番外編 ショコラの国(後半)
2時間後、私はお店の前でリオールが来るのを待っていた。
しばらくすると先ほどよりも顔色がよくなったリオールが手を振ってやってくる。
「お待たせ。ショコラ作りどうだった??」
「……実はあの後すぐにレッスンを辞退したの」
「辞退??じゃあ、ショコラは作らなかったの??」
私が手ぶらでいる事に気づいたリオールは少し悲しそうな顔になった。
泣きそうな顔で俯いたリオールはひどく感嘆としている。
そんなリオールの手を引いて、私は歩き始めた。
「青藍??どこに行くの??」
「リオール、君って実は甘い物が苦手でしょ??」
「え、どうして……」
「会場中がショコラの甘い香りがしてたからそれで気分が悪くなったんじゃないの。それならそう言ってよね」
「でも、青藍が楽しんでいるなら僕も一緒に楽しみたいんだ」
リオールが甘い物を苦手じゃないかと気づいたのは、数年前のこと。
学生時代、バレンタインデーの時のリオールは死んだ顔をしていた……下駄箱、机、直接渡された大量のチョコを見て少し顔を青くしていた事に私は気づいていた。
この会場中にはショコラの香りに包まれている。
私にとってはいい香りと感じたが、リオールにとっては相当しんどかったはずだ。
「リオールがつらい思いをしてるのなら、私は楽しめない。そんなことされてるほうが不愉快よ」
「ごめん……でも」
「――だから、ショコラじゃなくて夕ご飯を作ってあげる」
「え……??」
「ショコラのお店の人に聞いて、街で美味しいお店を教えてもらったの。そこの店主さんにレシピを聞いてきたし、昔にお母さんから教わった料理も作る……それをショコラの代わりに作ってあげるから」
リオールは私に無理に合わせることがある……例え自分が苦手な事や嫌な事でも。
だから私はショコラではなく、街で有名な料理を教わる為にレッスンを辞退していた。
パティシエが顔見知りだというお店を紹介してもらったので、残りの時間を使いそのお店でレシピと作り方を教えてもらっていたのだ。
「青藍……!!」
「言っておくけど、リオールの家の料理人が作るような繊細な料理は作れないからね!!我が家の家庭料理も普通なやつだから期待しないでよ!!」
「ありがとう。青藍の料理、とっても楽しみ」
「じゃあ、食材の買い出しに行くよ。荷物持ちはよろしくね」
「わかった。任せてよ!!」
私は料理がそこまで得意ではない……教えてもらったが、プロと全く同じようには作れないだろう。
だから、変に期待させない様に言ったのにリオールは期待した眼差しで見てくる。
こんなことなら作り方なんて教わらないで、お店に連れてってお店の料理を食べさせておけばよかった……!!
「買い忘れはない……はず。それじゃあホテルに戻ろう。私の部屋にキッチンが付いてるからそこで作るよ」
「わかった。ふふふ」
「何ニヤニヤ笑ってるのよ。気持ち悪い」
「だって青藍の手料理だよ??……楽しみだなぁ」
始終ニヤニヤ……いや、他の人からすればイケメンがはにかむように笑っていると見えているだろう。
私はそんなリオールを見ながら、先ほど買った”とっておき”が入ったポケットをに軽く触れた。
(リオール……君にはとびきりとっておきの料理を食べさせてあげる……!!)
ホテルの厨房で、調理器具や調味料、食器を借りてから私の部屋で料理を始める。
リオールはキッチンの向かいにあるカウンター席に座って、相変わらずニコニコしながら私を見ていた。
「……ねぇ、やりにくいからじろじろ見ないでくれる??」
「いいじゃない。青藍のエプロン姿が可愛いんだもの。ずっと見ていたいんだ」
「はぁ。好きにして」
私はリオールに見つめられながらも料理を開始する。
手際がいい方ではないので、全ての料理を作り終わる頃には1時間ほど経っていた。
その間ずっと、私はリオールに見つめられて話しかけながらなんとか失敗せずに5品を作った。
「わぁ、美味しそうだね」
「ちょっと盛り付けは自信ないけど、味は大丈夫なはずよ」
「うんっ。……これって一皿一人前??」
「いや、こんなに食べれないでしょ。私と分けて食べるの」
テーブルにはなんとかギリギリ5品のお皿が乗った。
チキンのトマト煮込み、サーモンのムニエル、オムライス、ポテトサラダ、オニオンスープ……私、頑張ったよ。
小皿にトマト煮込みの料理を取り分けて、リオールの前に置く。
「……こんな風に食事するの初めてかも」
「そりゃあ、リオールは貴族ですものね。でもビュッフェ形式ならこんな感じじゃない??」
「でもなんか不思議な感じ……」
「とりあえず食べてみてよ」
「うん、いただきます。……!!」
リオールはチキンのトマト煮込みを一口食べると、数回咀嚼をして固まった。
あれ??まずかった??味見したから平気なはずだけど。
「おいしい、おいしいよ!!」
「よかった……だったら無言にならないでよ。それはお店で教わったから絶対美味しいはず。」
「そのほかは青藍の家で出てくる料理なの??」
「うん。簡単なものならお母さんの手伝いをしてたから、記憶があやふやだったけどなんとかできたよ」
丁寧に味わうように料理を口に運ぶリオールは美味しそうに食べている。
私は、とある料理を勧める……これが本名の料理だから。
「ねぇ、リオール。そのオムライスを食べてみてよ。結構自信作なの……ケチャップがいっぱいかかってるところを食べたほうがおいしいよ」
「わかった。じゃあ、いただきます。……これはっ!!」
そのオムライスには”とっておき”がされている。
私のポケットにある、赤い瓶のソース……そう、激辛ソースをケチャップに多めに混ぜたのだ!!
