加賀国編・第十七話
加賀国編・第十七話更新します。
今回は野良田の戦いにおける、別陣営の状況(越後)。野良田の和睦条件と主人公の真の目的説明会になります。
あとはお久しぶりのチャレンジャー登場です。
永禄三年(1560年)六月、越後国、春日山城、長尾政景――
「今年もこの季節がやってきたか。川が氾濫せねば良いのだがな」
シトシトと静かに降る小雨。梅雨になると、すっかり見慣れてしまった天気だ。
普段から儂が着ている青苧の衣服は風通しが良いので、こういう時は非常に楽だ。その分、冬に風を防いでくれないという問題もある。正に一長一短と言うべきか。年中通して着る事の出来る服は無いという事だ。
「殿、越前守(長尾政景)に御座います」
「来たか。この文を読むのだ」
お傍に近寄り、手渡された文を確認する。差出人は公方様か。今度はどのような事をお伝えになられたのだろうか。
「拝読させて戴きます……まさか……いや、有り得ぬとは申せませぬな」
「だろうな。公方様はすぐにでも加賀武田家を誅伐し、そのまま越前に居座る武田本家を殲滅せよ、と仰せだ」
「公方様は石山と仲が良いと伺っております。故に、石山を助けようとお考えなので御座いましょう」
全く、面倒な事だ。『義』を第一にお考えになられる殿の前で口にする事は出来ぬが、このような大事を気軽に命じられても困る。
加賀武田家は決して弱くはないのだ。それに加賀守(武田信親)殿は愚かでもない。
必ず越中と加賀の国境にある、狭隘の地を迎撃箇所として選ぶだろう。
そこで時間を稼ぎ、越前からの救援を待つ。そんな所であろうな。
ただし、これは刃を交わす場合の話だ。
「長尾家は武田家と相互不可侵の約を交わして御座います。しかしながら公方様の命は、それ以上の重みを持ちます。であれば、約を反故にする事は可能と言えば可能。ですが、それをすれば武田も長尾も被害は甚大。加えて関東進出も断念せざるを得なくなります。そうなれば関東管領(上杉憲政)殿に我慢を強いる事になります」
「それでもやらねばなるまい。関東管領よりも公方様の方が上になるのだからな。例え長尾家が消滅したとしても、公方様の命には応えねばならぬのだ。ただな、ここにもう一通の文がある」
差し出された文を戴く。差出人は権大納言(山科言継)様。
肝心の内容だが、公方様の文には書かれておらなんだ事が書かれていた。
どういう事だ?もし一向衆や延暦寺の振舞いが事実だったとすれば、その事を黙っていた公方様の真意を確認せねばならん。
「……権大納言様は、これ以上の騒ぎをお望みではないので御座いますか」
「書かれてはおらぬが、主上の御考えも同じであろう。天台座主(応胤法親王)殿が訴えられても朝廷は動かなんだのだ。春齢女王様の御婚儀の件もあるが、それ以上に一向衆の坊官や僧兵の振舞いに嫌悪感を感じられたのかもしれん」
「我が身可愛さに、総大将を殺して敵前逃亡とは浅ましい。南無阿弥陀仏と念じれば救われる、極楽往生を謳っておきながら、この体たらくでは」
長尾家は一向衆とは犬猿の仲。
殿の祖父に当たる天徳院(長尾能景)様は越中一向一揆との戦いにおいて、神保家の裏切りもあって討ち死。父親である大竜寺(長尾為景)様は無碍光衆禁止令を出して一向宗を禁止されてもいる。
その様な状態で、殿が一向衆に与する事があるとすれば、それは公方様からの命か、或いは一向衆側の行動に正当性が有った場合だけ。
公方様は、その事に気付いておられたのだろう。だから文には、その点が書かれておらなんだのだ。
ふと殿を見れば、殿は大きな杯でクイッと澄酒を呷られていた。
「まず長尾家としては、今の武田家に攻撃を仕掛ける理由を持たぬ。確かに公方様の命は絶対であるが、主上にその御つもりが無いのであれば、話は別。故に長尾家は関東管領様を復帰させる事を目的として、関東進出を優先する」
「西、越中は如何致しますか?」
