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謀略編・第四十二話

 謀略編・第四十二話、更新します。


 今回は加賀と近江が舞台になります。


 全く関係ない話ですが、最近、Wizardryのアプリにハマってます。

 ただ武器防具破壊攻撃は勘弁してほしい。村正、壊さないでほしいんですけどw

永禄五年(1562年)八月、加賀国、金沢城、ゆき――



 「ゆき。留守中に困った事は起きなかったか?」

 「いえ、大事有りませぬ。花も文若丸も夜泣き一つせず、とても良い子で御座いました。月も姉としてあの子達を可愛がっております」

 「良い事だな。話は変わるが、信虎御祖父様が拗ねておられなかったか?」

 あまりな言い草に、思わず笑ってしまいました。文若丸の名付け親は大御屋形様。二郎様を可愛がっておられる左京大夫様としては、面白くなかったのかもしれません。


 「確かに仰っておりました。次は儂の番だ、と」

 「だろうなあ。次男は御祖父様にお願いしよう。で、その御祖父様は?」

 「京へお戻りになられました。都、おそらく彦五郎(今川氏真)様からの使いだと思われるのですが。血相を変えておられました。詳細が判明したら、文を送ると申しておられましたが」

 二郎様は『あの御祖父様が血相を変えるほどとは』と呟かれました。

 左京大夫様は、豪胆無比という言葉が似あう御方で御座います。それほどの御方が血相を変えられたのです。相当な問題が起きたという事は間違い御座いません。

 

 「分かった。それにしても疲れたわ、火種を残したのは失敗だったな」

 「火種、で御座いますか」

 「温井と三宅よ。本当は口実をつけて……だったのだがな……しばらくは様子見に変更する事にした。万が一は用意しておいたので、心配はいらんがな」

 ……なるほど。その為に降ったばかりの長続連殿を、能登との国境に近い高松城に柴田殿の代わりに入れるので御座いますね。いざとなれば、と言う事で御座いましょう。

 七尾城から届いた文で二郎様から教えて戴いた時には首を傾げましたが、そういう思惑であったのならば、納得も出来ます。


 「ところで越後から使者は来たか?」

 「いつもの文を届けに来ておりました。こちらの事情を説明し、戻ってきたら改めて使者を送らせて戴きます、と返答致しました」

 「問題ない。後で文を読むとしよう」

 仮想敵であるにも関わらず、文の遣り取り自体は好ましいようで御座いますね。

 私は文の内容を見た事は御座いませんが、二郎様がいつも楽しそうに文を読んでいるのはよく知っております。

 恐らく、敵である事と、文から得られる楽しさは別と割り切っておられるのでしょう。


 「本家から何か連絡はあったか?」

 「御座いました。半月ほど前に美濃の長井道利が降伏したとの事で御座います。長井は亡き斎藤道三殿との約束により、一族全員が助命されました。長井家は今後、武田家に仕えるとの事で御座います」

 「ならばよい。あとは本家に任せておこう。これでやっと尾張――美濃――北近江と道が繋がった。武田家は更にしぶとく、そして行軍速度が増す事になるな……ん?」

 首を傾げられる二郎様。少し遅れて私も気づく事が出来ました。 

 ドタドタと荒々しい足音。これは柴田殿で御座いましょうか?

 それにしても音に関してなら、二郎様は誰よりも気づくのが早う御座いますね。本来なら私や護衛の者達が、二郎様よりも早く気付かねばならぬのですが。


 「権六(柴田勝家)かな?この足音は」

 「恐らくは」

 「まあ良い。其方も同席しておれ」

 やがて柴田殿が姿を見せられました。

 能登への出兵を終えたばかりだというのに、この慌てよう。肩で息をしておられる事から、余程の事が起きた事は分かります。

 しかし御一人とは、供も連れずに来られたので御座いましょうか?


