第2章 「演習場に整列する研修生達」
支局を出発した装輪式装甲人員輸送車に揺られる事、数十分余り。
私と英里奈ちゃんを始めとする訓練生の志願者達は、堺県と和歌山県の県境に位置する河内長野地区に到着したの。
この河内長野市は南北朝時代にかけて後醍醐天皇の為に奮戦した楠木正成公に縁の史跡を有した歴史ロマン溢れる地であると同時に、花の文化園や関西サイクルスポーツセンターといった観光スポットも多く抱えた町でもあるんだ。
南海高野線や近鉄線も通っているから、大阪の難波や天王寺ともアクセスが良いんだよ。
まるで観光案内所のスタッフかボランティアみたいな物言いだけど、これも都市防衛を任務とする特命遊撃士なら当然の事だね。
自分の配属先の支局が管轄する地域の事もキチンと理解出来ていないようじゃ、ハッキリ言って仕事にならないよ。
とはいえ悲しいかな、こうしてアレコレ列挙した河内長野地区の名所は、この時の私達には全く無縁な存在なのだけどね。
どうしても研修生同士で花の文化園や関西サイクルスポーツセンターに行きたいなら、福利厚生の一環として定期的に開催されている懇親イベントを活用するって手もあるんだけれど。
「総員、整列!」
「整列!」
一糸乱れぬ統制された動きで訓練生の私達が整列したのは、河内長野地区の山中に設けられた人類防衛機構の屋外演習場だったの。
これには若き日の私も、思わず嬉しくなっちゃったね。
普段は支局ビルの地階に設けられた地下射撃場でせせこましく射撃訓練を行っている私達だけど、屋外の演習場なら普段の訓練ではあまり使えない強力な銃火器類にも触れるに違いない。
そんな期待に否応無く胸が高鳴ったね。
「もしかしたらグレネードを用いた射撃訓練かな?」
「それじゃ拳銃の整備と話が食い違っちゃうよ。」
実務研修の準備中という事で私語が許されるや、訓練生の子達は「今から自分達は何をするのか」と言う話題で持ちきりだったの。
まあ、それも無理はないけどね。
「これから何が行われるのでしょうか、千里さん…」
「さぁね、英里奈ちゃん。『これなら何が行われるのか』は私にも分かんないなあ。」
流石の私も肩を竦めるのが関の山だったよ。
「だけど、『これから何をすべきか』に関しては私にも答えられるよ。訓練生である私達が為すべきは唯一つ、上官殿と教官殿の御命令を遂行する事に尽きるよ。」
「成る程…それは然りで御座いますね、千里さん。私も特命遊撃士を志す者として、御役目を全う出来るよう努めねばなりませんね。」
この友人の返答は、実に頼もしい限りだったよ。
それでこそ戦国武将である生駒家宗の末裔、それでこそ生駒伯爵家の跡取り娘。
内気で気弱そうに見えてはいても、高貴な家柄に見合った矜持があるんだね。
だけど家柄に見合った矜持だったら、私にも相応にあるんだ。
何しろお母さんもお祖母ちゃんも、私同様に軍人だからね。
特命機動隊の予備准尉であるお母さんに、音楽教師になる前は軍楽隊だったお祖母ちゃん。
その二人に負けない立派な軍人になる為にも、まずは今回の実務研修を問題なくこなさなくちゃね。
そんな和んだムードも、教官殿がお戻りになられた事でピリッと張り詰めた空気に一変したんだ。
「急遽開講した臨時の実務研修であるにも関わらず、これだけの志願者に恵まれて喜ばしい限りで御座います。訓練生の皆さんの旺盛な向学心と熱意には、我々特命教導隊と致しましても頼もしい限りで御座います。」
緑色の教導服に身を包まれた教官殿の凛々しくも穏やかな御尊顔を拝見すると、もう否応なしに身が引き締まったね。
あの敬愛する教官殿の御前で、無様な真似は見せられないよ。
何しろ教官殿こと大沢実花中佐は、元化十二年十月における天弓武装戦線残党の摘発作戦で初陣を迎えられ、そこで華々しい戦果を挙げられたのだからね。
あの教導服の腰間に帯剣された軍刀でテロリスト共をバサバサと斬り伏せられたかと考えると、私も自ずと胸が熱くなっちゃうよ。
「それでは準備をお願いしますよ、滋賀里見世子准尉。」
「はっ!承知しました、大沢実花中佐!」
そうして教官殿の目配せを受けた特命機動隊の分隊長さんがテキパキと指示を出され、此度の実務研修の準備が整えられたんだ。
だけど肝心の準備が進むにつれ、英里奈ちゃんを含む訓練生達の顔色が徐々に変わっていったね。
思わず眉を顰めたり、呆然と口を開けちゃったり。
それも無理はないだろうな。
何しろ青い戦闘服とヘルメットを着用された特命機動隊のお姉さん達が慎重に運んできたのは、至る所を破壊されたサイボーグ兵士の亡骸だったのだから。
既に生命活動が停止しているのは一目瞭然だけど、人型の物体が淡々と運ばれているのは確かに異様な光景だったよ。
だけど私の胸中には、これから起きる事への期待と高揚感が渦巻いていたんだ。