「放っておけばよい。加賀武田家が飛騨と加賀を繋ぐ街道を確保しつつ、神保家と一向衆を挟み撃ちにすると申してきている。長尾としては椎名との繋がりを今まで以上に密とし、万が一の事態に備えるようにすれば良いのだ。椎名家が持ち堪えている間に、我ら長尾家が境川を越えて支援に入れば、西からの攻勢を防ぐ事は十分に可能。軒猿には越中・加賀の偵察を入念に行わせておくのだ」
決して油断はしない。流石は殿だ。
この御方を主と仰いだ事に、間違いは無かった。心の底から断言できる。
「あとは椎名に支援を行う。此度の加賀武田家の動きにより、神保の所領が増えるのは避けられぬ。結果、神保と椎名の均衡は傾く事になろう。少しばかり支えてやらねば、いざという時に困るからな」
「仰せのままに。こちらで対応致します」
「うむ、越前守に任せる」
永禄三年(1560年)六月、美濃国、府中城、後藤賢豊――
「下野守(蒲生定秀)殿!遅れて済まなんだ!」
「何を申されるか!援軍のお陰で九死に一生を得ましたぞ!あと十日も遅ければ、玉砕覚悟で敵陣中央突破を考えておりましたからな!」
近江を出て二ヶ月ほど。言葉にすればあっという間であったが、下野守殿は誰が見ても分かるほどに、頬がこけておられた。
剛毅な物言いをされてはおられるが、やはり心労が募っておられたのだろう。
敵勢力の真っただ中で包囲されていたのだ。それも仕方ない事だが。
「それにしても、よくここまで来られましたな。坂田郡は寝返った浅井の領地。不破関は通れぬ筈」
「加賀守(武田信親)殿の御配慮のお陰。あの御仁が浅井と六角家の仲裁役を務めてくれたお陰で、救援に来る事が叶ったのです」
「加賀守(平井定武)殿が?浅井の裏切りには、舅として思う所のある御方の筈」
つい笑ってしまった。
確かにどちらも『加賀守』殿だったな。だがまあ、こうやって笑えるのも、安全を確保できたからこそだ。
「平井殿ではなく、武田の今荀彧殿の方です。下野守殿を助ける為に、色々と動いて下さったのです。実を申すと、ここにいる五千の兵の為の兵糧も、三割程は加賀守殿が武田家から融通して下さった物。皆殺しという二つ名を持つ割に、意外な程に情に篤い御方なのですな」
「何と!?」
「某も驚きましたぞ。あの御仁が『下野守殿は御家や年齢、立場という垣根を越えた友人だ』と申された時には。下野守殿が加賀守殿との間に積み上げてきた人間関係が、御自身の命を救ったのです」
その時の下野守殿の顔は、終生、忘れることは無いだろう。
あの剛毅で知恵働きを得手とする御仁は、涙腺が決壊したのか慌てて手で両目を覆ったのだ。
そしてその場で加賀の方向を向いて、深々と頭を下げられた。
「下野守、生きていたか!」
「右衛門督様!救援、感謝致します!」
「構わぬ。それより但馬守、今が好機だ、このまま東へ攻め込むぞ!」
下野守殿を助ける為の増援五千。その総大将を務めているのは、跡取りである右衛門督様である。
これもまた加賀守殿の助言。
浅井との仲裁を受け入れる。その事を左京大夫(六角義賢)様が伝えられた時、かの御仁は救援軍の大将を右衛門督様にするように助言をされたのだ。
『家臣を救う為に兵を率いる事の出来る大将が六角家次期当主であれば、家中の方々も安心できましょう』
左京大夫様はすぐに頷かれた。左京大夫様は右衛門督様に後を継がせたいが、その座が危うくなっているのが現実。
だがここで下野守殿救援を成功させれば、その失点も取り戻す事が叶うだろう。
左京大夫様の心中を慮れば、私としても賛成するのは当然であった。
「右衛門督様。誠に悔しくは御座いますが、ここは引き揚げましょう。我等の目的は下野守殿を助け出す事。それに今の六角家には兵糧という問題が御座います。下野守殿、正直言って期待はしておりませぬが、兵糧は如何程?」
「あと一月程度。それで底を突きまする」
「今は六月。秋の収穫時期まで、米が足りませぬ。かと言って徴発などすれば、民が美濃勢に加担して、一揆を起こしかねません。何よりも怖いのは、浅井が仲裁を破って不破関を封じる事。さすがに武田の面目を潰す事は無いとは存じますが、六角家跡取りである右衛門督様の御命を危険に晒す訳には参りませぬ」