 「加賀守様!柴田に御座います!舅殿から急使が参りました!」

 「何が起きた、申せ」

 「南近江六角家で御家騒動が起こりました!」

 『何だと!?』と二郎様が声を上げられた。

 でも御家騒動?それはおかしい。当主であった義治は当主の座を追われ、承禎入道様が非情の決断を下したようだと二郎様が仰せになっておられた事を覚えております。

 どういう事で御座いましょうか?


 「六角家は当主義治の急な病に伴い、実弟義定殿が当主代行を務め、その後に正式に家督を継ぐ事になっておりました。ですが義治は刃傷沙汰に及び、弟を殺害。承禎入道様は義治の暴挙に巻き込まれて怪我を負った、との事。現在、六角家家中は混乱に陥り、南近江――特に坂田郡周辺の国人衆達が一斉に武田家に臣従を誓い始めたとの事に御座います」

 「義治はどうした?それと他の被害は?」

 「義治は家臣達に斬り殺されたそうで御座います。観音寺城は此度の騒動で火災が発生して、被害は甚大。他の被害者については六宿老の一人、後藤但馬守殿が消火作業の陣頭指揮を執る為に城へ登城したまま戻っておらぬとの事。生存は絶望視されている、と」

 南近江に異変が起こった。

 二郎様も関与されておられたようだが、ここまで酷い事になると、予想しておられたので御座いましょうか?

 まさかの当主兄弟が死亡。六角家にとっては最悪の事態で御座います。


 「平井殿の動きについて、何か分かる事は有るか?」

 「承禎入道様をお見捨てする事は出来ぬ、と」

 「少し待て……権六。すぐに急使を走らせろ!その意地を貫け、と俺が言っていたと伝えるのだ!大御屋形様は筋を通す男を評価される。もし困ったら其方を通して俺に相談すれば良い、悪いようにはせん、とな」

 『忝う御座います!』と柴田殿が頭を下げられた。

 私にも分かってしまった。今後の南近江は混沌その物だという事に。

 今後、六角家は空中分解してしまうか、或いは他家から養子をとって御家存続を図るか、という事になりましょう。


 「これはちと、面倒な事になったな。ゆき、文を頼む」

 「はい、準備は出来て御座います」

 「越前の父上宛てだ。南近江の混乱に当たり、父上には六角承禎殿救援を大義名分に出陣し、南近江の実効支配を願います。この大義名分を口実に、弱小国人衆達は武田家に仕えましょう。長い物には巻かれろ、という言葉も御座います。様子を見ようとする者も、周囲が武田家に靡けば、我が身の保身を考えましょう。同時に三好家の警戒心を必要以上に刺激させないという建前を用いて、こまめに連絡を行って戴きたく願います。六宿老にわざと刻をお与え下さい、とな」

 そういう思惑で御座いますか。

 承禎入道様を蔑ろにすれば、それは反感の原因になります。だからこそ大義名分は必須。

 仮に他家が六角家存続を大義名分に養子を捻じ込んできたとしても、すでに旧・六角家家臣団が武田家を主と仰いでいれば、そこに入り込む余地は無くなります。

 養子を神輿に担いで六角家再興を名目に立ち上がる事は有るかもしれませんが、それも旧・六角家家臣団が望まなければ計画は潰れるだけ。

 南近江を武田家が領する為には、六角家家臣団の心を掴む必要が有るという事なので御座いましょう。

 しかしどうして六宿老の方々に、猶予をお与えになられたので御座いましょうか?その理由だけが分かりません。


 「恐らく、承禎殿の余命は長くない」

 「承禎入道様の御命は長くないので御座いますか?」

 「ゆきは気づかなかったか。まず承禎殿は怪我を負った、と申していたな?」

 『はい』と頷く。確かに柴田殿はそう申していました。

 平井殿からの報せなのですから、正確なのは間違いないでしょう。


 「だがこうも言っていた。坂田郡周辺の国人衆達は武田家に忠誠を誓い始めた、と。不思議なのは、まだ武田家が進軍していない、という状況下である点だ。これは国人衆達が六角家に見切りをつけた、という事を意味している。そして平井殿自身は『承禎様をお見捨てる事は出来ぬ』と述べていた。この言い回し、おかしいとは思わぬか?何故、お守りする、ではないのだ?」