買い物をしているときに、ふと目に入ったそれは相当辛いソースらしい。
(リオール、君には激辛ソースで苦しんでもらうよ。そして、そんな悪戯をする私を嫌いになりなさい。秘密でこんなことをされたらいくらなんでも引くでしょう??)
「オムライスもおいしいね!!ちょっとピリ辛なのがアクセントになってる」
「そうでしょう、辛いで……え??辛くないの??」
私は信じられない顔で、平然と二口目を食べているリオールを見た。
無理をしているようには見えないし、涼しい表情をしている……どういうこと!?
「どうして!?確かに激辛ソースを入れたはずなのに!!リオール、辛くないの!?」
「ああ、辛いソースが入っているんだね。でも、そこまで辛くないよ??」
「そんな馬鹿な!!」
私は信じられなくなり、自分も一口ケチャップが付いたオムライスを食べる。
すると、あっという間に口の中が火事じゃないかと思うぐらい熱くなって激痛が走る。
「か、辛い!!辛いよおおおおお!!」
「青藍、大丈夫!?ほら、お水を飲んで!!」
「……まだ、口の中が痛い。ううっ……」
ケチャップは確かに辛く、一口だけでも相当な威力だった。
コップ水を飲み干したが、口の中はまだヒリヒリする。
私は痛む口元を両手で押さえて隣にいるリオールを見上げたが、ケロリとした表情をしていた。
「な、なんで、リオールは平気なの……??」
「さぁ??気づいてなかったけど、結構辛いもの得意なのかも」
「……それ、早く自分で気づいてよ。そして、早く言って欲しかった……」
私はまだ残る辛さに苦しみながら、それ以外の料理を食べた。
リオールはオムライスが気に入って、1人でほぼ間食していた……化け物か??
すっかり空になった食器を洗いテーブルに着いていると、リオールが紅茶のセットを運んできた。
優雅な手つきで紅茶をカップに注ぐと、ふんわりと紅茶のいい香りがしてきた。
「はい、紅茶いれたよ。もう口の中は平気??」
「なんとか。ありがとう……」
私はお礼を言って、紅茶に口をつける――ほんのりとハーブのような香りがする。
口の中もようやく落ち着いた……本当にひどい目にあった。
「青藍、また僕の為に料理を作ってね。でも、結婚したら毎日でも食べたいな」
「いや、結婚しないし……しかも、私が作らなくても……美味しい料理を作ってくれるシェフがいるじゃない……」
「それでもたまには作ってくれたら嬉しいなぁ。……青藍、眠いの??」
「なんか、いきなり眠気が……」
「青藍??……もう寝ちゃった」
私は急激に襲ってきた眠気に耐え切れず、落ちるように眠ってしまった。
その様子を、リオールは満足げに笑っていた事に眠っていた私は気づくことはなかった。
***
紅茶を飲んで、あっけなくすやすやと眠っている青藍をそっと横抱きにする。
キッチンで紅茶をいれている時、青藍のコップに透明な液体を数的垂らしておいた――即効性のある睡眠薬だ。
「青藍ってば無防備なんだから。僕の事、簡単に信用しすぎだと思うんだけど」
腕の中にある心地よい体温と感覚に幸福感を感じながら、そっと青藍をベッドに寝かせた。
ベッドに寝かせた瞬間に起きてしまうかと思ったが、相当眠りは深いようだ。
「本当はこのまま眠らせて僕の屋敷に連れて帰ろうかと思ったけど、今日の僕は気分がいいから見逃してあげる。でも、次はそうはいかないからね……青藍」
青藍の隣に自分も寝ころび、小さな体を包み込むように抱き締める。
うっとりとしながら、銀色の髪に口づけをしてなめらかな頬をゆっくりと撫でる。
すぴすぴ、と寝息を立てている青藍を眺めているうちに自分も夢の世界へと落ちていった……。
青藍の激辛作戦は失敗に終わり、リオールの睡眠薬作戦はほぼ成功??
次は本編、砂漠の国に冬を届けに行きます




