プロローグ「新米少佐達の二つ名談義」
一週間にも及ぶ新米佐官対象の合宿研修と、パプワニューギニアより飛来した特定外来生物のローペンを向こうに回した駆除作戦。
友ヶ島要塞と和歌山市周辺で起きた一連の出来事は、元化二十六年三月を彩る忘れられない思い出として鮮明に記憶に焼き付いたね。
そうして私こと吹田千里は、配属先である人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局に少佐階級の特命遊撃士として帰庁したんだ。
夢にまで待ち望んだ金色の飾緒を、白い遊撃服の右肩に頂いてね。
「お帰りなさいませ、千里さん。友ヶ島要塞での合宿研修、お疲れ様で御座います。」
「有り難う、英里奈ちゃん!これで私も三人と同じく、晴れて『島帰り』って訳だよ。」
一年先に少佐へ昇級した同期の友達である生駒英里奈ちゃんに笑い掛けながら、私は金色の飾緒をこれ見よがしに引っ張ったの。
さっきは「島帰り」と言ったけど、別に私は島流しにされるような悪い事をした訳じゃないからね。
我が堺県第二支局を始めとする近畿ブロック指揮下の幾つかの支局では、少佐に昇級したタイミングで受講する佐官用研修の時に加太湾に浮かぶ友ヶ島要塞で合宿する事になっているんだ。
そういう訳で、この堺県第二支局では新米少佐の事を「島帰り」って呼ぶ風習が出来たんだよ。
何世代か前の特命遊撃士に健康ランドの大衆演劇が好きな先輩がいらっしゃって、合宿研修明けのタイミングで自分の事を「島帰り」って面白半分で呼称されたのが始まりみたいだけど、今となっては詳細は定かじゃないね。
まあ、人類防衛機構において特命遊撃士として少佐階級に昇級する子達は若い世代が多いから、「島帰りの誰それ」のような二つ名を「漫画やアニメのキャラクターみたいでカッコいい!」と言って好き好んで使うのはよくある話だよ。
こうして支局のラウンジで缶ビール片手にくっちゃべっている私や英里奈ちゃんにしたって、堺県立御子柴高等学校二年生という至って普通の学籍も持ち合わせている訳だからね。
今年の誕生日で十七になる小娘だったら、これ位の遊び心は至って自然じゃないかな。
そんな具合で勤務シフトの休憩時間を気楽に過ごしていた私達二人の前に現れたのは、いかにも二つ名を好みそうなノリの良い少女士官だったんだ。
「それは良いね、千里ちゃん!そちらさんは、島帰りのお千とお見受けしました。手前、生国と発しますは榎元東小の校区。姓は枚方、名は京花。人呼んで『島帰りのお京』と申します。稼業未熟の駆出し者。以後、万事万端よろしく御頼み申します!」
まるで国定一家か次郎長一家のような口を叩きながら現れた青いサイドテールが目にも眩しいこの少女は、枚方京花という少佐階級の特命遊撃士なの。
私や英里奈ちゃんと同じく元化二十二年度に正式配属の特命遊撃士だから、かれこれ四年の付き合いになるかな。
レーザーブレードを使った流れるような太刀捌きも鮮やかな京花ちゃんは竹を割ったような明るく快活な気質の子なんだけど、ノリが良過ぎて悪友紛いの言動をする事が往々にしてあるんだよね。
今日だって、まるで任侠映画か時代劇の侠客みたいな仁義を切ってきたじゃない。
だけど今こうして京花ちゃんの切った仁義が、堺電気館という名画座でリバイバル上映されていた「SF国定忠治・赤城山の大怪獣」と「次郎長一家VSサイボーグ八犬士」という特撮時代劇の影響だって事は、私には一目瞭然だよ。
まあ、それも無理はないだろうな。
何しろ枚方夫妻は京花ちゃん以上の映画ファンで、大学の映研で知り合った仲なのだから。
親子三人のスケジュールが合えば今でも一緒に映画を観ているそうだから、仲睦まじいというのは良い事だよ。
この点、英里奈ちゃんはちょっと難しいだろうな。
何しろ英里奈ちゃんの御実家は爵位持ちの伯爵家で、鹿鳴館大学という学校法人の理事も務めているのだからね。
お父さんの生駒竜太郎伯爵は言わずもがなだけど、お母さんである真弓夫人も御実家は小野寺教育出版という船場の老舗の出版社だから、何かとしがらみがあって忙しいみたい。
もっとも、そんな英里奈ちゃんも行く行くは家督を継いで伯爵になる訳だからね。
礼儀作法にコミュニケーション能力、そして何より人脈形成。
佐官階級の特命遊撃士として英里奈ちゃんが習得した様々なスキルは、生駒家の家督と爵位を相続してからも大いに活かせるだろうね。
そういう具合に全く違う個性を持つ二人だけど、英里奈ちゃんも京花ちゃんも私の大切な友達だよ。
とはいえ、藪から棒に仁義を切られても参っちゃうなあ。
「きょ、京花さん…」
伯爵令嬢という育ちの良い家柄の英里奈ちゃんなんか、エメラルドグリーンの瞳を真ん丸にしちゃっているし。
ここは一つ、同じ庶民階級の私がビシッと突っ込みを入れてあげないとな。
「いやいや、京花ちゃん!気持ち良く仁義を切った所で恐縮だけど、『島帰りのお京』と『島帰りのお千』じゃ被っちゃうよ。せっかく京花ちゃんには『榎元東の青き風』ってカッコいい二つ名があるんだからさ。」
「エヘヘ…まあね、千里ちゃん。江坂分隊の子達の軽口が由来だけど、私としても気に入っているんだ。確か英里奈ちゃんの『ランサー・カウント』って渾名も江坂分隊が由来だよね。」
京花ちゃんが言ったように、特命遊撃士である私達には渾名や二つ名で呼ばれている子も少なくなくて、部下である特命機動隊の子達や同僚からつけられる事が多いんだ。
二つ名と言っても即興でつけたストレートなネーミングセンスの物が多くて、個人兵装に選んだ武器や戦闘スタイル、或いは外見的特徴や来歴とかから命名されるんだ。
例えば京花ちゃんの「榎元東の青き風」は出身校である堺市立榎元東小学校と青いサイドテールからだし、英里奈ちゃんの「ランサー・カウント」にしても個人兵装のレーザーランスと伯爵令嬢という肩書きからつけられているからね。
私の「赤眸の射星」にしても、レーザーライフルを用いた狙撃戦法と赤い瞳から命名された訳だから、直球ストレートな二つ名だよ。
「そう言えば、千里ちゃんの二つ名って『赤眸の射星』だったよね。だけど特命遊撃士になりたての少尉の頃から、『赤眸の射星』って呼ばれていたような…」
「そっか…京花ちゃんにはまだ話してなかったね。何時何処でどのようにして、私が『赤眸の射星』と呼ばれるようになったのか。ちょっと長い話になるかも知れないから、二人ともお酒の肴として気楽に聞いてくれたら嬉しいな。」
少佐への昇級というキャリアアップが果たせた今こそ、昔の事を振り返るのも悪くないだろう。
そう考えて、私は思い出話を切り出したんだ…