『分かった』と頷かれる右衛門督様。何となくだが、この御方を動かす方法が分かった気がする。つまりは六角家次期当主という点を強調すれば、この御方は従ってくれるのだ。
考えてみれば、加賀守殿の行動に真っ向から反対し続けてきた右衛門督様が、此度の救援の将を素直に受け入れられたのも、その点が言葉の中にあったからであろう。
問題は、加賀守殿が間違いなくその点に気付いたであろう、という事だ。交渉の場で、機嫌が良くなって妙な事を承諾しないよう、注意はせねばならんな。
永禄三年(1560年)六月、越前国、一乗谷城、ゆき――
「御屋形様、只今、帰還致しました。武田家に歯向かった愚か者については、しっかりとケジメをつけて参りました」
二郎様の案内役として、いつも通り私は一乗谷城の謁見の間に同席させて戴いている。大御屋形様は丹波攻めがまだ終わっていない為に不在。結果として御屋形様と典厩(武田信繁)様、御屋形様の守役である兵部少輔(飯富虎昌)様が帰還の挨拶を受けられた。
シトシトと降り続ける小雨の音が、静けさを強調してくる。
そのせいか二郎様の御挨拶が、常よりも大きく聞こえた感じがした。
「二郎、いつも汚れ役を済まぬな。だが今回の一件で、武田に敢えて歯向かおうとする者は減るだろう」
「それが某の役目に御座います。お気になさりませぬよう」
「いや、越中の一向一揆と加賀の差配で忙しい中、後詰まで頼んでいるのだ。その苦労を考えれば、感謝するのは当然の事。何らかの形で報いたいのだが」
恐らく、御屋形様にとって最大の問題だろう。領地を与えようにも、与えられる場所が無いからだ。加賀が二郎様にとっての本拠地である以上、下手に領地を増やせば飛び地となる。そうなれば二郎様の負担は増えるし、他の家臣の方々も内心では不満に思ってもおかしくはない。
「蝦夷との交易を限定的に許す、という物はどうだ?年一回とかであれば、他の者達もそれほど煩くは言わぬだろう」
「有難き幸せに御座います。ですが大御屋形様は宜しいのですか?」
「父上は何らかの形で交易を認めようと、以前から仰っておられた。なら丁度良い機会と言えるだろう。それと苦労を労う事ぐらいはさせてくれ。宴の準備ぐらいはしてあるのでな」
「心得ました。是非、参加致しとう御座います」
「うむ、ゆき殿も参加されよ。それと、今後についてだが」
御屋形様もやはりお気にされておられるようだ。
浅井を利用する為に受け入れる。当面は喉元を守る為の盾として、いずれは西国攻めの矛として使う為に。
ただ六角との関係も有る。此度は納得させる事が出来たのだが、それでも感情的なしこりは残るのだ。
「某は園殿を送り込み、武田の血を継く嫡男が六角家当主となる。その後見として武田が動く。そして時機を見て吸収する、という計画を考えておりました。それが最も穏当なやり方であると考えた為に御座います」
「それはまあ、仕方あるまいな。大名の娘たる者、いずれは政略結婚の為に嫁がねばならぬ。それは俺も分かっているのだがな」
「ただ、ですな。今回の六角の有様を鑑みて、園殿を送って良いのだろうか?という一抹の不安を感じたのです。次期当主はあまりにも感情を制御できない。しかも煽てればすぐに上機嫌となり、憎んでいた某の言でもアッサリと受け入れてしまう。であれば、今後は美濃の通過権を放棄する代わりに、嫁ぐ話を無かった事にするのも有りかと。理由は一つ。園殿の命を奪われる羽目になっては、武田と六角による全面戦争が始まる為で御座います。笑うのは三好だけとなりましょう」
二郎様としては、六角家との全面戦争はしたくないのだ。単純に考えて、武田家の損耗が激しくなり過ぎるから。勝てない訳ではないが、戦慣れした常備兵を多く失うのは痛手と言える。確かに美濃と南近江は欲しいが、全面衝突してまで欲してはいない、という事だろう。
何より、問題は当主義治のみ。その義治についても、激昂させるだけでなく、躍らせる手段を手に入れたのだ。