 「……言われてみれば」

 「これは想像だが、承禎殿の心が折れ、生きる気力を無くしたのではないかと思うのだ。息子二人が殺し合って両者死亡。観音寺城は火災に見舞われ、知恵者と名高い後藤も恐らく死亡。絶望は人を殺す物だ。例え怪我が軽くても、心が弱まれば命に係わる。そうおかしい事でもないだろう」

 もし二郎様の御見立通りなら、六角家は滅亡する事になるでしょう。

 それにしても、まさか近江守護として名を馳せた六角家が、まさかこのような終わりを迎える事になるとは思いもしませんでした。


 「長親!」

 「何用で御座いましょうか?」

 「近江国日野の蒲生(蒲生定秀)殿に使者として赴いて貰う。文を用意しておくので、旅の支度の為に本日は下がってよい。明日、巳の刻に登城せよ」

 『心得ました!』と応じると長親殿は足早に退室しました。

 直後、二郎様が傍に控えていた私へ顔を向けられる。


 「ゆき、艶姫殿の下へ先触と案内を頼む。至急、相談せねばならなくなった。蒲生殿や平井殿を味方につけるためにも、念には念を入れんとな」

 「心得ました。暫しお待ちください」

 艶姫様に出した先触れはすぐに戻ってきた。

 幸い、面会もすぐに可能との事であった為、私が二郎様を先導して艶姫様の居室へと案内する。

 室内には艶姫様と嫡男の次郎殿。それからお付きの侍女が二名おりました。


 「加賀守(武田信親)様、急用との事で御座いますが、何か起きたのでしょうか?」

 「然様に御座います。ですが、その前に。次郎殿、これから母君と御役目の話をしないといけないのだ。長くなる故、良かったら月とともに花や文若丸と遊んで貰えぬだろうか?追って宗顒も向かわせるのでな」

 「はい、わかりました!では母上、行ってまいります!」

 傍仕えの侍女と足早に立ち去りました。さすがに幼い次郎殿には酷すぎる話で御座います。


 「加賀守様、あの子には聞かせられない話なのですね?」

 「はい。まずは御気を強くお持ち下さい……六角家で御家騒動が発生しました。右衛門督義治殿と左衛門尉義定殿が死亡、承禎入道様は怪我を負って平井加賀守殿に守られておりますが、危ないのではないかと某は判断しております。観音寺城は火災に見舞われ、六宿老の一人である後藤但馬守(後藤賢豊)殿も死亡したとみられているとの事に御座います」

 艶姫様は目を丸くされました。まさかの実家での異変、言葉も無いのは当然ですね。嫁入り先は不穏の為に実家へ避難しようとしたら、その実家が焼け落ちた挙句、家族が死亡したと言われたのですから。

 何の前触れもなくこのような事態に直面したのです。普通は声一つ出せなくなったとしても不思議は御座いません。


 「この報せは平井加賀守定武殿からの物です。平井殿の娘である梅殿は、加賀武田家家老柴田勝家の正室という関係になります。平井殿御自身は、あくまでも承禎入道様をお守りするという御覚悟を決めておられます」

 「御覚悟?まだ何か起きようとしているのですか?」

 「武田本家が南近江に攻め込みます」

 艶姫様が『ヒッ』と小さな悲鳴を上げられました。当たり前と言えば当たり前では御座いますが。

 加賀武田家は武田本家の分家。その大将が目の前にいるのですから、緊張するのが普通で御座いましょう。


 「落ち着いて戴きたく願います。某としては、しばらく近江に近づかぬが吉と考えております。下手に近江に近づくと、越前の大御屋形様が非情の決断に出る可能性が有るからで御座います」

