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加賀国編・第十八話

 加賀国編・第十八話更新します。


 今回の御話は久しぶりに加賀が舞台になります。あと越後も少し。

永禄三年(1560年)九月、加賀国、金沢城、明智光秀――



 今年は春先から忙しかった。

 梅の香りに背中を押されながら出陣し、帰ってみればもうすぐ稲穂が首を垂れる季節。時間が経つのは早いものだと、つくづく実感させられた。

 越中の一向一揆征伐の為に、私が大将として軍勢を率いていた。そのまま磨り潰して完全勝利に持ち込む事も可能であったが、加賀守様の御指示によりわざと攻め切らずに帰国したのである。

 今頃、一向衆は武田家相手に持ち堪えた事を高らかに喧伝しているだろう。

 それが罠であるとも知らずに、だ。


 報告の為に登城したのだが、加賀守様は領内の見廻りの為に御不在であられた。

 戻られるまでの間を有効に使おうと、内政を一手に取り仕切っている井伊殿を手伝いつつ学ぼうとしたのだが、本当に大した人物だと感心させられた。

 内政の主要部分である産業振興は、井伊殿がほぼ全部執り仕切っている。加賀守様が遠江のある御家中から引き抜いてきたとは聞いていたが、実に働き者だ。これだけ忙しく働いて結果を出しているのだから、加賀守様の信任が厚いのも頷ける。

 実際、数日後に加賀守様が御帰還なされた際に、井伊殿から報告を受けておられたのだが、満足そうに頷いておられた。井伊殿の仕事に間違いは無かった、という事だろう。


 私もかつては城主だった経験がある。だからこそ、いずれは一国一城の主に返り咲く事を夢見ているのだ。その為には新しい内政の知識や技術を習得しなければならぬ。それには、加賀は最高の環境なのだ。

 加賀守様が定期的に更新し続ける農業指南書を筆頭に、甲斐の地で治水と用水を行い、今に至るまでの知識と技術を纏め上げた土木作業指南書。最近になって書き上げられたばかりという衛生指南書も閲覧できる。何でも病というのは目に見えないほど小さな虫が原因であり、それは至る所に潜んでいるそうだ。それが体内に入るのを防ぐ為に、食事前や帰宅時には石鹸での手洗いやうがい、乾燥する時期は喉を湿らす事、可能であれば入浴を奨める、という書物だ。

 私も最初は信じられなんだ。だが具体例として『傷口に泥をつけて奇麗な布を巻いても傷が膿んで健康を損なう。だが焼酎で洗って奇麗な布で巻いた場合は傷が治るだけだ。これは泥の中に小さな虫が潜んでいる為だ』という例え話には成程と頷ける説得力があった。


 戦場でよく見かけた光景だ。刀傷を小便や焼酎で洗う。これは戦場での常識で、怪我を悪化させない為の経験則だ。逆に太刀や槍の穂先等に糞便をつけて切りかかる事で、病を引き起こす戦い方もある。

 もしこの衛生指南書が事実だとすれば、非常に大きな価値を持つ。

 特に糞便を薬に使う方法。これは基本的に否定されていた。

 理由としては人中黄等は事前に知識のある者が処理をしているからこそ、解熱効果を発揮するのであって、その場で採取した糞便にはそのような効果は無い、という物である。加えて傷を癒す効果は無いどころか、傷を腐らせる害毒となる、とも。


 代わりに傷を塞ぐ方法としては、傷口を煮沸後に冷ました水や焼酎、無ければ尿で洗った後に傷口を綺麗な布で巻く。それが無理なら焼くか、縫う。縫う場合も針や糸は煮沸するか焼酎で洗う事。また手当の際にも、可能であれば石鹸で手洗い。無理なら焼酎で手洗いする事が書かれていた。

 この書物を読み終えた後で私が聞きだした所、加賀守様は手洗いやうがいは細目に行っているそうだ。事実、あの御方が体調を崩して寝込んでいる、という話を聞いた事が無い。感冒が流行しても、あの御方は平然と執務に取り組んでいるのである。