ならば後は二郎様の知略の出番、上手くいけば兵を失わずに済む。
「そうだな、それについては父上とも相談しなければならん。ところで六角と浅井の仲裁の件だが、最終的な条件はどうなった?」
「まず浅井家先代当主の久政殿は正式に隠居。これは六角の今までの恩義に背いた自発的な罰である、という体裁を取りました。また賢政殿が承禎殿の養女を離縁したのは、久政殿の命令によるものであったと致しました。賢政殿の起こした戦についても、全て久政殿が裏で糸を操っていた、という体裁を取らせております。これらに対する謝罪として、久政殿の名で詫び状を出させます。これにより六角家の面目を保ちつつ、だが賢政殿が此度の責任を当主として問われぬように致します」
この辺りは実害の無い詫びなのだろう。浅井久政殿は既に事実上の隠居だ。それが名目上、詫びという形で正式に隠居と宣言されるだけ。詫び状自体も、一筆書くだけだ。直接、頭を下げる訳でもない。
浅井は生き延びるために、素直にこの条件を飲んだ。六角も内心はともかく、表面上は受け入れていた。
「次に領地の割譲として、坂田郡の南部分、三万石ほどを六角に譲ります。代わりに六角は淡海乃海北西部にある高島郡の飛び地一万石を浅井に渡す」
「よく浅井が納得したな?」
「代わりに、某が焼いた延暦寺の所領をくれてやりました。加えて堅田が本家に罰として納める年一千貫文をそっくりそのままくれてやります。武田家なら、その気になれば銭は幾らでも稼げますゆえ、年一千貫文はどうしても欲しい物では御座いませぬ。そして武田家は浅井領を好きに移動できる、という条件を飲ませました。高島郡の六角家寄りの国人衆については、今は狙うなと申しつけて御座います。六角が倒れるまで、力を蓄えつつ待て、と」
浅井は京と地続きとなる新領地と堅田、六角からの独立と武田の庇護。代わりに坂田郡九万石の内、三万石を失う事と、武田の為に今後は働く事。
六角は不破関を使った美濃との自由な通行と三万石。代わりに浅井との和解に加えて、今後の事にはなるが、園姫様の婚約破棄。
武田は浅井領を好きに移動できる、という権利。代わりに美濃の通行権を失う。
「浅井賢政は御家を大きくしたいと望んでおります。そこで、山陰方面での戦を手伝わせます。某としては美作辺りへの移封を考えて御座います。六角には当初は二万石を想定しておりましたが、想定より余分に取られました。堅田の罰金譲渡はその補填の意味も御座います」
「それなら六角が面目を失う事も無く、浅井の不満も軽減できるか。寧ろ浅井にとっては得をしたぐらいかもしれぬな」
「仰せの通りで御座います。故に賢政はこの条件を受け入れました。六角が危うい事は良く分かっている。一時の我慢、そう考えたので御座いましょう。受け入れなければ武田と六角に潰されるだけ。そして重要なのは、どちらに転んでも武田の損にはならぬ、という点で御座います」
あくまでも武田の利は確保する、という事。
この一点を掴み取る。それこそが二郎様の真の狙い。
二郎様が御屋形様や大御屋形様にすら秘密にしていた目的。
「先ほども申し上げた通り、浅井はいずれ、美作辺りに移封します。その本当の理由は坂田郡を武田家が所有する為。坂田郡には某の目的である、国友と今浜がある為です」
「国友……種子島か!」
「はい。ここは武田本家の直轄地とすべきです。だからこそ浅井には退いてもらわねばなりませぬ」
六角も浅井も、そして御屋形様や大御屋形様もその点を見落としていた。美濃との通行という地の利だけを考えていたのだ。
だが違う。国友は武田が有すれば、加賀と国友、両方から種子島を補充できる。それは西国攻めにおいて、大きな力となるのだ。
「では二郎。今浜を求めた理由は何だ?答えが思いつかんのだが」
「武田家の要となる地で御座います。御屋形様が金ヶ崎城から西へ。某が加賀から東へ。三郎(武田信之)が駿河を守り、大御屋形様が一乗谷城から畿内を睨む。ですが、一乗谷城は畿内への距離が些か遠く御座います。加えて冬になると身動きが取れなくなり、畿内の好機に気付いても機を逸する事が考えられます」
