第1章 「予兆‐未知なる研修への誘い」
あれはまだ、私こと吹田千里が特命遊撃士として人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局に正式配属される前の事だったの。
当時の私は「吹田千里准尉」と呼ばれていて、堺市立土居川小学校に六年生として在籍しながら特命遊撃士養成コースで軍事訓練を受けていたんだ。
適性を認められて養成コースに編入した子達には准尉の階級が与えられ、養成コース修了と支局への正式配属のタイミングで少尉に任官されるの。
謂わば特命遊撃士養成コースは、一般的な軍隊における士官学校みたいな位置付けになるだろうね。
もっとも、下士官である特命機動隊から特命教導隊へ昇級する形で士官になる子達も少なくない訳だけど、この子達にも別枠で士官教育が行われているんだ。
特命機動隊としての豊富な実務経験がある訳だから、同じ士官教育でも特命遊撃士養成コースから省略されるカリキュラムも少なくないの。
この日の私が受講した実務研修なんかは、省略されるカリキュラムの代表例だろうね。
何しろ実務経験の豊富な特命機動隊上がりの子達なら、もう何年間も日常的にこなしている事なんだもの。
だけど当時の私達みたいな、養成コースで訓練に明け暮れている嘴の黄色いヒヨッコなら、これ以上ない程に有用だけどね。
普段と同じように実家から徒歩で堺県第二支局へ登庁した若き日の私は、これまた普段と同じように履修登録している座学を受講して地下食堂でリフレッシュしていたの。
この日は土曜日で土居川小学校もお休みだから、朝からミッチリと受講出来て喜ばしい限りだったよ。
お陰で日替わりランチのミックスフライ定食を肴に飲んでいるレモンサワーも、普段以上に進んじゃったんだよね。
「何時になく上機嫌で御座いますね、千里さん。そのレモンサワーは二杯目で御座いますか?」
「そりゃそうだよ、英里奈ちゃん。重大事件史の小テストもまずまずの結果だったし、午後から開講される臨時の実務研修も楽しみだし。今日は訓練生として特に充実した一日を送れている気がするんだよね、私としては。」
少佐に昇級した今でも仲良しの生駒英里奈ちゃんとは、この養成コースのタイミングで知り合った間柄なんだ。
癖のないライトブラウンのストレートヘアーを腰まで伸ばしたヘアスタイルは今と変わらないけど、この時は西洋人形を思わせる気品ある美貌も随分と初々しかったんだよね。
この時期になると英里奈ちゃんとは、お互いに気心を知る関係になっていたの。
座学や軍事訓練等で一緒になったり、帰りに道草して一杯やったりといった具合にね。
この日も近接格闘の訓練でペアを組んで互いに関節技を決め合ったり、重大事件史の講義でディスカッションをやったりと、何かとお世話になったんだよ。
「臨時の実務研修と申しますと、今日の午前中に養成コース専用クラスルームへ上げられたメッセージにあった物で御座いますね。詳細は伏せられておりましたが、どのような実務研修なのでしょうか?」
「さぁね、私にも分かんないよ。注意書きには『護身用に携行している自動拳銃の整備を忘れないように』ってあったから、少なくとも射撃訓練の類だとは思うけど。」
伯爵令嬢の肩書を持つ同期生が指し示す軍用スマホの画面を横目に、私は訓練服の内ポケットに収めた自動拳銃を検めたの。
この日の朝も忘れずに整備しておいたから、照準も引き金も異常はなかったね。
こうして弾倉に銃弾を装填しておけば、後は安全装置を外すだけで何時でもぶっ放せるって寸法だよ。
「千里さんは参加されるのですか?その、臨時の実務研修に…」
「うん、取り敢えず申し込んどいたよ。何事も勉強だし、わざわざ『臨時』と銘打っているなら普段と一味違う研修が受けられるからね。それにこうして訓練カリキュラムにメリハリを効かせれば、モチベーションの維持にも大いに役立つ訳だし。」
再確認の終わった自動拳銃を元の位置に収納すると、私はミートドリアと軍用スマホとを交互に見比べている伯爵令嬢に笑いかけたの。
今にして思うと、「メリハリの効いた訓練カリキュラム」だの「モチベーション維持」だのと、小学六年の分際で凄い口の叩き方だよね。
こんな小賢しい口を叩いていた私と嫌な顔一つせずに友達付き合いを続けてくれている英里奈ちゃんには、感謝してもしきれないよ。
「そういう英里奈ちゃんはどうするの?その臨時の実務研修には…」
「率直に申しますと、参加させて頂くか否かは五分五分で御座いました。実務研修の内容も定かではありませんし、あくまで任意参加で御座いますからね。」
今度は英里奈ちゃんの方が、私を横目で見る側に回っちゃったよ。
軍用スマホを忙しそうにタップしているから、何か急ぎで手続きしているのだけは分かったけど。
「しかしながら、やはり私も参加させて頂く事に致しましたよ。千里さんのお話を聞きますに、特命遊撃士を志すならば引いてはならないと存じましたので。それに千里さんもいらっしゃる事ですし。」
「おっ!それは良い心掛けだよ、英里奈ちゃん!それじゃ午後に控えた臨時の実務研修に向けて、鋭気を養わなくちゃね。」
軍用スマホに表示された受講予約確認の画面を指し示す友達に笑いかけながら、若き日の私は残りのレモンサワーを一気に飲み干したの。
午後に待ち受けている実務研修の実態を気にする考えは、綺麗サッパリと消えていたんだ。
あるのは気心の知れた友達と一緒に踏み込む、未知の領域への期待と興奮だけだよ。