 それを考えれば、信ぴょう性は高いと見るべきだ。まずは自分で試してみて、効果を感じられれば家族にも勧めていこう。


 他にも領地を富ませる為の産業指南書という物も記されている。それによれば、金になる物は作ればよいという訳では無い。土との相性や水源の確保、加えて作った物を欲してくれる者が近場にいるか、いなければ遠くまで運ぶ手段があるのか?また輸送する間に壊れたり腐ったりして質が低下する恐れ、更には周辺に同じ物を大量に作っている商売仇のような者の有無。これら全てを総合的に判断しないといけない、という内容だ。

 言われてみれば確かにその通りだ。綿花のような物であれば腐る前に使われるし、欲しがる者は山ほどいる。だが食料となれば難しくなるだろう。米はまだしも、葉物を数ヶ月も新鮮なまま保存するなど出来ない話だ。


 「おや、明智殿。今日は調練ではないのですか」

 「竹中殿で御座いましたか。いや、今日はこちらを」

 井伊殿の手伝いも一段落し、空いてしまった時間を読書に費やしていた所に、親交のある竹中殿がやって来られた。

 普段なら、この時間の私は種子島の調練に勤しんでいる。そんな私が一室に籠もっていた事に、疑問に思われたのだろう。指南書を見せると、竹中殿が『ああ、それですか』と納得したように頷かれた。


 「某も拝見致しましたが、実に興味深い内容でしたな。息子も食い入るように読んでおりました」

 「そういえば、御立派になられましたな。将来が楽しみです。やはり竹中殿と同じく知恵働きが得意なようですな」

 「そう言われると面映ゆく御座いますな。ただ息子の才は某を凌ぐと見ております。出来れば加賀守様の近習として、治政についても学ばせたい所ではあるのですが」

 竹中殿は同郷の御仁。火部隊の弓騎兵部隊を任されている戦上手だ。故郷からは離れてしまったが、今の生活には私同様満足されておられるようだ。

 確か嫡男は足軽大将であったか。御次男が学び舎通いであるとは聞いているが。

 そうだ、嫡男と言えば……


 「そういえば、武田家にお仕えした際、加賀守様の御名前から偏諱を戴いたと記憶しておりますが」

 「はい。息子のたっての希望で親の字を戴いて重親しげちかと名乗っております。竹中半兵衛重親、と」

 「……良き名で御座いますな。加賀守様も将来に期待されておられるでしょう」

 偶然だろうか?私が初めて仕官した頃、加賀守様は竹中半兵衛という御仁を探しておられた。そして重元殿の御子息は竹中半兵衛重親。確か元の名は重治だったか。今は重元殿の補佐を務めていた筈だ。

 まあ良い。偶然に決まっている。それ以外の何だと言うのか。


 「明智殿の子供はまだまだ可愛い盛りでしたな。学び舎はまだ先ですか」

 「まだ暫くは我が子と一緒に暮らせます」

 出来る事なら、我が子が戦場に立つ必要が無くなれば良いのだが、そうはいかぬだろうな。かといって我が子の成長は楽しみでもある。親として複雑な所だ。

 とりあえず今は出来る事をやっていくしかない、か。


 「そういえば明智殿、加賀守様が明日の午後に評定を開かれるそうです」

 「心得ました。必ず出席致します」



永禄三年(1560年)九月、加賀国、金沢城、井伊藤吉郎――



 久しぶりの評定だ。加賀守様の御帰還、越中の一向一揆制圧、立て続けに起きた騒動が収まってくれたお陰だ。

 出席者の顔触れは筆頭家老の小畠山城守(小畠虎盛)様、御子息であり筆頭部将の孫次郎(小畠昌盛)様、家老の柴田様を始めとして多くの方々が出席しておられる。居ないのは陪臣に当たる方々くらいだろうな。事実、俺に与力としてつけられている前田殿は居るが、前田家の奥村殿は出席していないからだ。


 「皆の者。春先から良く働いてくれた。まずは感謝の言葉と共に、それらの働きに対する褒美を与えるとしよう。とは言っても私と共に近江へ向かった者達については既に褒美を与えておるので、どんな物を与えたのかを説明し直すだけだがな」