「だから今浜に父上を、か」
「同時に、越前東部はどこからも攻められなくなります。結果として、武田家にとって新たな一大食料生産地帯へと切り替える事も叶います」
戦を続けねばならず、常備兵を抱える武田家にとって、米は幾らあっても困る物ではない。あればあるだけ有難い物。
だが常に買う訳にもいかない。商人もこちらの足下を見てくるからだ。
だからこそ自領での生産が重要になってくる。特に敵から攻められない、安全地帯で生産出来れば、これほど有難い物は無いのだ。
「最後に、状況次第ですが、賢政殿の正室に園殿を迎えさせる、というのも有りでしょうな。すぐに、では御座いませぬが」
「……浅井は間違いなく喜ぶな。武田は六角よりも浅井を買っている、と」
「同時に六角義治は喚き散らしましょう。しかし、武田家の言い分に耳を貸す者は必ず出てくる。その結果として、義治は家中の信を失う事になる。下野守(蒲生定秀)殿の救援で少しは評価を持ち直した分、落ちた時の被害は大きい。六角が崩れるのは早くなります」
「父上が戻り次第、すぐに話し合おう。ただ俺としては二郎の案に賛成だ」
御屋形様はかなり乗り気のようだ。石高だけで判断すれば六角が最も得をし、武田と浅井が損をしている。だが将来的な視点で見れば、それは逆転するのだ。そして時間は武田と浅井に有利に運ぶ。
六角が逆転するには、義治が当主の座を降りねばならなくなるだろう。
「あとは三郎の正室に、賢政殿の姉を迎えるのも手です。年は向こうが一つ上。未だに婚儀の話も出ておらぬ、との事。悪くはない話です」
「見事な策だ。武田は血で浅井本家を乗っ取る事が可能。だが浅井は武田本家を血で乗っ取る事は出来ぬ。それでも嫁を出し合うなら、外から見れば浅井が高評価をされているようにも見えるだろうな」
「流石叔父上、俺の思惑を読みましたか」
こうして見ていると良く分かるのだが、御屋形様は策謀に不向きだ。正々堂々というか、正しい結果を得るためには正しい方法に拘る、という印象を受ける。引っかける、騙す、というのは性格的に嫌なのかもしれない。だからこそ、二郎様が汚れ役を引き受けているのだろう。
「あとは婚儀を破断にする理由で御座います。某としては、表向きは此度の騒動の最中に園殿が大病を患った事にし、醜女になった故、という理由に致します。賢政にくれてやったのは、醜女であれば浅井家には相応しかろう、という言い分を用います。勿論、裏で賢政殿には話を通しておいた上での対応になりますが」
「婚儀を破談にしつつ、六角との間に致命的な亀裂を生み出さぬようにするなら、その辺りが妥当か。叔父上はどう思われますか?」
「良いのではないかな?兄上の意見は必須だが、恐らく了承されるだろう」
永禄三年(1560年)八月、若狭国、遠敷郡、山本勘助――
丹後攻めは七月に入ると、急劇に進んだ。
というのも抵抗していた国人衆達が、雪崩を打って降伏をしてきたからだ。
話を聞けば、加賀守(武田信親)様の比叡山焼き討ちを聞いて、恐怖を感じたのだという。
大御屋形様は『今更か』と呆れ顔、四郎(諏訪勝頼)様は守役の修理亮(内藤昌豊)殿に何かを確認されていたようだ。恐らくは理由に気付く事が出来なんだのであろう。
四郎様は優しい兄としての加賀守様の顔しか知らないのだ。冷酷非情さを伝え聞いていたとしても、実感が湧かぬのだろう。こればかりは四郎様が体験して、理解する他無いのだ。
ただそのお陰で、丹後攻めは八月を迎える前に終わりを告げた。丹後の守備は横田十郎兵衛尉(横田康景)殿の御役目だ。常備兵三千を預けられ、丹後国熊野郡の久美浜城に入っている。他にも横田殿に付けられた与力がいるのだ。そうそう簡単に落とされることはない。
何かあれば、若狭から後詰も入るのだからな。
丹後の事後処理を済ませた大御屋形様は、越前への帰路の最中、ある場所へ立ち寄られたのだ。
「久しいな、息災であったか?義昌」
「有難き御言葉に御座います。早く戦場に戻れるよう、御役目に勤しんで御座います」