 「まさか、次郎を!?」

 「あくまでも可能性です。まず現在、分かっている状況について説明致します。近江国坂田郡の国人衆達が、一斉に武田本家に臣従を誓って参りました。これも平井殿からの情報になります」

 コクコクと艶姫様が頷かれます。

 御子様である次郎殿を守る事が出来るのは自分一人なのですから。母親としての責任感から、茫然としている事は出来ないと覚悟を決められたのでしょう。


 「南近江は主の無い状況です。この事態に、武田本家は南近江を占領、支配下とするでしょう。何故か?懐に危険な物を抱え込んだまま、西国へ遠征する訳には参らぬからです。仮に放っておいても、碌な事にはなりません。故に当初の時間をかけて調略で取り込むという方針から、実効支配に方針を変更させました」

 「それは……六角の血筋が絶え……まさか、加賀守様!?」

 「次郎殿の身が危険と言う理由がそれです。大御屋形様が南近江を支配するにあたって、邪魔となるのは『六角家の血筋』になります。次郎殿は能登畠山家の後継ぎでありますが、その身に流れる血の半分は六角家。能登畠山家が滅び、六角家の血筋も絶えようとしている今、次郎殿の存在その物がとてつもない影響力を発揮するのです」

 艶姫様の顔が一気に青ざめた。全身が細かく震えておられる。最悪の事態を想像しておられるのでしょう。

 今ここで殺される。

 そう考えてもおかしく御座いません。


 「正直に申し上げます。某は加賀武田家当主として、能登国という背後の不安を取り除きたいと考えておりました。その為には、次郎殿を傀儡として能登国を支配下におさめるのが望ましかった。それが能登畠山家七人衆を始めとする、能登国人衆を手懐ける為の最も確実な方法であったからです。事実、武田家は過去に、今川家が支配していた駿河・遠江で同じ事をしております。ここまでは宜しいですか?」

 「は、はい」

 「当然、某は大御屋形様にこの事を進言し、許可を戴いております。故に次郎殿を能登支配の為に役立てるのであれば、全く問題は発生致しません。すでに七尾城で国人衆達にも、将来的には次郎殿が帰って来られる事も明言しております。その約定を破れば武田家は信を失う。だから大御屋形様であっても次郎殿を殺す訳にはいかないのです」

 少しは血の気が戻ってきたのか、うっすらと顔に赤みが戻ってきた艶姫様が激しく頷かれました。

 次郎殿を殺す訳にはいかない。

 この言葉に、少しの希望を感じられたのでしょう。


 「ですが、次郎殿を能登で使わないとなると、どこで使うのか?何の為に生かしておくのか?そもそも生かしておく理由は?となる。これが近江に近づかぬ方が良い理由です」

 「加賀守様、よく分かりました。であれば、私達はどうしたら宜しいのでしょうか?」

 「しばらくはここに居れば宜しいでしょう。そして近江の情勢が分かり、近江が静かになったところで北にある高松城へ移動を考えております」

 『高松城?』と艶姫様が首を傾げられた。

 どうやらすぐには思いつかなかったようですね。まあ加賀の地の利には御詳しくないでしょうから、分からなくても仕方はありませんが。


 「高松城には能登畠山家七人衆の一人である長対馬守続連が城主として入っております。もともと某は、次郎殿が能登へ戻る際には、長家の誰かを与力としてつける事を考えておりました。ですが、それまでの間の守役がいない。であれば対馬守(長続連)に守役も担ってもらいつつ、御身を守って貰うのも手ではないかと考えたのです」

 「ですが、宜しいので御座いますか?高松城へ私達が行けば、それは加賀守様が信用されておられないように見られますが」

 「今回の一件と能登の件で、周囲からは疑われておりますからな。この際、開き直るのも手でありましょう。それに言葉にしにくいでしょうが、艶姫様も某に対して不審は感じておられる筈。今は御自身の安全と次郎殿をお守りする事を優先された方が良いでしょう」