 戦功を挙げたのは越中に向かった明智殿に竹中殿。彼等に対して俸禄の増額と太刀や脇差が与えられる。更に明智殿と竹中殿、三郎太(小畠虎貞)殿は部将へと昇格。

 特に明智殿は小畠様の後を継いで正式に二代目軍配者に抜擢された。明智殿は泣いて喜んでおられた。加賀守様にこれほど評価されたのだ。嬉しいのは当然だろうな。


 「次に軍制についてだ。まず常備兵を増やす。勝家と孫次郎の詰めている城に各一千ずつ、火部隊も一千増やす。必要な銭と兵糧は用意するので、其方達は募兵を始めてくれ。調練も忘れずにな」

 「では戦が!」

 「その分、手柄を挙げて貰うぞ?褒美は弾むから、しっかり働くのだ」

 増兵。つまりは戦が近い、という事だろう。それは手柄を挙げる機会を意味する。兵を増やす事を許されたのだから、孫次郎様も柴田様も手柄を挙げねばなるまい。

 いや、留守居役で溜まった鬱憤を晴らす為に、必ず手柄を挙げられる事は間違いない。


 「戦が始まるのは、長尾の関東侵攻に合わせて来年になる。それまでの間、手柄を挙げる為、牙を研ぐことを忘れるな」

 「来年で御座いますか?」

 「うむ。まずは長尾にとっての背後――武田との同盟が確実となるのが前提条件だ。今頃、公方の使者が春日山と一乗谷を行ったり来たりしている筈。故に、関東侵攻は早くても年明けの春――雪融け以降となるだろう。そして我等は一向一揆勢を神保と挟み撃ちにするのだ。目標は越中から一向衆勢力を消滅させる事」

 それは重要な戦いだ。

 先の戦いで加賀と飛騨を結ぶ越中の街道を確保は出来た。となれば、次はその地の安全を確保する為に、街道を奪還しようとする一向衆勢力の排除が必要になる。

 他に北陸と東海を結ぶ道は、越前街道を利用した一乗谷と美濃の白鳥を結ぶ道しかない。

 だからこそ、利用できる街道が増える意味は大きいのだ。


 「可能であれば、越中の海岸とこちらの領地を接したい所だが、まあ贅沢を言うつもりはない。十兵衛、何故か分かるか?」

 「まず越後を刺激し過ぎない事に御座います。加えて一向衆は長尾にとっても敵に御座います。長尾にとっての別の背後である一向衆を潰せば、それは長尾にとっても利となります。であれば、欲張らねば長尾は煩く言わぬでしょう」

 「正解だ。強欲を出し過ぎて、無意味に越後を刺激するのは愚策。故にまずは移動経路の安全確保を目的とする。そして頃合いを見計らって街道を守る為の防衛拠点を作り上げる。その普請は十兵衛と道祐(竹中重元)にやって貰うつもりだ。時間があれば一乗谷の勘助に師事するのも認める。必要ならば申せ。私から勘助に頼んでおく」

 二人とも、満面の笑みだな。大御屋形様付の山本様は築城の名手と評判だ。その方から築城の技術や知識を教わる事が出来れば、間違いなく武将として評価される。正直、俺も師事を仰ぎたいぐらいだ。


 「次だ。既に知っている者も多いだろうが、秋に開催を予定している武芸大会についてだ。十月に秋の実りを感謝する、という名目で執り行う。種目は高札に掲げた通り四種目。優勝者には褒美として百貫文を出す。出場者についても煩く言うつもりはない。他国出身者でも良しとする。無論、他国の草が忍んで来るのは想定済み、という事だ。十兵衛、その真意は分かるか?」

 「加賀武田家の国力を見せつける為に御座います。加賀は昨年の収入がありませんでした、にも拘らず褒賞を大盤振る舞いし、大々的に催しを執り行えるとなれば、誰もが加賀の底力を思い知る事になりましょう」

 「そういう事だ。特に越後や能登、越中は加賀に興味津々だろうよ。だがこの催しによって武田に敵対する事がいかに危険かを否応なく気付かせるのだ。そうすれば能登や越中の国人衆は自発的に降るだろう。苦しい生活を余儀なくされている他国の民達も加賀へと逃げて来ような。その結果、他国は苦しくなり、武田による調略も更に進む事になる。その分、直轄地は減る事になるが、贅沢は言うまい。一向一揆勢の土地は十分広いからな」

 そこで加賀守様が俺を見た。いや、何故俺だ?