「良き事だ。期待しておるぞ?」
大御屋形様が訪れた相手は、木曽義昌殿。真理姫様が嫁がれる御予定の御仁。
ただ問題は、少し前に若手を集めて俸禄制に対する不満を訴えた点だ。
実父の中務大輔(木曽義康)殿は信濃の弾正(真田幸隆)殿の与力でもあるのだが、ここ数年苦労してきたお陰か、息子の欠点にすぐに気が付き、謝罪に来たほど知性に磨きが掛かっていた。
やはり苦労というのは、人を大きく成長させるようだ。
「ところで義昌。今は兵をいかほど集めた?」
「はっ……五十ほどで御座います」
「確か其方は百を集めねばならぬのであったな」
木曽殿の所領は五千石。義務として常備兵百を集める事を義務付けられたのだ。
その百を率いて出陣するのは、翌年の戦になる。残り五十、まあ不可能では無いだろうな。
集めるのが、目の前の戯け者でなければ、だが。
「のう義昌。儂も最近、年を取ったせいか。耳も少し遠くなった気がするのだ。もう一度、正直に申せ。いかほど集めたのだ?今荀彧の目と耳は、其方の考えるより遠くまで伸びておるのだぞ?」
「大御屋形様!?」
「其方達が思うように兵を集める事が出来ておらぬ事は分かっておる。其方の父、義康が懸念していた事。二郎(武田信親)もすぐに気付いたのだ。だから手を打っていたのだ。義康に『息子は殺したりせぬ、これを機に学んでもらう』とな。其方に同調した者達の父親が騒がなんだのは、それが理由よ」
項垂れる義昌殿。どうやら観念したか。
見栄を張ったは良いが、そこまで読まれて調べられてしまっては、どうしようもあるまい。
加賀守様と同年代ではあるが、実力では遥かに差があり過ぎるわ。
「申し訳御座いませぬ。僅か二十に過ぎませぬ。五千石も戴いておきながら、この体たらく……」
「若い時は失敗をするものよ。義昌、大切な事は失敗から学ぶ事。嘘を吐いたり見栄を張ったりして、取り繕う事ではないのだ。分かるな?」
「ははっ。仰る通りで御座います」
ここで腹を切られても迷惑なだけだからな。そんなことになれば、武田本家に怨嗟の声が集中してしまう。正に百害あって一利無し、だ。
だが大御屋形様も、加賀守殿の御父君なだけはある。
ここでそれとなく己の非を認める為の、救いの手を差し出す事で、義昌殿の心を掌握されたのだ。
「義昌。其方に足りぬ物。其方が考え違いをしていた事には気付いたか?」
「はい。俸禄の時は自分達の面倒だけを見ていれば良う御座いました。しかし所領を治めるようになってからは、兵の面倒に始まり、兵の為の具足の準備、政の為の銭の確保、まさに自分が気付かなった事だらけで御座いました。本当に恥じ入るばかりに御座います。父上はその事に気付かれていたというのに……申し訳御座いませぬ」
「構わぬ。これを機に学ぶがよい。儂はな、其方を始めとした若い者達を加賀へ送るつもりだ。加賀で五年程、政の何たるかを学んでくると良い。其方の父、義康もそれを願っておったのだ」
学び舎で学ぶ事が出来なんだ若手が、政の重要さを理解出来なくても不思議はなかった。銭や米が無ければ、他所から奪えば良い。そう教えられてきたからだ。
だが、それではいかんのだ。そもそも奪う先が無くなってしまえば、己を待つのは破滅の二文字のみ。
それを避けるには?その方法が政。すなわち治政。
この者も、やっとそこに気付く事が出来たのだ。
「五年経って帰ってくれば、真理も十五だ。其方が加賀で大きく成長した姿を見せてくれる事を期待しておるぞ?」
「必ずや、必ずや御期待にお応えしてみせます!」
「うむ。では他の者達にも伝えるがよい。二郎には加賀に其方達の屋敷を用意させておく。雪が融けたら加賀へ向かい、与力として二郎を支え、治世の何たるかを学ぶのだ、と。武田二郎信親に井伊藤吉郎、この二人は加賀はおろか日ノ本でも五本の指に入る内政家。多くの事を学ぶ機会に預かれるであろう」
短い時間ではあったが、謁見は滞りなく済んだ。これで中務大輔殿もホッと一安心できるだろう。