 艶姫様は頷かれにくいようですね。当然の事ですが、二郎様の御指摘は的を射ていたと思われます。


 「対馬守は知恵者であり、気骨ある男です。次郎殿の御身を守りつつ、武田家に敵対しないようにするにはどうしたら良いか?必ずやその事を考えて実行に移すでしょう。某もいずれは次郎殿が成長したら、娘である月との縁組を考えております。嫡男は能登畠山家を継ぎ、次男か娘婿に六角家の名跡を継いで貰うのも良いかと、その頃には三十年近く経っている筈。そこまで待てば、六角家の名跡復活を言い出しても反対する者は少ないと見ております」

 「……分かりました。色々とお話し戴き感謝いたします」

 「いえいえ、必要な事でしたから。ところで艶姫殿。不躾な事をお願いしたいのですが、文を書いて戴けませぬか?」

 『文で御座いますか?』と艶姫様が返された。


 「相手は六角六人衆の一人、蒲生下野守殿。内容は何でも構いませぬ。今回の話を伝えて下さっても構いません」

 「それは構いませんが」

 「蒲生殿は知恵者であり、忠義の男です。必ずや艶姫殿と次郎殿の為に動いてくれるでしょう。明日の巳の刻に使者が城を発つので、どうかそれまでに文をお願い致します」



永禄五年(1562年)八月、近江国、箕作城、平井定武――



 「御隠居様!御気を強くお持ち下され!」

 「……すまぬな……だが……儂は……」

 観音寺城での騒動から十日。明らかに御隠居様はおかしくなってしまわれた。

 全身が熱を帯び、寒気と全身の痛みを訴えられる。体も気怠く、起き上がる事も億劫なのだそうだ。

 呼吸も荒く、素人ながらに脈をとってみれば早鐘のような早さであった。

 病であるのは分かる。だが、このような病、儂は知らぬ。


 「おお……そこにおるのか……四郎(六角義治)次郎(六角義定)……」

 「御隠居様!御気を確かに!」

 「……あ……幻か……」

 御隠居様は相当に御悪い。最早、先は長くは無かろう。

 此度の一件は、すでに城外でも噂になっている。観音寺城が火災に見舞われたのだ。誰もが気にするのは当然の事。

 そこに儂が御隠居様とともにこの城へ閉じ籠ったのだ。今なら他にやり様があったかもしれんとは思うが、あの時はそこまで考えが及ばなかったのだ。


 「御隠居様、白湯を御飲みになられますか?」

 「おお……父上……申し訳御座いませぬ……」

 「御隠居様!しっかりなさって下さいませ!某は平井加賀守に御座います!」

 いかん。御隠居様は明らかにおかしい。儂を雲光寺(六角定頼)様と見間違えるほどなのだ。

 状況は最悪の一言に尽きる。数日前に密かに医師を呼んで診せはしたが、無言で首を振るばかりであった。

 それでも分かった事はある。御隠居様の首筋に傷痕があった事。その傷は膿んでいたのだ。

医師も『毒のような物を打ち込まれたのかもしれません』とは口にしていた。もっと早く気づいていれば。そう思いはしたが、すでに後の祭りであった。


 「加賀守(平井定武)様、対馬守(三雲賢持)様がお捜しで御座います」

 「分かった。すぐに向かおう」

 この城には、御隠居様をお守りする為に儂以外にも滞在している者がいる。

 対馬守殿はその一人だ。

 早足で評定の間へと向かう。そこには対馬守殿が待っておられた。


 「お待たせ致して申し訳御座らぬ。御隠居様の所に居り申した」

 「御様子は如何であらせられましたか?」

 儂は無言で首を振るしか無かった。その意味に対馬守殿も気づかれたのだろう。それ以上は重ねて問うてくる事も無く、ため息を吐く事しかされなかった。


 「ところで、何か起きたので御座いますかな?」

 「加賀守殿、武田家に動きが御座います。越前の武田本家が動き出したと存じます。坂田郡の国人衆から、情報が伝わったのかもしれません。加賀守殿は加賀武田家と縁が御座います故、まずは相談をと」