 「先程も申した通り、この催しの名分は秋の実りの感謝である。故に敦賀にある氣比神宮の宮司を招く事とする。かの神宮は北陸道総鎮守と呼ばれ、同時に祭神は食物を司る神でもある為だ。既に依頼は済んでおり、催しに合わせて宮司が来てくれる。その接待を藤吉郎、其方に任せる」

 「そそ、某に!?」

 「安心せい。相手は宮司だ、公家や武家ほど煩い事は言わん。それに普段から質素な生活を心掛けておられるとも聞いておる。失礼が無ければ、それで良いだろう」

 それなら安心だ。いや、お偉い御方相手の礼儀作法など、全く心当たりが無いからな。百姓出身の俺に出来る事など限界がある。


 「いや、助かりました。某、百姓の出で無学なので礼法など心得が無かったものですから」

 「……」 

 加賀守様が急に黙り込んだ。扇子で掌を叩きながら黙しておられる。いや、あれは考えておられるのか?


 「皆に問いたい。正直に答えよ。礼法や茶道、和歌や蹴鞠といった心得を習得したいという願望のある者は手を挙げよ。身分とか細かい事は無視してよい。身に付けたいかどうか、それだけを知りたいのだ」

 チラホラと手が挙がる。かくいう俺もそうだ。無学だからな、身に付けたいという願望はある。


 「なるほどな。少し働き掛けてみるか」

 「何を思い付かれたのでございましょうか?」

 「加賀は冬は雪で暇であろう?その時間を使って、京から師を呼ぶ、というのを思い付いたのよ。冬から雪融けまでという期限付きでな」

 それは思い付きもせなんだ。冬は家の中で待機するのが当然だと思っていたが、そういう手段があるのなら、技術の習得には持って来いの時間ではないか!


 「まずは礼法や和歌、茶道の師を中心に探してみるか。ゆき、権大納言(山科言継)様に文を送ってくれ。可能なら今からでも三月頃まで来てくれる御方を下向させてほしいと。紹介してくれたら権大納言様にも謝礼として百貫文の御礼をさせて頂きます、とな」

 「心得ました。早速使者を送ります」

 「可能であれば学び舎にいる者達にも参加を許可したい所だな。まあ、それは決まってからでよいか。次は長次郎、風からの報告を聞かせよ」

 名を呼ばれた長次郎殿が進み出る。加賀武田家の情報収集の要だ。

 そして俺にとって義弟になる人物。春先に嫁に入る予定の妹からは、長次郎様は私に優しく接してくれる、良い殿方ですという話も聞いている。

 かかさまも朝日が嫁に行けて一安心した、と言っていたな。


 「御報告致します。まずは領内についてですが、一揆などの兆候は見受けられませぬ。一部、煽ろうとする者はおりますが、応える者は居らぬようです。それでもしつこく煽る者については監視はしておりますが、いかが致しますか?」

 「放っておけばよい。他国の草ならば加賀の民は動かぬと報告するだけであろう。それに長次郎の情報工作のお陰で、加賀武田家の税の少なさという現実を知ることになったのだ。石山への盲信から解き放たれた加賀の民には、もはや余計に税を坊主に払ってまで一揆を起こす理由など無かろう」

 『仰せの通りに御座います』と長次郎殿が頭を下げる。民から坊主に対する信頼は失われたが、信心が失われた訳ではない。それでも現実を見る者達が増えてきたのだ。

 加賀武田家はどこか違う、と。秋の催しで、その実感は更に強まるだろう。


 「次に越中の一向衆勢力は弱まりつつあります。前の戦によるもので御座いましょう。坊主共が何とか建て直そうと藻掻いているようですが」

 「ならば丁度よいな。次の田植え時期を狙って一気に一向衆を壊滅させる。神保にも使者を送っておく。こちらが先制攻撃をしておくので、頃合いを見て一揆勢の背後を突いてやれ、と。領地は互いに切り取り次第としようではないか、とな。今回は勝家と昌盛が主役だ。落とした要所の城を三郎太達に守らせよう。そして光秀か重元を勝家の代わりに能登方面の抑えに回す。詳しい事は、年明けの戦評定で決定とする」

