たちが想い人や友人とフォークダンスを踊っていて、それを見ているギャラリーも、皆がこの瞬間を楽しんでいる。
私は隣にいる大和のことを横目で様子を伺う。
フォークダンスの伝承?ジンクス?だっけ……?
大和を誘う勇気なんてないけれど、彼と踊ってみたいなぁ……彼から私を誘ってくれないかなぁ……なんて、都合の良いことを期待している。
「そういえば誕生日なんだね、宮野さん。おめでとう」
速水先輩は優しい笑顔で私にそんな言葉を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
この人はいつも成績トップで、人望が厚くて、生徒会や先生たちからも頼られて信頼されて、今日初めて会った後輩の私にも優しい。
数時間一緒に過ごしただけなのに、私は速水先輩に憧れを抱いていた。
「はぁ……高校生活も、あと少しか……」
先輩は少し寂しそうにそう呟いた。
もう秋だし、3年生は間もなく大学受験が控えている。
憂鬱になるのも当然だと思うけど、いつも学校で誰かに頼りにされていて前向きで明るいイメージしかなかったから……。
そんなことを口から漏らしたことに、少し違和感というか意外に感じた。
「私、一回も踊ったことないんだよね……」
先輩がそう言って、視線を大和の方へと向けた。
「せっかくだからフォークダンス踊らない?」
全身に緊張が走った。
速水先輩が大和を誘っている……?
大和と踊りたいってこと……?
それって、先輩は大和のことが……。
「踊りませんよ、ダンスなんて興味ないし」
大和が素っ気なくそう答えたことで、私はほっとした。
その口振りから察すると、大和はこのフォークダンスの意味をよく知らないのかもしれない。
「お、俺も遠慮しておきますよ!恥ずかしいですし!」
徹は別に誘われていないように見えたけど、慌てた様子で先輩に向かって言葉を発した。
「そっか……残念」
少し影がある表情の先輩が凄く印象的で覚えている。
♢
「あ、あの、速水先輩……さっきのフォークダンスの時……」
文化祭が終了してこれから下校しようとしていた時、私と先輩は大和と徹を待っていて二人きりだった。
「私が大和くんのことを誘ったこと?」
固唾を飲んだ。
「は、はい……。もしかして、先輩は大和のことが……」
彼女の発言を緊張しながら待つ。
その時間はたった数秒だったけれど、私の心は恐怖で一杯だった。
こんな先輩が恋のライバルになんてなってしまったら、私なんかに勝ち目があるはずない。
「大丈夫だよ、私ね、好きな人とかいないんだ」
先輩はどこか冷めたような眼差しだった。
「宮野さんと大和くんはさ、幼馴染なんだよね?」
「はい……大和は昔から本当に賢くて、皆からも慕われていて、とても頼もしくて……」
「へー、それで宮野さんは彼のことが好きなんだ」
それを聞いて、いつもの私なら誤魔化しただろうけど……。
「好きです……大好きです……昔から……」
この時は素直に本音が口に出た。
「それって……大和くんが優秀だから好きってこと?」
「そ、そんなことないです、そういう事じゃなくて、私は昔から……」
「昔から、賢くて?慕われていて?頼もしくて?……それで好きになっちゃったんだ」
な、なに……?
「ち、違います!彼はいつも私に優しくしてくれて!勉強だって教えてくれて!」
「都合が良い存在だった?」
なんで……どうして……?
「そ、そんなことは……ない、です……」
さっきまで憧れの対象として見ていた先輩が……。
なぜこんなにも恐ろしく見えてしまうの……。
「本当に?」
虚ろな目をしている先輩に言い返すことができない。
「私は……本当に……す、好きなんです……」
賢い大和が?
慕われている大和が?
頼もしい大和が?
優しい大和が?
「学園創設以来、二人目の満点首席合格者。本当に凄いよね。私も昔から勉強には自信あったけど、この学校の入試で満点を取るなんて想像もできなかったよ。それだけ大和くんは突出していた……少し前まで……」
少し前まで……。
その言葉は過去形を意味していて、もう大和は速水先輩から見て優秀ではない、ということ……?
「間違いなく彼は優秀だよ。でもね、心なんて本当に諸刃の剣なんだよ。なにか一つボタンを掛け違えるだけで……」
……わからない。
先輩がなにを言いたいのか。
……よくわからない。
「大和くんがあなたの理想する存在ではなくなってしまったら……それでも彼のことを好きだと断言できる?」
「で、できます!」
「もしも彼が平凡な人間だったとしても?」
「好きです!」
「もしも彼が不真面目な人間になったとしても?」
「か、関係ありません!」
「もしも彼が……犯罪に手を染めてしまったとしても?」
その言葉を聞いた時……その時だけは憤りが、怒りが、心の底から湧いてきた。
なにを言っているの?
この人はなにを……。
「ごめんね、宮野さん。ただの八つ当たり」
「え……」
私の肩に手を置いていつもの笑顔で優しく微笑み掛けてくる彼女の姿を見て、心が少しずつ……落ち着きを取り戻していく。
「最近、受験勉強とか学校行事のお手伝いとか……色々あって……少し、ナーバスになってしまって……。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げた先輩を見て驚いた。
「い、いえ、大丈夫ですよ」
八つ当たり……。
意外だった。
こんな凄い先輩にも悩みや葛藤があるのだと……。
「私、先に帰るね」
「あ、そう……ですか」
大和たちと合流して一緒に帰る約束をしていたのに……。
立ち去ろうと私に背を向けた先輩はそのまま言葉を続ける。
「私ね、本当は生徒会とか色々なことをしてみたかったんだ。でもね、世の中は何一つ平等じゃないから……」
その後ろ姿はとても寂しそうに見えて……。
「個人的に宮野さんのこと応援してるんだ。学校のことも恋のことも。最後に一つだけ先輩からアドバイス」
でも先輩は満面の笑みで振り返った。
「あなたはあなたのために頑張ってね。誰かのためじゃなくて自分のために」
明るい様子で去っていく速水先輩がなにを言いたかったのか、私にはわからなかった。
でも、自分のために頑張る……確かにその通りだと思った。
大和が振り向いてくれるのを待つのではなく、私が彼を導けるぐらい大きな存在になれたら……。
「生徒会か……」
数日後、私は生徒会に入った。
自分を変えたいと思った。
風の噂で速水先輩が国立大学に合格したと聞いた。
結局、先輩と話をしたのは文化祭のあの日が最初で最後だった。