 「どちらにしろ、御隠居様をこれ以上、動かす訳にはいかぬ。今は他の方々が兵を率いて戻ってくるのを待つ事しか出来ん」

 伝えずとも、どうせバレる。

 そう考えて婿殿に報せたのだが、御隠居様の御命が危ないとは伝えてはおらん。当分、様子見に専念してくれるだろうと考えたのだが、どうやら今荀彧殿にはこちらの思惑を読まれたのかもしれんな。

 全く。雲光寺様がその才を御認めになっただけの御仁ではあるな。


 「越前から軍を発しても、到着には刻がかかる。他の方々が戻ってくるまで、十分に余裕はある。何も心配はいらぬ。だが気になるのは、武田家の名分。分かり次第、教えて戴きたい」

 「分かり申した」

 これ次第で、こちらの出方も変わってくる。

 出来る事なら、御隠居様を御救いする術を見出せる名分であって欲しいのだが。

 足早に立ち去る対馬守殿を見送っていると、そこへ『父上』と呼び掛けてくる声があった。


 「高明か。もう兵を引き連れて来たのか」

 「まずは百で御座います。残りは遅れてこちらに向かって参ります」

 視線を向けた先には、鎧姿の息子が立っていた。

 儂は御隠居様の元から離れる訳にもいかなかった為、代わりに息子へ使者を走らせ、兵を引き連れて来るように命じたのだ。

 それにしても、兵百だけで先行してきたとは何か起きたか?


 「父上、文が届いております。梅からです」

 「梅?と言う事は婿殿からか」

 娘の梅は、加賀武田家家老柴田勝家殿の正室となった。無骨な男だが、真面目で不器用な男と思った。だが策とは無縁そうな実直さを、儂は気に入ってしまった。娘を託すなら、この男しかおらぬと思い、その場で娘を妻にと頭を下げた程だ。

 その婿殿からの文、眼を通さねばならぬな。


 「……なるほどな」

 「父上、何が書かれておったのですか?」

 「読むがよい」

 息子・高明が文に目を通す間、思索に耽る。

 承禎入道様をお守りする事に異存はない。寧ろ望む所だ。国人衆が六角家を見限るというのなら、儂は他の六宿老とともに六角家に忠義を尽くす!


 「他の六宿老全てと力を合わせて、御隠居様への忠義を尽くすのだ。さすれば我らの名は高まる。武田家が攻め寄せてきた際、降伏する条件として御隠居様を御救いする事を願っても、武田家はそれを受け入れるしかなくなる。断れば、武田家が忠義の士の願いを踏みにじるのか、と周囲から言われる事になるからな」

 「では目立つように、旗印を常より多く掲げましょう。目立てば目立つほど、御隠居様の御命を救う事になります」

 「うむ、良き考えだ。頼んだぞ」

 最悪、儂らが腹を切る代わりに御隠居様を御救いするように願うのも手であろうな。婿殿を通じて加賀守(武田信親)殿を頼れば、無碍にはされんだろう。

 ただ知恵者として名高い加賀守殿の事だ。もし儂らの思惑に気づいていれば、儂ら六宿老を生かして使おうと考えるであろうな。

 六宿老を生かして使う目的。恐らくは南近江の完全支配になるだろうが。


 「御隠居様の御命には代えられぬ、な。だが山城守(進藤賢盛)殿や下野守(蒲生定秀)殿にも諮りたい所だ。但馬守(後藤賢豊)殿が無事であってくれれば、こうも悩まずに済んだのだがな」