 「「「「心得ました!」」」」

 名を呼ばれた方々が応じられた。特に柴田様と孫次郎様は戦から離れていた。暫くぶりの戦だ、きっと手柄を挙げられるだろう。


 「長次郎、能登はどうだ?」

 「能登は相も変わらず、ですが、もはや民の心は畠山にはありません。かつての名君、畠山義総を懐かしむばかりに御座います」

 「確か亡くなったのは十五年前か。それでは懐かしむのも仕方ないだろうな。良い、民が逃げてきたら加賀で受け入れてやれ。土地は余っているのだ。藤吉郎、励めよ?ここが正念場だ」

 「はは!」

 加賀守様の申される通りだ。民を受け入れる土地を用意するのが俺の役目。加賀は広い。全ての民を受け入れてみせる。


 「あとは風から一向衆に潜伏できる者を五名ほど選び出せ。詳しい事は後で説明するが、越中で時機を見て火付けをして貰う」

 「心得ました。お任せ下さい」

 長次郎殿率いる風は情報収集専門だった筈だが、百姓出身が多いせいか、一向衆に潜り込むのに向いている人材が多いようだ。一向一揆相手の任務だと、本職の忍びも顔負けの仕事をしてくれるから恐ろしい。


 「それから蔵人(前田利久)。伝え忘れておったが、大御屋形様より慶次郎の手柄に対する報告も受けておる。其方の俸禄を増やしておく故、褒美に慶次郎にくれてやると良い」

 「か、忝う御座います!」

 「慶次郎は手柄を挙げたのだ、あの鬼美濃が感嘆する程だったと言うぞ?秋の催しにも出場して楽しむと良いと伝えておくようにな」

 前田殿は顔を綻ばしておるな。やはり一人息子が評価されるのは嬉しいのだろう。そして慶次郎殿も催しには参加するつもりなのだろう。既に帰郷していると聞いている。どこまで勝ち残るのか、楽しみだ。


 「最後に藤吉郎。其方にもう一つ、伝えておく事があったわ。雪が融けたら、御本家より若手部将が与力として加賀に来る。この者達は、全て其方の下に付け、内政のイロハを学ばせるのだ」

 「御本家の御方が陪臣である某の下に、で御座いますか!?」

 「学ぶ為に来るのだ。当然の事であろう。俺からもしっかり言い聞かせておく。まずは五年程を見ているが、惜しみなく其方の知識を与えてやってくれ。大御屋形様も、其方が連中を育ててくれることに期待しておるそうだ」

 「ははっ!」

 心臓がドクンドクンと音を立てて、急に緊張を感じ出した。

 まさか大御屋形様が、百姓の出で学も無い俺に期待している!?

 いや、それ以前に陪臣である俺の事を何で知っているんだ!?


 「評定は以上で終わりだが、何か発言したい者は居るか?無ければ終わりとする……居らぬようだな、では解散だ。それと藤吉郎と蔵人、其方ら二人は明日の巳の刻ぐらいに、内政に携わる者達と共に登城せよ。秋の催しの件で頼む事がある。その際に、全員奥方達を連れて参れ」

 「妻女、をですか?」

 「うむ。催しを盛り上げようと思うてな。その為に力を貸してほしいのだ。場合によっては他の者達の妻女にも声を掛けるかもしれん。まあ詳しい話は明日にしよう」

 終わる間際にとんでもない事を聞かされて、つい慌ててしまったが、何とか落ち着く事が出来た。

 それにしても、加賀守様は今度は何を思い付かれたのだろうか?そっと周りを見回してみたが、誰もが不思議そうにされていた。一体、何なのだろうか?



永禄三年(1560年)九月、越後国、春日山城、長尾景虎――



 「その節は御迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳御座いませんでした」

 九月になって春日山城を訪れたのは、公方の側近、細川兵部大輔藤孝殿であった。

 目的は武田家と長尾家の同盟締結。

 これにより武田を気にせず関東侵攻を行い、関東平定の後に上洛を、という言い分であった。

 ただ俺が皮肉を言う前に越前守(長尾政景)の怒号が響いた。


 『梅雨の頃に武田加賀守殿の振舞を非難して、武田家との戦を唆したのは何だったのか!しかもそこに至るまでの石山の行動を、何一つ知らせず、長尾家を操ろうとしたではありませぬか!権大納言(山科言継)様が教えて下さらなんだら、今頃、長尾家は主上より叱責を賜っていたのかもしれぬのですぞ!』