見送りに出てきた義昌殿の姿が見えなくなるほど遠くなった所で、大御屋形様が前を見据えたまま口を開かれた。
「勘助。機会は一度だけだ。これで物にならんようなら、分かるな?」
「心得て御座います。ですが、心配は御不要で御座いましょう。加賀守様は面倒見の良い御方で御座いますからな。もし加賀守様の目から見て御不満な出来であれば、理由をつけて加賀に残させましょう」
「二郎には負担ばかり掛けてしまうな。出来が良いというのも考え物よ。ついつい仕事を任せてしまうわ」
確かに大御屋形様の仰る通りだ。
幾ら息子が可愛くても、実力が無ければ仕事を任せる事は出来ん。そして大御屋形様がここまで仕事を任せる相手は、加賀守様ぐらいであろう。嫡男であり、御屋形様である越前守(武田義信)様であっても、絶対にここまで信用はされておらぬ。
「勘助。晩は付き合え。昔話を肴に一杯、な?」
「喜んで」
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは野良田の戦い、というより比叡山焼き討ちにおける越後への影響と、間接的に公方陣営の説明。
公方としては比叡山はともかく、石山を助けたい。特に堅田がヤバい、と考えて越後の軍神様を唆しています。
対する軍神様はといえば、公方だけでなく山科さんからも文を貰っていたので、真実を把握しており、不用意に踊る事態は避けました、という感じ。
ちなみに史実だと1559年に上洛して、公方と謁見したり、近衛さんと盟友になったりという流れですが、拙作だと違います。
1559年は武田家が飛騨から越前攻め&加賀侵攻をやってる真っ最中。その為、上洛できず、近衛さんとも知り合えていませんでした。
ただ今回の一件で、軍神様は山科さんを通じて、近衛さんとも文を交わすようになります。まあ今風に言い換えればメル友みたいな感じ。
正直に言うと、1559年の上洛をすっかり忘れていたんです。なので、信濃経由で上洛していたんだよ、とサラッと流すのもありでしたが、どうせなら別の流れにしてみようかな?と今回のような流れになりました。
お次は六角家in美濃国。
蒲生さん救出回。お米の宛てが出来たので『後から追加支援するから先行して助けてきて』と送り出された感じです。
大将はみんな大好き義治君。補佐役が後藤さん。
そして大将に据えるよう進言したのは、何と主人公。勿論、相応の理由は有っての事ですが。
ちなみに義治君は脳筋のようです。
救援に来たのに、侵略戦争に方針を切り替えるんじゃないよw
次は武田家金ヶ崎城。
主人公と義信兄ちゃん、時々典厩おじさんの会話。
武田家というか主人公の目的を明らかにしました。
武田は野良田の戦いにおいて、利は有りません。寧ろ、支出が多いぐらいの赤字。
けれども真の目的である国友・長浜の確保は、間違いなく強みになります。どこからも文句を言われぬよう、ゆっくりじっくりと言った感じ。
六角との婚儀破棄からの、浅井との相互婚儀。賢政―園姫、信之―史実の京極マリアさんになります。三郎君の二つ年上になるかな?拙作ではマリアさんに結婚話がこれまで持ち上がっていなかった事にしました。
そして義治君を救援軍の大将に推薦した理由。持ち上げて落とす。これ基本。
最後は信玄パパin若狭国。
まず丹後は焼き討ちの影響もあって、一気に降伏してきました。
『武田ヤベエヨヤベエ』
そして御久しぶりのチャレンジャー登場。代表木曽義昌君。
そして案の定、失敗に終わった領地経営。今まで全額、自分の為に使っていたのに、同額のまま他人の面倒看なさい。そりゃ無理だよね、と言う話です。
必要経費だけでも7割近く飛びそうだし。
ここで信玄パパの人心掌握術炸裂。チャレンジャーは翌年春から加賀で丁稚奉公する事になります。やったね、藤吉郎。部下が増えるよ♪
拙作の信玄さんは、名将ではなく慈愛に満ちた大将として名を残しそうですwまあ厳しい面は持ってるけどね。
とりあえず今回はこんな感じでした。
それではまた次回も宜しくお願い致します。