 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは加賀国。ゆき視点より。


 【京での異変】

 信虎お爺ちゃんが血相を変えて、急に帰洛。異変が起きたタイミングを考えれば、理由は何となく推測できるのではないでしょうかw


 【長井さん降伏】

 主人公の夏までに降伏させるように、という提案に従い信玄パパが動きました。

 問題はそうする意味が無くなってしまった点wタイムリミットの理由がねえ……


 【平井さんからの報せ】

 普通ならアウトな対応です。やっちゃだめ。

 でも理由があれば話は別。それについては、近江の御話で。


 【観音寺騒動勃発】

 某・淡海の顛末を超える事態w

 当主兄弟死亡・承禎さん負傷(ただし毒)・観音寺城火災発生・後藤さん生存絶望・国人衆離反。更に間髪入れずに攻め込んでくるであろう武田家w


 【承禎さん救出を大義名分】

 これで国人衆を取り込む算段。無駄な戦はしない、という方針です。やってもメリット無いですし、評判も悪くなる。ならば、という所。


 【こまめに連絡~六宿老にわざと刻を】

 時間稼ぎ。その理由はすぐ後。主人公は承禎さんの余命は長くないと判断。ただし事実と微妙に食い違っています。

 事実:毒?による体調悪化。

 主人公の推測:心を病んで、そのままポックリ。

 義治君の行動は、主人公の思惑の外だったので、仕方ないです。


 【畠山次郎君の価値】

 半分、六角家と言うのがヤバい。

 このタイミングで近江に来たら、まあ言うまでも無いです。間違いなく始末される。

 なので加賀で足止め。


 【主人公の能登国に関する思惑】

 本来:次郎君を六角家に避難→大きくなったら武田家の姫と結婚→能登で傀儡政権。おおまかな流れはこんな感じ。

 ただ事態の急変に伴い、計画変更。六角家ではなく加賀武田家で面倒を看て、武田家の姫ではなく娘の月と結婚させるべきか?と判断。

 よくよく考えてみれば、この方が有効なんですよね。


 【六角家の名跡】

 三十年も経過すれば、六角家という名前は『かつての名家』に落ちていると主人公は判断。なので艶姫にその事を説明し、実家の復興も行いますよ、と提案。それも当主になるのは次郎君の息子か娘婿となれば、より安心するだろう、という思惑です。


 次は近江国が舞台。平井定武視点より。


 【承禎さんの症状】

 高熱・全身の痛み・怠さ・動く事が億劫・呼吸が荒い・鼓動が早い・認識能力に問題・義治君にやられた傷は膿んでいた。

 割と有名な病気です。毒の正体に気づけば、この病気になるのも納得できます。


 ヒント:閉じ込められていた義治君は、どうやって、どんな毒物を入手したのでしょうか?入手方法は滅茶苦茶簡単です。


 【平井さんが報せた理由】

 騒動が起きた事は伝わってしまう。ならば先手を打って、御隠居様は無事だからね、と伝えて向こうを様子見に回らせようと考えました。

 失策だったのは、言葉遣いw焦りがあったのでしょう。


 【六宿老】

 箕作城にいるのは平井さんと三雲さん。他三名と平井家&後藤家の息子は所領から兵を引き連れて来る為に不在、という状況でした。


 【御隠居様を助ける為】

 周りが全て離れていく中、最後まで忠義を貫いた者達の願いを無碍には出来んだろう、という所に道を見出す平井さん。

 ただね?それを提案したのは主人公なんですよ?


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 承禎さん、もし義治君から毒を仕込まれていなくても、信親の読み通り、生きる気力失って、結局は長くはなさそうですよね。 メンタル弱そうですし。
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] かなり考えて、病状は破傷風でしょうか? 昔の事ですが古釘を踏みまして。 仕事を終えて帰宅したばかりの父に病院へ連れて行ってもらいました。
[一言] 敗血症っぽいなぁ······ 戦国時代だと傷の治療に馬のフン塗り込んだりしてかかる人間も多かった筈だし、 確実とは言えなくても死なばもろともの覚悟でやるだけの価値はあると踏んだかな?
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