 越前守の言は正しい。少し前に武田家を滅ぼせと命じておきながら、今度は同盟を組めとは、こちらを馬鹿にしているとしか思えんわ。

 まあ兵部大輔殿が悪い訳ではないのだが。


 「越前守、其方の怒りは分かるが、まずは兵部大輔殿の話を聞く。納得出来ねば、その時に判断すれば良い」

 「ははっ!」

 「弁明の機会を戴き、感謝申し上げます。まず武田家と長尾家の同盟により、関東平定を成し遂げさせ、その後に上洛を。これは以前から室町第で考えられていた事で御座います。公方様もその方策に『妙案である』と納得されて御座いました」

 ほう?以前から考えられていたとは、な。

 まさか室町第にそれだけの事を思い付く者がいたとは思わなんだ。それに兵部大輔殿の表情や口調から、その場凌ぎの嘘だとも思えぬ。

 これについては信用しても良かろう。


 「にも拘らず、加賀守殿の一件に対して、公方様は感情的になられてしまわれたのです。比叡山を焼き払うとは何事か!石山に与する堅田の門徒を皆殺しにするとは!と、短絡的に考えられてしまい……我等がその事を公方様より自慢気に聞かされた時には、既に長尾家へ使者が発った後の事で御座いました。公方様に代わり、改めて謝罪をさせて頂きます。こちらに全ての非が御座います。誠に申し訳御座いませんでした」

 「……謝罪は受け入れよう。幸い、権大納言様のお陰で戦にはならずに済んだのですからな」

 「此度のような思い付きの行動は決して行わせませぬ。これについては公方様の御傍にいる太閤殿下(近衛稙家)がしっかり教え諭されると申しておりました」

 家臣達から『太閤殿下が……』と騒めきだした。

 確かに太閤殿下自らが公方様を監視されるのであれば、そう滅多な事は起きぬであろう。それも太閤殿下自らが教え諭すとなれば猶更だ。万が一、それを無視して行動したのであれば、公方様は京に居られなくなっても不思議ではない。


 「太閤殿下はこう申されておりました。『朝廷は日ノ本の平穏を願っている。その為には公方殿が力を付けるか、或いは公方殿が頼りに出来る力ある忠臣が必要になる。しかも近衛家当主である息子、前嗣は公方殿とは従兄弟という間柄。故に親身になって力になってきたのだ。それを一時の感情に身を委ねて全てを御破算にするようでは堪った物では無い。一人の伯父として、看過は出来ぬ』と」

 「なるほど。よほど腹に据えかねられたようですな、太閤殿下は」

 「仰せの通りに御座います。公方様の母君であられる慶寿院様も此度ばかりは呆れた、と申されておりまして。太閤殿下に協力して、公方様の激発は二度とさせませぬ、と」

 伯父と母親、加えて従兄弟の監視付とはな。しかも三名とも公方様より立場が上。これでは公方様も短絡的に動く事は叶わぬだろうな。

 されど公方様は信用できぬ御方だと判った。

 だが御三方の面目と言う物も有る。ここは折れるべきか。


 「分かり申した。最初に伺った同盟についても受け入れましょう。しかし具体的な条件等は御座いますか?」

 「同盟で御座いますが、三年と言う期限で御座います。それだけで構いませぬ。室町としても煩い事は申しませぬ」

 「三年?」

 三年?これはどういう事だ?相互不可侵から三年という期限付きの同盟とは。

 三年間同盟している間に関東平定を行う。まあ不可能では無いだろう。

 そして上洛し、公方様に謁見する。それが終った後で、同盟が切れる……

 

 それが狙いか?三年後に武田家を誅伐するように公方様が命を下す。

 有り得ぬとは言い切れぬ。公方様が武田家を嫌っている事は、此度の一件でよく分かった事だ。

 となれば、公方様の思惑は両家の相互不可侵の盟を廃して、両家をぶつけて潰し合わせる事にあるのだろう。

 問題は、それが私怨であるという点なのだ。

 公方様は越後守護、ひいては関東管領の主に当たる。故に命を拒む事は出来ない。武田を倒せ、と命じられれば従う他は無い。それが忠義であるからだ。

 だが、それを覆す手段はある。

 俺は俺の信じる義の為に戦うのだ。


 「兵部大輔殿、今晩は春日山に泊まっていかれると良かろう。代わりに文を届けて戴きたいのだが、宜しゅう御座いますかな?」

 「勿論、構いませぬが。何方に届ければ宜しいのでしょうか?」

 「関白殿下にお届け願いたく」

 関白殿下もまた、公方様をお気に掛けられているのだ。であれば、関白殿下と文の遣り取りを行い、公方様を時に御諫めしつつ忠義を尽くす。

 そしてもし、武田を討つべき存在であると確信できたのであれば、その時は躊躇いなく行動に移す。

 だがまずは関東だ。同盟を受け入れ、春から動く。

 今の内に上野の長野家に文を送っておかねばならぬな。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは光秀さん視点から。

 光秀さんは加賀でお勉強中。戦から帰還して主人公が不在と知るや、すぐに藤吉郎の手伝いをして知識を吸収したり、指南書を読み漁ったりと真面目な方です。

 そして同僚である重元さんとの会話から、かつての主人公の捜し人、竹中半兵衛を思い出したりもしてますw


 あと人中黄についてですが、これって何で薬効成分があるのか分からないらしいです。作り方調べたけど、どうしてこれが薬になるんだかw


 それと指南書に出てくる『小さな虫』は細菌とかの事。そもそも『菌』と言っても戦国時代の人には理解出来んだろうし、と考えて目に見えないほど小さな虫にしました。


 次は藤吉郎視点での評定編。

 まずは部将への昇格組として光秀・重元・三郎太。光秀は二代目軍配者に正式に就任。とは言え実績不足故に妬まれるでしょうから、主人公は自分が庇うつもりです。


 そして主人公曰く『公方の使者が武田・長尾同盟の為に走っている』。これは作中での新年(1560年)の評定で相互不可侵⇒三年の同盟⇒長尾・北条間の争い激化⇒両家疲弊、という策による物です。これを主人公は細川さんに仕掛けていた訳ですが、この思惑に乗ったと判断した訳です。

 だって主人公は、公方が越後に文を送っている事は知らない訳ですしねw主人公は神様ではないですから。


 あとは祭りからの技術習得の御話。冬、暇だしね。一番意味のある時間の使い方ではないかな、とは思います。


 そして越中へ仕掛ける工作活動。主人公、徹底的に一向衆を潰すつもりです。ヒントは火付けと秋祭り。良かったら考えてみてください。


 最後は軍神様視点in越後。

 細川さんは何も悪くない。これは断言できます。悪いのは暴走した公方。

 時系列順だと①主人公が武田・長尾同盟の成立という策を細川さんに唆す②細川さん主導によって室町がそれに傾く。公方も同じ③比叡山焼き討ち、堅田門徒皆殺し④公方、激おこぷんぷん丸⑤公方、軍神様に文を書いて武田家討伐を命じる⑥そして暴露。俺って凄いでしょ!みんなも武田許せないよね!⑦何してんだ馬鹿!×3名⑧細川さんの謝罪行脚。というのが大まかな真相。

 

 そしてさすがは軍神様。三年同盟の最終目的―武田家討伐は見破ります。

 しかし、武田家というか主人公が裏で糸を引いていた、という点までは気づけず。これにより長尾家と北条家の争いは激戦となり、疲弊は確定となります。


 あと今回の軍神様の行動により、近衛前嗣さんとの関係性が史実のような友好関係になります。公方との謁見はまだありませんが、近衛さんも軍神様の文を見れば『この男、是非引き込まねば』と判断するでしょうしね。

 

 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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[良い点] N回目の周回してるけど…後書きの 『何してんだ馬鹿×3』は本当に面白い
[良い点] 暇な冬の時間を有効活用出来る事。 [気になる点] 公方様は見張りがついたようですがそれで大人しくなるんでしょうか? [一言] 加賀に京から師を呼ぶアイデアは主人公の人脈なら充分可能であり武…
[一言] 流石に色々と気が回るな、明智十兵衛…… まぁでも最悪は飛梅先生の話の中に「竹中半兵衛」や「明智十兵衛」なんかの名前が出てきた事にすれば本当に秘したい所は隠せるだろうから問題はないかな? 築山…
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